第16話 僕と彼と、彼女達と――
「つ……疲れた………」
時刻は深夜24時をとうに過ぎ、午前1時に差し掛かろうかという頃………
僕はふらふらと不安定な足取りで用意された客室へと移動していた……
あの後……散々暴れ尽くしたアリーチェさん達はなんとか冷静さを取り戻し……
自分たちが行った破壊による瓦礫の撤去など、最低限の後始末を行うこととなった……
本人たちの顔からは納得のいかなさがそれはもうありありと感じられたが、それでも自分で仕出かしたことは自分で責任を取るという、ガーデン家の令嬢としての矜持があるんだとかなんとか……
そして僕とキュルルは客人ということで、このような作業には参加させる訳にはいかないとアリーチェさん達に部屋に戻るように促されたのだった。
いや僕も手伝いますよ、と申し出てはみたのだけど、これまた客人に自分の不始末を負担させるなどガーデン家の矜持と誇りがうんたらかんたらと言われ……
こりゃあの部屋に残る方が気を使わせてしまうなと、厚意に甘えさせて貰うことにしたのだった……
まあ、僕としてもあの最後の最後で一気に気力を持っていかれてしまったし、休めるのなら素直に休ませて貰おう……
ちなみにキュルルはとっくに部屋に戻った。
あの子も割とノリノリで部屋破壊してたんだけどね………
と、そんなことを考えつつもうすぐで客室に辿り着くかというその時―――
「フィル君、少しいいかい?」
僕に話しかける、男の人の声があった。
この声は――――
「ヴェルダンテ、さん?」
予想通り、振り返った先にいた人物はヴェルダンテさんだった。
そして……僕はその姿に思わず「うわぁ……」と声を出してしまった……
彼はあの後……大暴れを始めたアリーチェさん達にこれでもかというぐらいに制裁を加えられ……現在、顔中に包帯をぐるぐる巻きの状態でそこに立っていたのだった……
まぁ、あの時のアリーチェさんの気持ちも分からなくはない……というか僕としても割と制裁側の立場を取りたいぐらいではあったけど……
この有り様を見てしまうと思わず彼を気遣う台詞が出てしまうのであった。
「その、大丈夫ですか……?
アリーチェさん達も少しやり過ぎだったんじゃ―――」
「ああ、大丈夫だよ。
こっそり回復魔法をかけて貰ったからね。
この包帯はアリーチェ達の目を誤魔化す為のただの見せかけだよ」
「…………………………」
そう言いながら彼はあっさり包帯を外し、その傷一つない素顔を僕に晒すのだった………
もうホント………この人ホントにさぁ………
今の僕にはもうツッコむ気力すらなかった……
「それで……ヴェルダンテさんはなんでここに?」
彼はアリーチェさん達から「こんなことを仕出かした責任はきっちりお取り頂きますからね……!」と凄まじい形相で睨まれ、彼女達と共に部屋の片付けを強要させられてたはずだ。
多分こっそり抜け出してきたのだろうけど……そんなことしてたらまたアリーチェさん達からの制裁が……
「君とは少し話したいことが―――いや」
ヴェルダンテさんは少し顔を伏せ……そして僕の目を見て言った。
「私の胸の内を……どうか君に聞いて貰いたかったんだ」
「胸の内……?」
一体、何の―――?
「今回、私が『ゲーム』を提案した理由は……安心したかったからだ」
「安心?」
「ああ」とヴェルダンテさんが頷く。
「これから先……アリーチェ達は命が狙われようと、自分の身を自分で守れる程の力を持っているのだと、確信したかった。
例えこの『ゲーム』に負けたとしても、その実力さえ判断できればそれでよかったんだ」
「そう……だったんですね……
でも、それなら今日の結果は―――」
「それが、勇者アルミナやここの使用人達に対して説明した『表』の理由だ」
「え……?」
『表』って………
じゃあ……『裏』は―――
ヴェルダンテさんは……少し言葉に詰まっていたように見えた。
それはまるで……その『本心』を打ち明けることを、躊躇っているかのよう―――
「本当は……この『ゲーム』で彼女達が勇者学園を諦めてくれないだろうかと、期待していたんだ」
「―――――!!!」
その声は………ほんの少しだけ………
震えているように、聞こえた………
「あれほど有利な条件の『ゲーム』に、勝つことが出来なかった……
それにより『勇者』になる自信を喪失し、自らの意志で勇者学園を去ることになる……
そんな筋書きを……私は期待していたんだよ」
それはまるで、懺悔のようだった。
言わなくてもいいはずの胸の内を……彼は今この場で告白していた。
「もっとも、勇者アルミナ……彼女はそんな私の本心を見抜いていたと思うがね。
分かったうえで、あの時自らが出せるだけの本気の力で君達を相手取り―――
そして、それを超えるであろうことを……きっと信じていたのだろう」
「…………………………」
『この先、どんな命の危機が訪れようと……
どんな困難がその身に降りかかろうと……
絶対に打ち勝つことの出来る『勇者』になる……そう、信じているもの~』
あの時……グリーチェさんの姿をしていた勇者様が言っていた、あの言葉……
あれは、あの人の本当の気持ち……だったのかな……
「フィル君……こんなことが言える義理などないことは分かっている」
そして……自らの心の内の全てを吐露したヴェルダンテさんは―――
「しかし………それでも君に頼みたい」
僕に向かって………深々と頭を下げて、言った。
「私の娘達に、再び危機が迫った時は………
どうか、守ってやってはくれないだろうか」
その言葉からは……一切の偽りも戯れも感じなかった。
それは……恥も外聞も捨てた、娘の身を案じる父親としてのただひたすらな懇願だった……
「…………………………」
僕は……すぐには答えられなかった。
アリーチェとスリーチェの身に危機が迫った時……
果たして……今までのように僕は2人を守り切ることが出来るのだろうか……
スリーチェの時なんか、むしろ僕の方こそアリーチェさんに助けられたようなものだというのに……
僕はしばし、そんな情けない思考に囚われ―――
『そんなもの、関係ないのよ』
―――パンッ!!!
グリーチェさんの言葉を思い出した僕は、自身の顔を思い切り叩いた。
僕の突然の行動にヴェルダンテさんも目を丸くしている。
まったく……僕は今日、何を学んだんだか………
そう……出来るか出来ないかとかじゃない……
『なりたい』と思ったのなら、『なる』……
だったら、僕は………!
「守ります。
絶対に……どんな危機からも!」
「―――――――!」
僕は……ヴェルダンテさんの目を真っ直ぐに見つめ、言い切った。
そして彼は……フッ、と笑みを零しながら―――
「………ありがとう」
呟くように…………そう言ったのだった…………
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「もう……
まるでわたくし達がただ守られるだけの存在のようではありませんの……
全く、失礼しちゃいますわ………」
「お姉さま、顔がものすっっごく緩んでおりましてよ」
フィルとヴェルダンテがいる場所のすぐ側の廊下の陰から、そんな声が聞こえた。
「それでお姉さま、あのパーティ会場の後始末から逃げ出した不埒者を今度こそ成敗致しますわ!と叫んでお父さまを探し出しに来た訳でしたけど……
行かないんですの?」
「…………今、この場だけは………
ほんの少しだけ、休憩することを許しますわ………」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
こうして一枚の手紙から始まった、この短くも長かった騒動は………
ようやくの終わりを迎えたのだった――――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「きゅっるーー!!!フィルーーー!!!
ボク昨日はすっかり熟睡しちゃってたけどーーーーー!!!
今日は一緒にぎゅーーってなって眠ろーねーーーーーー!!!」
「君は今回ホンッッットに最初から最後まで平常運転そのものだったね!!!」