第5話 僕達と試験内容
「詳しい説明に入る前に、まず普段我々が使っているこの校舎……『元』魔王城について話をさせて欲しい」
コーディス先生の声が、この広大な空間の中に響き渡る。
「元々この建物は『魔王』が『ある目的』の為に建設したものだ。
そしてこんな巨大構造物を通常の建築技術で造れる訳がないということは、言われずとも分かることだろう」
僕がこの王都『ヴァールディア』に来た時、荷馬車のおじさんから聞いた話によると……
この建物はある日突然何の前触れもなく現れた、って話だったっけ……
普段から何気なく過ごしておいて、今更ではあるけど……
改めて、摩訶不思議としか言いようのない建造物だ……
「この建物は特殊な魔法を使って建造されている、一種のマジックアイテムのような物だ。
『魔王』討伐後、私と同じ勇者一行のメンバーであるウィデーレやリブラ先生、アリエス先生といった『魔法師』達によってこの建物の解析が行われ、その機能の掌握に成功した。
そして危険な機能を排除し、今では諸君らも知っての通り、今日の勇者学園の校舎として利用されているという訳だ」
この建築物そのものがマジックアイテムだなんて、途轍もないスケールの話だ……
でも、確かにそうでもなければこんな不可思議な建物は存在し得ないのだろう……
「我々が機能を掌握する前までのこの場所は……紛れもなく『迷宮』であったよ。
侵入した者の命を容赦なく刈り取ろうする『死の迷宮』だ」
「………!」
僕はいつだったか、広大で複雑な構造を持つこの場所はまるで『迷宮』のようだ、なんて思ったりしたこともあったけど……
やはりそれは間違いではなかったのだ……
コーディス先生の言葉に、僕は思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「そして、先程『この建物の危険な機能を排除した』と言ったが……この領域だけはまだここが『魔王城』と呼ばれていた頃の内装を『ほぼ』そのまま残している」
それはさっきアリーチェさんが推測として語っていたことであったが、それがコーディス先生の口から改めて告げられる。
「さて、前置きが長くなったが……ここからが君達がここに集まってもらった理由、『選抜試験』に関する話だ。
その内容は……既に察しがついている者も居るのではないかな」
「―――!」
『選抜試験』の内容……
何故、ここだけ『魔王城』の頃の名残が遺されているのか。
そして何故、僕達はここに集められたのか。
「君達に行ってもらうことは……この『迷宮』の攻略だ」
「『迷宮』の……攻略……!」
僕は頭の中で薄々思い描いていたその試験内容を、思わずオウム返しに呟くのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「君達にはまず現在我々がいる『第三天』の中心地の部屋にある扉からこの領域内で最も離れた場所……つまりこの建物の外縁部に当たる部屋まで行き『宝珠』を入手して貰う」
「『宝珠』?」
「これだ」
コーディス先生に巻き付いている紫色の巨大蛇……確かサディーちゃんだっけ?が口を開ける。
すると、舌の上に握り拳大の綺麗な宝石のようなものが見えた。
サディーちゃんはこの場にいる全員に見えるようにその長い身体を利用して僕達の頭上で大口を開けて見せてくれている。
……なんか絵面的には人を丸吞みにしようとしてる直前みたいでちょっと怖い。
「『試験』がスタートしてから5時間以内にこの『宝珠』を入手して再びこの中心部の部屋に戻り、その後『第一天』まで戻ってくること。
それがこの『選抜試験』の合格条件だ。
そして―――」
そう言いながらコーディス先生は僕達に背を向け、周りを見渡す。
そこにあるのは、無数に存在する扉だ。
「外縁部まで向かう道はこの扉の中から君達が自由に選んで構わない。
どれを選んでも攻略難易度に違いはない。
一つの扉につき入れる人数は100人までだ」
100人まで入れる扉がこんなにも無数に……
改めてこの部屋の広大さ……ひいてはこの建物の規格外の大きさにクラリと来てしまうのだった。
「ここに居る生徒達でチームを組むのも自由だ。
そして全員が扉を選び終わったら同時に攻略をスタートしてもらう。
ちなみにこの扉の先にどんな『試練』があるかは始まってからのお楽しみだ」
お楽しみて……
コーディス先生がそんな冗談を言うなんて珍しい……いや、この人の場合本気で僕達が楽しんでくれると思っていることも十分あり得る……
「さて……これでこの『試験』における概要説明は終了となるが、何か質問はあるかな」
「あの、コーディス先生……」
コーディス先生の言葉に……生徒の内のひとりから質問の声が上がった。
「なんだい?」
「……この『選抜試験』に合格したら受けられる『特別校外活動』なんですけど……
それって………?」
それは……この場の生徒全員が気になっていることだった。
僕達に一切の情報が知らされていない『特別校外活動』……それは一体……?
「申し訳ないが『特別校外活動』については現時点では一切の説明は行えない。
ただ一つ―――」
コーディス先生はそこで一旦言葉を切り、僕達全員を見渡すようにこちらに向き直った。
「この『試験』を乗り越えることが出来ない者では到底耐えられぬものになる、とだけ言っておこう」
「――――!」
その言葉に、この場の全員の息を飲む音が聞こえた気がした。
薄々気が付いてはいたけど……
こんな『選抜試験』なんてものを実施する以上……それは、相当の危険を伴う活動ということ……!
けど……それでも……!
【この『特別校外活動』に参加した者には、『勇者』になる為に必要な『力』が授かれる】
あの告知の一文を思い起こし、僕は改めて拳を握りしめた……!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、コーディス先生の説明も終わり、いよいよ『選抜試験』が始まろうとしている訳だけど……
先生は自由にチームを組んでいいと言っていた。
と、なれば……
「皆さん!頑張りましょうね!」
魔物討伐活動時のチームメンバー……今ではすっかり顔なじみとなった皆さんの前で、僕はグッと両腕を構えて声を上げた。
「ま、チーム組めるってんなら俺達で集まらねえ理由はねぇな」
「ああ、正直このチームならどんなことが起きようが関係ねぇって思えちまうぜ」
ミルキィさんとヴィガーさんの言葉に僕は「うんうん!」と全面的な同意を示す。
この皆となら……どんな『試練』だろうが乗り換えられる!
「はぁーーーーはっはっは!!!!
そうかそうか!!
お前達!!そんなにこの私、コリーナ=スタンディの力を頼りにしているか!!!
よかろう!!ならばしかと私に付いてくるがいい!!
この勇者コリーナがお前達を勝利の頂へと導いてやろう!!!」
「正直『試験』なんかよりコイツの制御の方がよっぽど苦労することになると思うな……」
とまぁ、こんなやり取りもこの場においては『試験』への不安を掻き消してくれるありがたい光景だった。
「今回は100人まで集められるということで、私達の他の知り合いに声をかけてきた」
「この前の大陸西側での事件の時、一緒に戦ってくれた人達なんです!
皆さん、とても頼りになりますよ!」
と、そんなことを話すキャリーさんとバニラさんの後方には、数十人の生徒の姿が見えた。
彼らは絶望的な状況でありながら、ミルキィさん達の発破が切っ掛けで皆魔物の集団に果敢に応戦したのだという。
僕はあの事件の後、話で聞いただけだけど……なんとも頼もしいことこの上ない!
「うん……!
この皆となら……!
絶対にいける……!」
僕の心には……もう何一つとして不安など無かった。