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フィルとウォッタ:中編


「ガーデン家に仕える者は……その殆どが家や家族を失い、行き場をなくした者なんです……」


ウォッタさんの話によると、ガーデン家は農地支援の他に親を亡くした子供達の保護活動なども行っているらしく、大陸の各所に孤児院を設立しているらしい。

そんな孤児院で育った子供達のうち、ガーデン家の使用人としての素質がありそうな者をお屋敷へと招き入れているとのことだ。


そしてガーデン家に仕える者として求められる素質とは、家事やマナーの良さといった基本的なものは勿論だが、何よりも――


「様々な要因で生まれるであろう、ガーデン家の『敵』から……

 自らの身を……そして何より主を守れるだけの……『強さ』を持っているということ……

 それこそが……ガーデン家に仕える者……『園芸用具(ガーデニングツールズ)』に求められる資質……なのです……」


「この前のお屋敷にいた人達全員、それだけの実力があったのかぁ……」


そんなお家柄もあり、マジックアイテム開発部門のリペルさんのように完全に外部から使用人を雇い入れるということはガーデン家において非常に稀なのだとか。


「それで、ウォッタさんは……」


「………私の両親は……元々ガーデン家に仕えていた者同士であり………そのまま私はガーデン家のお屋敷で生まれ、育てられ……

 そして、ガーデン家にお仕えすることに……なりました……

 勿論『素質』が無ければガーデン家に仕えることは出来ないのですが……」


何でもウォッタさんには非常に優れた魔法の才能があったようで、なんと生後言葉を覚え始めた時点から自然と魔法を発動することが出来ていたらしい。

その才能を見込まれ、その少し前に生まれたアリーチェさんのお付きとして、彼女と殆どの時を共に過ごしながら育てられてきたのだという。


「じゃあ、ウォッタさんとアリーチェさんは幼馴染……というか、ほぼ姉妹みたいな感じでお付き合いされていたってことなんですね」


「なっ……!わ、私がそんな……!

 あ、アリスリーチェ様と姉妹だなんて……お、恐れ多い……!

 ほ、本当のご姉妹のホワイリーチェ様に……失礼です……!」


僕の言葉にウォッタさんは顔を赤く染めながら否定する。

まあ、そう言いながらも彼女の表情は満更でもない風だったのだが。


余談だがアリーチェさんの3人のお付きの内のもう2人、ファーティラさんは『ヴァール大戦』が始まった直後ぐらいに孤児院から引き取られ、カキョウさんは『ヴァール大戦』の最中に保護したのだとか。


つまり、アリーチェさんとの付き合いの長さでは、3人の中でウォッタさんが一番だったという訳だ。


「……『ヴァール大戦』が起き……ガーデン家も故郷を追われ……大陸東側へと逃げ延びました……

 そんな中……ガーデン家に仕える者の中からも……『ヴァール大戦』に参加し……

 魔物の脅威と戦う者も、少なくありませんでした……

 大陸における……人類存亡の危機ともなれば……それも当然でしょう………」


その時、ウォッタさんの顔に影が差した。


「……その中には……私の、両親も……含まれておりました………」


「………その、ご両親は……」


ウォッタさんは……何も言わずに、ふるふると首を左右に振るのだった……


彼女の両親は……魔物との戦いの中で………


「私が6歳の時……父と母の死が……伝えられ……

 私は……ただ呆然としていることしか……出来なくて……」


ウォッタさんは……震える声でその時の自分の心情を吐露していた。

そんな彼女の姿を見ていると、軽い気持ちで話を振ってしまった自分を責めたくなる気持ちが湧き上がってくるが……


「でも、その時……アリスリーチェ様が……

 何も言わずに……私の手を、握ってくれて……

 私は……自分の立場も、忘れて……あの人に……縋りついて……泣き喚きました……」


「……………」


僕は黙って彼女の話を聞き続けた。


「涙や鼻水で……お召し物を汚す私を……

 アリスリーチェ様は……ただ、優しく……撫で続けてくれました……

 あの人の温かい手が……私の悲しみを……癒してくれたんです……」


……以前、アリーチェさんのお付きの人達の模擬戦を見た時……

ウォッタさんがアリーチェさんに接する姿を『まるで幼子が母親から褒められている時のよう』と言い表したけど……

それはあながち間違いではなかったのかもしれない。


彼女の話を聞きながら、僕はそんなことを思った。


「……私は……主であるはずのアリスリーチェ様に、心を救われました……

 それなのに……あの方が、私と同じような悲しみを抱いた時に……

 私は……何も………!」


ウォッタさんと同じような悲しみ……

それって……


「アリーチェさんの姉……

 サンドリーチェさん……ですか……」


「…………あの方は……敬愛していた姉の死を知らされても……

 私のように、感情をさらけ出すこともせず……

 毅然と振舞われて、おりました………」


例えどれだけ悲しくても……ガーデン家の令嬢としての矜持が、取り乱すことを拒んだ……といった所だろうか……

全く持ってあの人らしいな……


「私はそんな時……ただ、アリスリーチェ様の傍に居ただけでした……

 私の時のように……あの人の悲しみを……心を癒すことなんて、私なんかに出来るはずもない……

 だから……私は……あの時……誓ったん……です……」


「―――?」


ウォッタさん……?

なんか、様子が……?


「せめて……せめてあの人の命だけは……我が身に代えても……

 そして………アリス、リーチェ……様の………望む……こと、を………」


「ウォッタさん……?」


ウォッタさんの言葉が、途切れ途切れに聞こえてくるようになった。

声を出すことが……とても辛そうに見えた。


「ウォッタさん、どうしたんで―――」


「私には……!

 アリスリーチェ様に仕える資格なんて……!!

 あの方の傍にいる資格なんて無いっ……!!」


「えっ……!?」


突然、ウォッタさんが目尻に涙を溜めながら叫びだした。


そして俯いたまま、ぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた……


「貴方の言う通り……私は、貴方がアリスリーチェ様と接することを、不満に思っています……!

 でも、それ以上に……!

 そんなことを思う醜い自分自身こそが、一番許せない……!」


「ウォッタ、さん………」


「貴方のおかげでアリスリーチェ様の命は救われたのに……!

 何故私があの人を救えなかったのか……!

 そんなことばかり考えてします自分が嫌い……!」


「……………」


「それだけじゃない……!

 貴方に会ってアリスリーチェ様は変わられた……!」


「え………」


「サンドリーチェ様の死により……誰よりも素晴らしい『勇者』になるという使命に囚われていたあの人が……!

 貴方と出会って……!明らかに、心にゆとりが出来た……!

 以前よりも、笑うようになった……!

 それは喜ばしいことなはずなのに……!

 ずっとあの人と一緒に居たはずの私に出来なかった事が……!

 何の縁もゆかりもない、突然現れた貴方に出来たのが、悔しくて……!

 そんな醜い嫉妬に駆られる自分が……大っ嫌い……!!」


「………………」


自身の感情を吐き出したウォッタさんは「はぁ……はぁ……」と息をつき―――


やがて、しん……と静かになった。


そしてまた……ぽつりぽつりと、言葉をこぼす。


「……フィール様………

 誠に……申し訳、ございませんでした……

 貴方に……不快な思いばかりさせて……

 恩を仇で返すような真似を……ずっと……

 私は………もう二度と……貴方の前には現れません……

 そして……アリスリーチェ様の前からも―――」


「ウォッタさん」


僕は彼女が言い終えるのを待たず、声を上げる。

そして、俯く彼女を見据えて、言う。



「貴女が僕のことを気に入らないように、僕も嫌な態度ばかり取って来た貴女のことが気に入りません」



「―――――ッ!!!」



まさか僕からそんなあからさまな『敵意』を向けられるとは思っていなかったのか、ウォッタさんは目を見開いて僕を見る。

お互いの視線が交差した、その瞬間を見計らって―――僕は再び口を開く。


「だから貴女の言うことなんかより、アリーチェさんの言うことの方を僕は信じます」


「―――?

 それって、どういう……?」


ウォッタさんが僕が言い出した言葉の意味が分からず、疑問の声をあげる。


「『何よりウォッタは……

  わたくしが辛い時、常に傍にいてわたくしを支えてくれる……

  誰よりも一番信頼している『家族』のような存在ですの。

  彼女に任せれば、何も問題ありませんわ!』」


「―――!!!」


「アリーチェさんに貴女を紹介された時、そう言われたんです。

 他のお付きの人達の手前、表立ってそういうことを言う訳にはいかないようですけどね」


アリーチェさんの言葉を聞いた聞いた瞬間、ウォッタさんの瞳から一筋の涙が零れた。


彼女は……アリーチェさんが悲しみを抱いた時、傍にいるだけで何も出来なかったと言ってたけど……

彼女がただ傍にいるだけで……アリーチェさんは、救われていたのだ。


「だから、貴女がアリーチェさんに仕える資格が無いなんて言わせません。

 貴女が貴女自身をどう思っていようが、アリーチェさんにとって貴女は大切な存在なんですから」


「―――っ……!

 け……けど………私は……そんなアリスリーチェ様の信頼を裏切って……!

 貴方に……あんな態度を取ってしまって……!

 こんな……こんな醜い私なんて―――!!」


「はぁ………ウォッタ!!」


「―――っ!?」


僕はウォッタさんを呼び捨てで呼び、彼女を見つめる。

いや、睨みつける。


「もう一度言うよ。

 僕は君の言葉なんかよりアリーチェさんの言葉を信じる。

 君はアリーチェさんにとって大切な存在で、あの人が『家族』とまで呼ぶほどの人だ。

 そんな人を―――馬鹿にするな」


「――――!」


僕は……静かな怒りを乗せて、言う。


「それ以上アリーチェさんの『家族』を乏しめることを、僕は許さない。

 分かったか?ウォッタ=ガーデニング」


「……………………」


僕の言葉を受け……ウォッタさんは、それ以上何も話さなくなった。


そして部屋の中は……再び、静寂に満たされた―――


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