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第2話 お菓子とワイン


「あの………お菓子、ここに置いておきます……

 もし、パーティに来たくなったら……言ってください………

 歓迎、しますから…………!」


女の子はそう言って、紙袋に包まれたお菓子をエルフの男の前に置き、そして離れていった。

男の子はそれを見て少し複雑そうな顔をしていたが……結局は何も言わず、女の子と共にこの場を去っていくのだった……


そして……エルフの男とシスターだけが、その場に残された。


「幼い頃に抱いた印象というものは、中々に払拭されないものです。

 私の言葉がなければ、あの子達の中では『エルフ』はとても『冷たい種族』だと思われていたままだったでしょうね」


「代わりに『可哀想な種族』で上書きした、か………」


エルフの男が持っていた本をパタンと閉じながらシスターに言葉を返した。


「なるほど……あれがお前達『人間』が言うところの―――『知った風な口』というヤツなわけだ。

 実に心に響く良い説法だったよ」


そう言いながら、エルフの男は―――


「久しぶりに―――『殺意』が湧いた」


ギロリと、シスターを睨みつけた。


その瞬間―――木の枝にとまっていた鳥たちが、まるで襲いに来た猛獣から逃げるかの如くバサバサと音を立ててその場から飛び立った。


そのとても冷たい『殺気』を受け、シスターは―――


「いえいえ。

 私の説法など、まだまだ未熟もいい所ですよ」


そんな視線などまるでどこ吹く風とでも言うように、ケロリとそんなことを(のたま)うのだった。

それを見たエルフの男は「チッ……」と舌打ちをすると……まるで何事もなかったかのように『殺気』は消え去っていくのだった……


「それで……勇者一行のメンバーの1人、ヴィア=ウォーカーともあろうお方がこんな辺境に一体何の用だ」


エルフの男は不機嫌そうな表情で改めてそう話しかける。

温和そうな笑みを浮かべるシスター……ヴィアは直ぐには答えず、修道服の内側をまさぐった。


「お話の前に……まずはこちらを貴方に」


そう言いながらヴィアが差し出したのは、ワイン瓶であった。

ラベルに印されている金色に光るガーデン家の紋章は、それが滅多に手に入れることの出来ない極上物であることの証明である。


「5年前……貴方の協力が無ければ、私達は『魔王』と戦うことは出来なかった。

 ささやかではありますが……そのお礼です」


「…………………………」


エルフの男はヴィアと差し出されたワイン瓶を一瞬見やると、「ふん」と言いながらすぐに視線を外した。


「そんな物はいらん。

 お前達『人間』の作るその果物汁は俺の口には合わ―――」


「そうですか!!!

 いりませんか!!!」


エルフの男が受け取り拒否の意志を示した瞬間――その言葉が終えられるよりも先に、ヴィアが目を輝かせながら食い気味に声を出した。


「いやぁーー!!それは残念です!!

 まっことに残念です!!

 これは酒飲みの間では全財産をはたいてでも手に入れる価値があると言われている極上の品なのですが!!

 しかもそう長く日持ちもしないので手に入れたら直ぐにでも飲まなければいけないモノのですが!!!」


聞いてもいないことをヴィアは声高に叫び続けている。

そしてエルフの男は半眼になりそれを見る……


「うーん!!このままダメにしてしまうのは実に勿体ない!!

 こうなった以上、私が責任を以って処分するほかありませんね!!

 いや実に残念ですが仕方がない!!!!」


「おい、やっぱりそれ俺に寄越せ―――」


―――ガブガブガブガブ……………

「っぷはぁーーーー!!

 時価500万ヴァルスが五臓六腑に染みるぅーーーー!!

 やっぱり『お礼の品』という名目で国王にせがんで正解でしたぁーーー!!!

 あれ?今なんか言いました?」


エルフの男が再び話しかけた時には既にヴィアはワインの蓋を開け、その場でそれをラッパ飲みし始めていた―――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それで、お前は俺をダシにしてソレを飲む為だけにわざわざここに来たのか?

 俺の所在地を犬みたいに嗅ぎ付けておいて」


エルフの男は座り込みながら頬杖をつき、不機嫌そうに改めて問う。


「いえいえ~、ちゃんとお伝えするべきことがあって来たんですよ~」


既にほろ酔い状態になっているヴィアは頬を赤らめながら答えた。


「貴方のご家族が……コーディスの所へと向かわれました」


その言葉にエルフの男は、耳をピクリと動かす。


「例の『勇者学園』か………

 そうか……『里』の糞ジジイ共がアイツを『外』に出すことを許可した、か……」


エルフの男はフッ……と鼻で笑う。


「ご心配ではないのですか?」

「俺は既に『里』を追放された身だ。

 アイツが何をしようが、どう生きようが俺には関係ない」


そう言い放つと、エルフの男はゴロンとその場に寝転んだ。


「その『アイツ』を……家族を守る為に、貴方は『里』の反対を押し切って我々に協力してくれたのではありませんか。

 その結果『里』を追放されてまで、ね」

「……………………」


ほんのりと赤らんだ頬でヴィアがエルフの男へと微笑みかける。


「ふふ……貴方のおかげで、この大陸は救われたと言っても過言ではないのですよ。

 改めて、誠にありがとうございます」


エルフの男は再び「ふん」と鼻を鳴らした。


「俺は元々、あの『里』を出る予定だったんだ。

 それに、『イレース』の一族が追放されることは今に始まったことじゃ———」


「そして!!貴方のおかげでこの超極上ワイン『ヴァール・ブラッド』をこうして頂くことが出来ました!!

 ホントに!!まっこと!!

 ありがとうございました!!!」


「…………………………」


グビリとワイン瓶を(あお)りつつ盛大に礼を言うヴィアを見て、エルフの男は眉をこれでもかという程ひそめた。


そして――溜息をつきながら、何気なしにぽつりと呟く。


「………俺に何か伝えるんなら、せめてお前達の中で一番マシなあの灰色の髪のガキを寄こして貰いたいもんだ」


「―――――っ」


その言葉に――ヴィアはピタリと動きを止めるのだった。


「………?」


エルフの男は雰囲気が変わった様子のヴィアを訝しげに見つめた。

そして、少しの間を置き―――


「残念ながら、スクトにはもう……そういった用事は頼めません」


憂いを帯びた表情で、ヴィアは口を開き始めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ふぅん……

 あのガキがそんなことをね……」

「……あまり、驚かれないのですね」


話を聞き終えたエルフの男は先程まで変わらぬ声色でヴィアに話しかける。


「お前達『人間』と違って俺ら『可哀想な種族』はいちいち他人の事情に深く関わるつもりはないんでね」


「それに――」とエルフの男は続けた。


「そう意外な話、という程でもないしな」


「……それは、どういうことでしょうか……?」


エルフの男はヴィアから目を離し、かつてのその『灰色の髪のガキ』の姿を思い浮かべるように目を瞑った。


「あのガキは確かにお前達に付いていけるだけの『力』はあったよ。

 だが、お前達が抱いていたような確固たる『意志』と呼べるものは感じなかった」


「…………………………」


ヴィアは、黙ってエルフの男の言葉を聞いていた。


「あのガキはお前達の目的が正しいと思っていたんじゃない。

 ただ単にお前達に憧れて、お前達の言うことならきっと間違いないんだと、何となく思っていただけだ。

 子供が親の言うことなら何でも正しいと無条件に思い込んでしまうようにな」


エルフの男は、ゆっくりと目を開いた。


「そして、そんな子供が自分自身で物事を考え出した、その時……

 かつて信じていたものが『紛い物』だったのではと、そんな風に思ってしまったら……

 飛んでもなく極端な行動に走ってしまう、ということなんだろう。

 根が真面目であればある程、な」


「………なんだか、身に覚えがあるかのような物言いですね」


ヴィアが口をついて出た言葉に、エルフの男は「チッ!」と盛大に舌打ちをした。

どうやら自分でも思ってもいない内に喋り過ぎたらしい。


「ふふ……しかし、貴方のその口振りだと……

 少なくとも私達と一緒だった頃のスクトは、まだ私達と志を共にしていた、ということなのでしょうか……」


「さぁな。

 ただ……部外者の俺なんかの視点より、ずっと行動を共にしていたお前達が感じたことの方がよっぽど正確なんじゃないのか?

 お前達があのガキから向けられていた言葉や感情が全て偽りだったと、そう信じられないのなら……それが全てだろうよ」


そうエルフの男が言い放ったきり……ヴィアは何も言わなくなり……

しばし、その場に静寂が訪れた。


そして彼女はおもむろに修道服の中から何かを取り出す。

それは、ワイングラスであった。


ヴィアはまだ残っているワインをグラスに注ぐと……静かに微笑みながら、エルフの男へと差し出した。


「やはり、貴方も味わってはみませんか?

 あの子がくれたお菓子も、おつまみに丁度いいと思いますよ?」


エルフの男は、傍に置かれた紙袋に包まれたお菓子と、差し出されたワイングラスと、そしてヴィアの顔を見やり―――


ぽつりと、告げた。


「酒に付き合って欲しいんなら、素直にそう言え」


そう言って、エルフの男はグラスを受け取るのだった。


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