第9話 アナタと目的
「………こんな所だ」
「はへぇ~………」
話を語り終えたイーラさんは、頬を染めどことなく気恥ずかしそうだった。
まぁ、軽率な行動による恥部も多分に含まれるし、出来れば知られたくない類の話ではあるのだろう……
だけど……全てを聞き終えた僕は、彼女が勇者様のファンとなったことに対して大いに納得がいった。
『勇者様に助けられたから』という、非常に単純にして明快な理由は……
僕が勇者様に憧れた理由と全く同じなのだから。
「森から連れ出された私は、兄の元へと戻った。
当然の如く、兄からは叱りの言葉を受けたよ。
あれ程までに怒る兄の姿は、120年生きて来て初めてだったな」
「おおう、突然のカルチャーショック」
唐突に『エルフ』感満載の台詞を叩きつけられ、僕は思わずクラっときてしまった。
そうか……イーラさん現在125歳か……
「その後アルミナは再び戦いの場へと戻り……
そして……『勇者』対『魔王』の戦いは………」
「『勇者』の勝利で、終わった………と……」
イーラさんの言葉に、僕が続けて答える。
「その後、兄は目を覚ました『里』の者から糾弾され、追放された。
しかも……私が『森』の中で負った傷を、『里』に魔法をかけようとした兄を止めようとして負った傷だ、ということにしたのだ」
「それって………」
イーラさんは、少し憂いを帯びた表情になった。
「残された私にいらぬ迫害が及ばぬように……私は『里』の為に兄に歯向かった、というストーリーを作ったということだ。
結局……私は最後まで誰かの世話になりっぱなしだったよ……」
「………………」
勇者様に助けられ……トリスティスさんに助けられ……
イーラさんは、自分の未熟さを思い知ったのだろうか。
まるで、かつてキュルルと出会った日の僕のように……
「ふん………これで私から話せることは全部だ。
これで、お前は納得したか?」
「まあ、はい……
ただ……もう一つ……」
イーラさんの故郷が勇者様達と『魔王』の決戦の場になったことは分かった。
イーラさんが勇者様のファンになった理由も分かった。
最後に僕が聞きたいことは……
「イーラさん……言いましたよね……
この『勇者学園』を、潰すって……
それは………一体、何故………?」
「…………………………」
僕と同じ様に勇者様に憧れているイーラさんが……
この『勇者学園』を潰そうだなんて……
「『勇者』とはなんだ?」
「え?」
突然、イーラさんが僕に向かって質問をした。
『勇者』とは、なにか……って……?
いきなり言われても……
あ、でも確か……この大陸では『勇者』というものは―――
「えーっと……我が国において『勇者』っていうのは、人類の持つ可能性『エクシードスキル』を開花させ、やがては並の人類を遥かに凌駕した能力『スーパー・エクシードスキル』へと―――」
「それだぁッ!!!」
「うえっ!?」
イーラさんがビッ!と指を差し、僕の言葉を遮った。
い、一体何……!?
「『エクシードスキル』だの『スーパー・エクシードスキル』だの……!!
そんなくだらないモノが『勇者』の条件などと!!
私は絶対に認めないッ!!」
「え、ええええ……!?」
イーラさんは今までの落ち着いた口調から一転、興奮しながら鼻息を荒げて叫びだした。
「あの日、私は真の『勇者』の姿を見た!!
アルミナは誰よりも強く!美しく!!気高かった!!!
あれこそが『勇者』だ!!!」
「あ、あの、ちょっと……」
イーラさんはベッドの上に立ち上がり、尚も猛る。
「何が『勇者学園』だ!!
『勇者』という名に釣られ、力も志もない俗物共も!!
『勇者』という名を俗物共を集める餌として使うこの場所も!!
私は!!絶対に!!認めないぃいいい!!」
―――ビュォオオオオオオ!!!
「ひぃぃぃぃーーー!!!」
両手を振り上げ、先程の黒い竜巻を部屋中に吹き荒ばせながら叫ぶイーラさんを前に、僕は身を屈めて悲鳴を上げる!!
いやちょっと落ち着いてぇええええ!!!
と、そんな恐怖体験を数分程味わい―――
「ぜぇー……ぜぇー……
故に、私は決心したのだ。
この場所を……叩き潰すと!」
何とか気を静めてくれたイーラさんが再びベッドの上に座りながら、そう締めくくるのだった。
まぁ、つまるところ……イーラさんはファンはファンでも、超過激派ファンという訳だったと……
「でも……イーラさんはこの学園のこと、どこで知ったんですか?」
「『勇者』と『魔王』との決戦が終わった後、兄との取引でお前達『外』の『人間』達は森の回復作業を行うことになったと言っただろう。
その作業に来ている『人間』から聞いたのだ。
近々、ふざけた『学園』が設立されるという話をな」
「ふん」という鼻息と共にイーラさんが答える。
なんかもうこの人にとって鼻息をつくのはもはや口癖……いや鼻癖?になってるなぁ……
「『里』の同胞達は『外』とは積極的に干渉しようとはしなかったが……事情を知る私は『人間』達と多少の交流をしていたからな」
「はぁ……なるほど……
あの、それで……」
僕はまた興奮状態にならないかと戦々恐々しながら聞いた。
「『勇者学園』を潰すって……
その……具体的に、何をするつもりなんですか……?」
まさか、言葉通り生徒や先生達を力尽くで叩き潰すつもり……?
僕が恐る恐るそう尋ねると……
「ふん……出来るものなら、そうしたい所だが……
他の奴らはともかく、コーディス=ジーニアスがいる以上は流石に無理だろうな」
イーラさんは腕を組みながら不機嫌そうな声を出す。
「アルミナ程ではないとはいえ……アレの実力は本物だ。
全く……アルミナの仲間でありながら、こんな場所を作るなど不愉快極まりない。
実力だけは認めているが……どうにもあの男は好きになれん」
「はぁ………」
どうやら彼女の好意は完全に勇者様1人だけに向けられており、他の勇者一行の皆さんには適用外のようだ……
「だから……正攻法で潰してやるつもりだ」
「正攻法……?」
「ああ」とイーラさんは不敵な笑みを浮かべる。
「私もこの学園の生徒として入学し……そして、俗物共に己の無力さを思い知らせてやるんだ。
聞けば、ここでは最初に生徒同士で模擬戦を行い実力を判断するらしいじゃないか。
実に都合がいい。
手始めに明日、私の模擬戦の相手となった奴らに土を舐めさせ、奴らに『勇者』の資格など毛ほどもないということを教えてやる」
「……………」
イーラさんが意気揚々と語るその『正攻法』に、僕は思わず眉をひそめてしまう。
「奴らの命に関わる程の怪我を負わせでもしない限り、コーディス=レイジーニアスも特に問題視はしまいよ。
あの男は冷酷ではないにしても、慈悲深い訳でもない」
「う…………」
僕は彼女の言葉を否定出来ずにいた……
コーディス先生のスタンスは『来るもの拒まず、去る者は追わず』……
少なくとも、彼女の言動を注意したりなんかはしなさそうだ……
「そしていずれは……この学園から生徒を1人残らず追い出してやる。
どれだけの時間が掛かろうが、必ずな」
それが……彼女が言う『勇者学園』を叩き潰すということ……
いくらなんでも、この学園の生徒全てを追い出すなんて無茶が過ぎると思うけど……
彼女の目は、決して揺らいではいない……
それに、ヴィガーさん達を傷一つ負わずに倒せる、確かな実力があることもまた事実……
この人は……この学園を………本気で………
「………………」
僕は、少しの間黙り込み……
そして、口を開いた。
「イーラさん、最後にこれだけは聞かせてください」
「――――?」
僕は、彼女の目を見る。
「貴方にとって……『勇者』とは、なんですか?」