第8話 貴女と装甲花
「それで……アリーチェちゃんはどう戦うつもりなのかしら~?
その椅子に座ったままで―――」
「『マジック・ウィルチェアー』――――」
グリーチェさんの言葉を遮るように、アリーチェさんは口を開き―――
そして叫ぶ!
「『アーティフィシャルフラワー・モード』!!」
―――ガチャガチャガチャガチャアッッッ!!!
「う、おおおおおおおおお!!!??」
その光景に―――
僕は思わず驚嘆の声をあげる!!
アリーチェさんが座っていた車椅子が、一瞬のうちにバラバラに分解されたかと思うと―――
分解されたパーツがアリーチェさんの腕や肩、脚、背部、頭部へと『装着』されていき―――
アリーチェさんの華奢な身体を覆う『装甲』となった!!!
そして、『装甲』を身に纏ったアリーチェさんは―――
その両脚で、立ち上がっていた!!
「開発途中であった魔動式強化外骨格・『アーティフィシャルフラワー』……
何とか『ゲーム』の制限時間までには間に合いましたが……
碌な動作テストも行えないままになってしまいましたわ……
ですので―――」
アリーチェさんは、部屋の中央に佇むグリーチェさんを睨み―――
「ぶっつけ本番で行きますわ!!
グリーチェお姉様!!!」
その叫びと共に―――!!!
―――ギュルルルッッッッ!!!
「はあああああああッッッ!!!」
「は―――速ッ――――!!」
脚部に設置された駆動輪が唸りをあげ、アリーチェさんは猛スピードでグリーチェさんへと向かう!!
あ、あんな速度を出してアリーチェさんは大丈夫なのか―――!?
そんな疑問を浮かべている間に、アリーチェさんはグリーチェさんに肉薄する!!
そして、グリーチェさんの正面―――
―――ギャリィィィッッ!!!
「―――――ッ!!」
―――グリーチェさんの正面から飛び掛かろうとしてるように見えたアリーチェさんが―――!!
一瞬のうちにグリーチェさんの背後へ―――!!
更に―――!!
―――シャキィ……!
アリーチェさんの腕部に備え付けられたパーツから、細身の刃が突き出され―――!!
「はあッッッ!!」
―――ヒュッ!
グリーチェさんの背に、その刃を振るう!!!
しかし―――
―――ギィィン……!!
「―――ッ!」
「ふふっ……!」
その刃は―――逆手に握った長剣により防がれる―――!
昨日のプランティさんの時と同じように―――!
「ファーティラちゃん達とほぼ同等の速度を出せるようになったことには中々感心するけど、それだけじゃ———ッ!!」
刃を受け止め、余裕そうにアリーチェさんに話しかけていたグリーチェさんの言葉が途切れた。
止めた刃の向こうに見えるアリーチェさんの指先が―――グリーチェさんに向けられていたから!!
「《エミッション・アクア》!!」
「――――ッ!!!」
―――バシュッッ!!
アリーチェさんの指先から放たれた高圧水流はグリーチェさんを―――!!
―――ギィンッ……!
「―――くッ!!」
「ふぅ……!」
―――捉えは、しなかった……!
指先から水流が放たれる数瞬前―――
グリーチェさんが抑えつけていた刃を猛烈な勢いで弾き、指先を標的から外させたのだ……!
その水流はグリーチェさんのすぐ側の床を削り取るだけに留まった……!
「―――ふッ!!」
―――ヒュッ!!
そして反撃に転じたグリーチェさんの長剣がアリーチェさんを狙う―――!!
「―――くぅッ!」
―――ギャリィィ!!
―――グリーチェさんの長剣もまた、アリーチェさんを捉えることはなかった……!
逆回転する駆動輪によりアリーチェさんは即座にその場を離れ―――その長剣の一撃は空振りに終わったのだった……
「ふぅ……危ない危ない~……!
油断しちゃってたわ~……!」
そのわざとらしい焦ったような声は、果たして本心なのか演技なのか……
僕達から見てグリーチェさんの左側へと大きく距離を取ったアリーチェさんは、その言葉には反応せず―――
「……グリーチェお姉様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
――ある質問を投げかけた。
「あら~何かしら~?」
長剣を再び正面に構えつつグリーチェさんは答える。
「お姉様は今わたくしの一撃をその長剣にて受け止め、続く《エミッション・アクア》による攻撃も、その長剣により刃を弾き、逸らすという形で避けられました」
「ええ、それがどうしたの~?」
アリーチェさんは真っ直ぐグリーチェさんを見据えた。
「………これ程の実力をお持ちであるお姉様ならば、その場から動いてごく普通に避けることも可能ではありませんの?」
「――――!」
その言葉に、グリーチェさんの瞳がほんの少し揺れた気がした。
アリーチェさんが言いたいことって、もしかして―――?
僕は先程、回復魔法を受けていたファーティラさんが呟いていたことを思い出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「全く持って情けない限りです……
これだけの時間をかけてあの方に傷一つ付けられないどころか……
あの場から動かすことさえ出来ないなんて……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そう、グリーチェさんは僕達が昨日初めてこの部屋に入った時の位置……部屋の中心部から全く変わっていなかった。
まあ、僕は昨日の晩グリーチェさんと一緒に居たんだから、あくまでこの『ゲーム』の最中の話なんだろうけど……
僕はその言葉を聞いた時は、あの人のとんでもない実力に改めて戦慄を覚えたのだけれど……
アリーチェさんは、何かを訝しむような表情を浮かべていたのだった。
その理由が………
「ただ単に避けるまでもないという余裕の表れとも取れますが……
もしかしてグリーチェお姉様は……自分自身が素早く動く、ということが出来ないのでは……?」
「………………」
そのアリーチェさんの言葉に僕はハッと気付く。
グリーチェさんの身体強化魔法は腕力、握力の向上……
脚力とか移動能力に関しては強化されていない、ということか……?
昨日、バルコニーで僕と戦った時は軽快に動いてはいたけど、少なくともカキョウさんやファーティラさんのような高速移動は見せていなかった……
その可能性は十分に―――
「仮に―――」
―――ヒュンッ……!
グリーチェさんの発した声と長剣の風切り音に僕の思考は中断された。
「それが正しかったとしても~……
結局のところ、何の意味もないんじゃない~?」
「………………………」
………グリーチェさんの言う通りだ。
元よりファーティラさん達が全員で挑んて傷一つつけることが出来なかったという事実がある……!
むしろ、そんな弱点を物ともしないグリーチェさんの凄まじさがより浮き彫りに―――
「いいえ」
その力強い声は―――僕のちっぽけな不安を掻き消すようだった。
「それは我々にとって紛れもない勝機ですわ、グリーチェお姉様。
その長剣で捌ききれない攻撃であれば……その一撃は、貴女に届く」
その声に、その眼差しに――― 一切の憂いはない。
「お姉様……
わたくしは『勇者』になります………だから!」
彼女は―――叫ぶ!
「絶対に、負けない!!!」
彼女の言葉が、響き渡った。