フィルとウォッタ:後編
「とまぁ、そうは言っても、僕も似たようなモノなんですけどねー」
「え?」
部屋を満たしていた静寂を……僕の間延びした声が打ち破った。
「僕も、あの人から直々にライバルだなんて認められてますけど……
ついつい僕なんかがアリーチェさんのライバルなんて恐れ多いとか、そういうこと考えちゃったりするんでよねー……
そんな奴がアリーチェさんと気軽に接してることをウォッタさんが快く思わないのも、まぁ無理はないかなって……」
「そっ……そんなこと……!」
そんな僕の発言にウォッタさんが慌てて声をかけてくる。
僕はウォッタさんをもう一度、今度は笑みを浮かべながら見つめ、そして言う。
「だからウォッタさん!
お互いもっと頑張りましょうよ!」
「えっ……?」
ウォッタさんは目を丸くして僕を見た。
「僕も、アリーチェさんの友人として、ライバルとして……!
もっともっと相応しい存在になれるように頑張ります!
だから貴女も!自分にはアリーチェさんの傍にいる資格があると、自信を持って言えるように……自分を好きになれるように、頑張りましょう!」
「………………!!」
僕はそう言いながらグッ!とウォッタさんにガッツポーズを決めて見せた!
………まぁ……言うは易し、なんだけどさ。
「だから、そうなる為にも……
こういう魔法講座とかで、貴女の力を貸して欲しいって僕は思ってます。
けど、決して無理強いはしません。
貴女に今すぐ僕への悪感情を捨てろ、なんて言えませんし……言った所でどうにかなるものでもないですしね」
「…………………………」
ウォッタさんは再び黙り込み……そして、再びぽつりぽつりと話し出す。
「………貴方の言う通り………私はまだ、貴方に対する嫉妬や、醜い感情の全てを……
今すぐ消し去ることは………出来ない………」
伏せ目がちに言葉を発する彼女は「けれど……」と続ける。
「貴方が……アリスリーチェ様に相応しくなれるように頑張るというのなら……!
私も……負けて、いられない……!」
「ウォッタさん……!」
そう言いながら顔を上げた彼女は、強い意志の光を目に宿し、笑っていた。
「私に貴方を任せて大丈夫だと言った……アリスリーチェ様の信頼に、精一杯応えてみせる……!」
「はい!ありがとうございます!」
僕が破顔しながらウォッタさんに礼を言った。
「そ、それじゃあ改めて……フィール様……」
「フィルでいいですよ」
「え……」
彼女が驚いた声を上げる。
「気に入らない相手に敬称を付けるの、精神的にキツいでしょう?
それに敬語も使わなくていいですよ。
ウォッタさんが話しやすいように話してください」
「な……ちょっ……!
それ……は……!」
ウォッタさんが僕の提案に狼狽える。
そんなに変な事言ったかな……?
しばらくワタワタとしていたウォッタさんだったが――
「…………じゃ、じゃあ………そう、する………」
と、頷いた。
そして―――
「……なら……貴方も…………
ウォッタ、でいい………
さっき……みたいに………」
「え?」
と、言ってきた。
気のせいか若干頬を染めているような気がする。
「えっと、その……
フィ……フィル………だけじゃ……
その……不公平、だし………」
「そうかな……そうかも……
うん、分かった!
じゃあこれからよろしくね!ウォッタ!」
「……………ん………」
彼女の頬の赤みが増したような気がする。
僕がそれを確かめようとして顔を覗こうとする前に、ウォッタは振り向いてしまった。
「何ともない……別に、何ともない………!
ドキドキなんてしてない……!
気のせい……気のせい……!」
「ウォッタ?
おーい、どうしたのー?」
ウォッタはしばらくの間ブツブツと何事かを自分に言い聞かせていた……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、そんなわけで話も済んだし、いざ魔法講座再開……と思ったんだけど、思ってた以上に話し込んでしまっていたようで、気が付けばもう夕飯時になっていた。
―――グゥ~……
「うーん……お腹すいたーー!!!」
―――ガバッ!
と、キュルルタイマーも告げる。
どうやら今日はここらへんでお開きのようだ。
あんまり講座は受けられなかったけど……
僕はチラリとウォッタを見た。
彼女は僕の視線に気付き、思わずそっぽを向くが……直後にチラリと横目でこちらに目を向ける。
まぁ……いっか!
僕は満足げに笑うのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「きゅっきゅるー!
お勉強の後はごはんごはーん!」
と、今までぐっすり眠っていたキュルルが元気よく部屋を出た。
僕もそれに続こうとし……最後にウォッタに言葉をかける。
「それじゃあウォッタ。
またアリーチェさんの都合が悪い時なんかには―――」
「あ、あの、フィル!
その、呼び方なんだけどさ……!
アリスリーチェ様や他の人達の前では、その……普通に呼んで欲しいんだけど……!」
「え、なんで?」
「いや、その……急に呼び方変わったりしたら……
周りに、なんか……変な風に見られたり……しそうだし……
だから………その……こういうのは……ふ……2人だけの時に………」
ウォッタの言葉は後半になるにつれ、ごにょごにょと聞き取りづらくなっていった。
変な風に見られる……?
何のことかよく分からないけど、まあ彼女がそうして欲しいのなら、別に断る理由もない。
「うん、分かったよウォッタ。
皆の前ではいつも通り敬語で話すよ」
と、僕は彼女の言葉にうなずいた。
「そういやこれから僕達は食堂でご飯だけど、ウォッタは行かないの?
多分アリーチェさんも居ると思うよ?」
「……っ!
わ、私はまだここでちょっとやることがあるから、先行ってて!
す、すぐ行くから!」
「そうなの?
それじゃあウォッタ!
また後でね!」
やることってなんだろ……?なんて思いつつ、僕は彼女の部屋から立ち去ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………すぅ………はぁ………!」
自分以外誰もいなくなった部屋の中で……
ウォッタは自分の胸を抑え、深呼吸をしていた。
別にここでやることなんてなかった。
ただ少し、落ち着く時間が欲しかったのだ。
こんな状態で……アリスリーチェ様と会ったら……
絶対に挙動不審になってしまうに決まってる……
そんなことを思いながら、ウォッタは何とか顔から熱が引くのを待つのであった……
「まったく………なんで私がこんな………
フィル=フィール…………
やっぱりアイツは……気に入らない………」
そんなことを言う彼女の顔は……綻んでいるように、見えた。
「見ぃぃまぁぁしぃぃたぁぁよぉぉおおお?」
「――――ッッッッ!!!????」
突如として部屋の中に響いた地の底から這い出て来た亡者のような女性の声に、ウォッタは声にならない声を上げた。
その声の主は―――
「ファ、ファーティラさん!?
い、一体どこに……!?」
「こっちですよ、こっち」
「こっち、って……うぉおおおおお!?」
ウォッタが目向けた先……それは、自身の頭の上だった。
ファーティラは………部屋の天井に大の字になって張り付いていた………
「あ、貴女一体いつからそこに……!?」
「ふふふ………アリスリーチェ様はお父上宛ての書簡をしたためている最中……
書簡を覗くと機密文書閲覧罪に問われる為お部屋の中で護衛は出来ない……
なのでその間、貴女がしっかりフィール様にお仕え出来ているかどうかを暇つぶし……じゃなくてフィール様の為に見張っておこうと思ったのですよ」
「こ、こいつッ……!!」
天井から降りつついけしゃあしゃあとそんな説明してきたファーティラに思わずウォッタはこめかみをひくつかせるのだった。
「始まってからしばらくはあのような有り様でこれは後でお説教だ、などと思っていたのですが……
ふふふ………思わぬ展開となりましたねぇ………」
「う………く………!」
一部始終を目撃していた変質者……もといファーティラはにやりと笑いながらねっとりとした口調で語りかけてきた。
「よもや貴女がフィール様とあそこまで仲を深められるとは……
まったく持って予想外、大穴馬券もいい所でしたよ」
「いや……べ、別に私は、そんな……」
「しかも、主に内緒で2人っきりの時だけ名前呼びとか……これもうアレですよね!
もう完全にアレですよ!アレ!」
「ち、違……!
ちょっと止まって……!
落ち着いてくださ――」
「ええ、ええ。分かっておりますとも!
貴女がアリスリーチェ様を裏切るような人ではないということは!
だがしかし!自らの心に嘘は付けない!
主への忠義と己の中に芽生えた感情との板挟み!!
ああ!何という悩ましさ!!!」
「…………………………」
「しかし!あわよくば!許されるのならば!
せめてあの方の子種だけでも―――!!」
「《アクア・ジェイル》」
「――がぼぼッ!!??
ごぼごばがぼッッ!!!」
「ふう……ファーティラさん、貴女のおかげでだいぶ落ち着くことが出来ました。
どうもありがとうございます。
それでは私も食堂へ行ってまいりますので、これにて失礼いたします」
―――ペコリ……
「ちょっと待ッ……ごぼばぼッ……!!
こ、これ解いてッ……ごぼぶぼぁッ……!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後、息絶え絶えになったファーティラさんが校舎の廊下に放置されている姿が目撃されたそうな。