フィルとウォッタ:前編
「申し訳ありません、フィル。
今日はお父様への書簡をしたためるのに少し時間を頂きたいのです」
ある日の学園活動終了後。
また魔法について教えて貰おうとアリーチェさんに声をかけた僕だったが、彼女からはそんな返事を貰ってしまった。
曰く――
「お父様からのお返事で『脚色は極力控えなさい』とお叱りを受けてしまいまして、書き直している所ですの……
やはりこの前、いつのものようにキュルルさんと一発触発になりそうだったのをフィルが近くにいるので暴れるの止めましょうと収めたことを、キュルルさんがわたくしの完璧な話術に感服し自らの身勝手さを悔いて矛を収めた、と表現したのはほんの少し事実を歪曲しておりましたでしょうか」
「うん、とりあえずキュルルには黙っておいてあげますね」
という訳で、残念だけど今回の魔法講座は中止―――
「あ!そうですわ!」
アリーチェさんが突然パン!と両手を叩いた。
「魔法に関するお話なら、今日は彼女から教えていただければよろしいかと!」
「彼女?」
一体、誰のこと――?
「ウォッタですわ!」
「うっ―――!」
「彼女の魔法技術はわたくしにも劣りませんし、魔法に関する知識も十分にありますわ!
そして何より……―――?
フィル、どうか致しましたの?」
「い、いえ……なんでもないです……」
『彼女』の名を聞いた瞬間、僕は思わず息を詰まらせてしまった。
ウォッタさん………ウォッタさんなぁ………
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「………それでは……本日は私、ウォッタ=ガーデニングが魔法講座の講師を務めさせていただきます……
よろしくお願い致します…………」
「は、はい…………よろしくお願いします………」
そんなわけで……
僕はウォッタさんの部屋にて、特別魔法講座を受ける運びとなったのだった。
の、だけれど………
「それで………今日はどのような内容をお望みなんですか……?」
「えーっと、その………」
「どうしたのですか……?
早く言わないと講座を受ける時間がなくなってしまいますよ……?
時間は有限なのですから……
さあ、早くしてください……」
「は、はい……それじゃ―――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ウォッタ=ガーデニング。
アリーチェさんに付き従う3人のお付きの1人で、3人の中で一番魔法を扱うのに長けた人物。
得意系統は水魔法。その中でも水を使って相手を拘束する魔法を得意としている。
僕も何度か見たことがあるが、あの素早い発動による『水の檻』や『水の錠』による拘束は殆どの相手に何もさせる間もなく勝負をつけてしまうことだろう。
その見た目はとても可愛らしい金髪おかっぱの透き通るような白い肌を持つ低身長の女の子で、その小動物的な外見から彼女の実力に気付くのは中々難しいだろう。
聞くところによると彼女の年齢は僕と同じ15歳とのことで、同年代の女の子と比べても背は低い方……これ以上は僕の精神衛生上よろしくないので身長に関する話はここまでにしたい。
……ぶっちゃけると、僕と同じくらいの背丈なのだ……
さて、そんなウォッタさんなのだが……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「―――つまり魔法の威力、効果範囲、発動速度というものは得意魔法という概念と同じ様に個々人によって得意とするものが変わり、例えば2人の人物が同じ《ファイアー・ボール》を唱えたとしても一方は威力が高くその代わり発生速度が遅い、一方は発生速度が速いが射程距離が短いなど個人差が生じるもので、それらの要素を加味して戦術を立てることが魔法を使う戦闘に置いて―――」
「あ、あのぉ!ちょ、ちょっと待ってくれませんか!!
さっきの話の所のメモがまだ取れてなくて……!
だから、その……!」
「はぁ………またですか………
仕方ありませんね………」
「う……す、すいません………」
………ものすっごく淡々とした口調で次々と矢継ぎ早に講義を進めていくウォッタさんに対し、聞き逃したりメモを取り損ねたりが原因で再講義を求めること既に数回……
彼女は何度目になると知れない溜息をつきながら渋々といった感じでもう一度初めから講義を始めるのだった……
「きゅぴー………まだ食べられるよー……」
ちなみに今回もキュルルが同席していたが講座開始10秒で寝た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
…………アリーチェさんのお付きの皆さんは初対面の頃は主に気安く近づく輩を快く思っておらず、僕に強く当たることが多々あった。
それがアリーチェさん暗殺未遂事件を契機に僕への心証は変わり、アリーチェさんと殆ど変わらない態度で接してくれるようになった。
―――はず、なのだけど…………
「―――と、いう訳です……
よろしければ次の話に進みます……
出来ればやり直しはコレで最後にして欲しいですね……」
「うう………」
僕の目の前にいるこの人……ウォッタさんは、言葉使いこそ丁寧語にはなったものの………
明らかに僕のことを未だ快く思っていないことがありありと感じられるのだった……
「では改めて……
魔法の威力、効果範囲、発動速度は個々人によって得意とするものが変わりますが、中にはその全てを非常に高レベルで扱える者も存在します。
類いまれなる才能とそれに決して胡坐をかかずに努力を継続できる気高い精神を持つそのお方こそアリスリーチェ様その人であり、あのお方の魔法技術はこの大陸、いえ、この世界の中で最も卓越したものであるといってまず間違いない――――」
「なんかさっきと内容変わってません!!??
魔法講座じゃなくてアリーチェさん講座になってるよコレ!!!」
「チッ……!」と盛大な舌打ちの元、脱線しかかった話を元に戻すウォッタさんであった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とまぁ、彼女の魔法講座は終始こんな感じで続き……
僕が再講義を求め、彼女のこれ見よがしな溜息が繰り返されること更に数回……
「ウォッタさん」
「また、ですか……
はぁ……まったく、しょうがな―――」
「僕がアリーチェさんと気安く接していること、やはり貴女は不満ですか?」
「――――ッ!!」
こんな状態で講義を進めていくのは流石に無理だと判断した僕は、単刀直入に切り込むことにしたのだった。
「………そんな、ことは……ありません……
アリスリーチェ様ご自身が、お許しになっていることに……
私なんかが、何かを言う資格など―――」
「僕がアリーチェさんと接することを許せるかどうかじゃなくて、貴女自身がどう思っているのかを聞いているんですよ?」
「…………………………」
ウォッタさんは僕の問いには答えず……黙りこくってしまうのだった。
まぁ……この人の僕への態度を見れば、聞くまでもない事なのだろうけど……
そしてお互い何も言わないままの時間がしばらく過ぎ―――
「ねえウォッタさん」
「………なん、ですか………?」
僕は口を開き、彼女へ再び声をかける。
「貴女はどうして、そこまでアリーチェさんのことを慕っているんですか?」
「………どう、して……って………」
ウォッタさんは僕の突然の質問にどう言葉を返すべきか分からずにいるようだった。
「教えてくれませんか?
貴女が、何を思って彼女の傍にいるのかを」
「………何故、そんなことを……聞くのですか……?」
「僕が知りたいから。
ただそれだけです」
ウォッタさんが僕のことを快く思っていないのはもう見ての通りだ。
けれど主から頼まれた以上、彼女は僕と関わらざるを得ない。
まさか彼女から僕のことが気に入らないので接したくありません、なんてアリーチェさんに言えるはずもない。
そして、僕の方からアリーチェさんにウォッタさんの態度について正直に報告してしまうのも忍びない……
ならばせめて……ウォッタさんがどれだけアリーチェさんのことを想っているかを知っておきたかった。
彼女の僕に対するこの態度に、納得できる理由があるのかどうか……
勿論、僕が納得した所で根本的な解決にはならないんだけど……
それでも………
「…………………………」
ウォッタさんは何も話さない。
全くの他人に……それどころか自分が快く思っていない相手に、何故そんなことを話さなければならないのか。
彼女からしてみればそう言いたいことだろう。
しかしアリーチェさんのお付きである彼女には主の危機を救った僕に対する恩があり、僕の言うことには可能な限り応えなければならない。
そんな複雑な感情の袋小路に迷い込んだ彼女は―――
「私は……物心がつく前から、既にガーデン家に仕えていました……」
ゆっくりと、話し始めたのだった―――