第4話 僕達と試験場
《 エクスエデン校舎 昇降機内》
―――ヴゥゥゥゥゥ………!
「うぅ……き、緊張してきた………」
エクスエデン校舎の中心には、その長大な躯体を貫く数本の巨大昇降機が存在する。
僕とキュルル、アリーチェさんとお付きの皆さんのいつものメンバーは現在その昇降機に乗り、件の目的地、エクスエデン校舎・第三天へと向かっていた。
ちなみにこの昇降機は1台で数十人が余裕で入り切るぐらいのスペースがある。
学園に来た当初、この昇降機の存在を知り実際に見た僕は一体どういう原理でこの巨大な箱が上下へ移動するのか皆目見当もつかず、ひたすらに目を白黒していたものだった。
そして興味はあれど、それに乗り込む勇気は中々持てず、また上の階へと赴くような用事もなかった為、これまで利用することはまるでなく、つい最近まで存在も忘れていたのだったけれど……
まさかこんな形で体験することになるとは……
初めて経験する地面に向かって押し付けられるような未知の感覚……そしてこれから僕達が挑戦する『選抜試験』に対する不安……
それらの相乗効果によって僕の動悸は激しさを増していくのだった……
「きゅるー!フィルー!
だーいじょーぶだよー!
よく分かんないけど、ボクとフィルなら……えーっと、センバツシケン?なんてちょちょいのちょーいだよー!」
「……もしその試験内容がこの前の一般教養講義の筆記試験なんかだったりしたらキュルルさんは絶望的ですけれどね」
「ああん!?馬鹿にすんなよアリーチェ!!
ボクだって、ええっと『ガール史』?『ギャール史』?
だったかの講義ぐらい覚えてるっての!!」
「講義名からして既にうろ覚えではありませんの」
キュルルとアリーチェさんは全く変わらぬ様子でもはやお決まりの口喧嘩を賑やかに展開している。
彼女達のいつも通りっぷりにはいっそ感心させられてしまうなぁ……
ただ……今アリーチェさんが言っていたような試験内容にはならないであろうことは、おそらく発言した本人も思っていることだろう……
あの告知の最後の一文……
【命の危険だけはない】……
わざわざそんなことを記載することの意味を……
察せないはずもないのだから……
―――ピポン………
そんなことを考えている僕の耳に……
この昇降機が目的の場所に着いたことを知らせる音が飛び込んできたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 エクスエデン校舎・第三天 》
「な…………!」
「きゅるー……!」
僕とキュルルの口から唖然とした声が漏れる。
昇降機の扉が開き、僕達の目にまず飛び込んできたのは僕達よりも早く待機していた他の『選抜試験』参加者達だった。
既に数千人規模の人数がこの場所へと集まりだしており、この『試験』……ひいてはその先にある『特別校外活動』への意気込みがありありと感じられる様であった。
だけど……そんな大勢の生徒達が集まる光景以上に、僕達は『この場所』そのものに意識を奪われていた。
先程も言った通り現在ここには数千人もの生徒が集まっている。
だが、仮にその数倍の人数がこの場に居たとしてもな有り余るほどの、あまりにも広大なスペースがそこにはあった。
もっとも、それだけならまだ驚くには値しなかっただろう。
広さだけならば僕達が普段から使っている食堂だって相当のものなのだから。
僕達が目を奪われていたのはこの空間を構成するモノだ。
床や壁、等間隔に並んだ柱は……とても不可思議なクリーム色の石材によって造られていたのだった。
レンガのように規則的に積み重なっているソレは僅かに発光しており、ランプなどの明かりの類は一切無いにも関わらずこの広大な空間を余すことなく照らしている。
そして……壁には巨大な扉が等間隔でずらりと並んでいた。
一体いくつあるのか見当もつかない。
ひょっとしたら無限にあるかもしれない……そんなあり得ないことさえ想像してしまいそうになる。
僕達が普段暮らしている部屋や食堂のある『第一天』、先生達が使う協議室や一般教養の講義に使う講義室がある『第二天』はまさしく学園と呼ぶに相応しい、奇麗に整った装いがされていた。
だけどここには、そんな風に人が使うことを想定したとは到底思えない、明らかに異質なモノを感じる。
そして僕は思い出す。
ここに『勇者学園』という名が付く前、何と呼ばれていたかを。
ここは―――
「どうやら……この『第三天』は人の手が殆ど咥えらておらず……
『魔王城』の名残をそのまま残している場所のようですわね」
アリーチェさんが、周りや遥か彼方にある天井を見上げながらそう呟いた。
そう……ここは『元』魔王城……
かつて人類に仇をなした魔王が居た場所……
人類の……恐怖の象徴……
すっかり忘れていたその事実が、異質なこの空間によって再認識させられる。
僕は得も知れない不気味な感覚に襲われ、しばしの間何も言葉を発せずにいるのだった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから少しの時間が経ち……
告知で知らされていた時間を迎えようとしてた。
僕達の後も更に『選抜試験』参加者は集まり続け……その数は1万を超えるであろう数にまでなっている。
どうやら……この学園の生徒ほぼ全員がこの試験に参加することになりそうだった。
まあでも……【『勇者』になる為に必要な『力』が授かれる】なんて一文を目にしてしまったら、この学園に来た者なら、そりゃ誰もが参加を表明するに決まっているか……
誰もが、次世代の『勇者』になる為にここに来ているのだから……
そして―――
「時間になったね」
「―――!!」
どこからともなく、男の人の声が響いてきた。
聞き間違えようはずがない……この声は―――
―――コツ、コツ、コツ……
足音が聞こえて来た方へ僕達が目を向けると―――
そこには、いつものように蛇にぐるぐる巻きのコーディス先生がいた。
一体どこに居たのか、どこから現れたのか……まるで分からなかった……
「それでは早速『選抜試験』の概要説明に入ろうか」
そんな僕達の不安や困惑を尻目に、コーディス先生は淡々と話を始めるのだった……