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第1話 僕と強さ


《 ガーデン家・客室 》


「はぁ……明日の24時までに……か……」


ここはガーデン家お屋敷の客間。

シャワーを浴び、用意された寝間着に着替えた僕は5人で寝てもまだ余るぐらいの大きさのベッドの上に寝転んでいた。


物凄くフカフカのシーツが敷かれており、ただのお客としてこのお屋敷に来ていたのなら、素晴らしい夢見心地の元ぐっすりと眠ることが出来たんだろうけど……

今の僕はとてもこの寝心地を楽しめるような心境ではなかった。


あのグリーチェさんに傷をつけることが出来なければ、アリーチェさん達は勇者学園から去ってしまう……

その現実が僕の胸をとても重苦しくしてしまうのだった……


「………………………」


僕は目を瞑り、耳を澄ましてみる。

この部屋は防音性にも優れており、廊下で誰かが歩く音ぐらいであれば全く聞こえない。


その部屋の中に―――


―――ゴォォ………!


微かに、遠くから響く音が聞こえた……


これは―――


「ファーティラさん達……まだ戦ってるんだな……」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


《 数十分前…… 》


「ヴェルダンテ様……」


「ん?なんだい?」


キュルルが部屋から出ていってしまい、仕方がないので僕達もそれに続こうとした時……ファーティラさんがヴェルダンテさんへと話かけた。


「この『ゲーム』のルールは明日の24時までにグレーテリーチェ様に傷を付けられたら我々の勝ち、それが出来なければ負け………ということでしたよね……?」


「ああ、その通りだが、それが?」


ファーティラさん達が何か思いつめた表情でグリーチェさんのことを見つめた……


「その言い方ならば……我々はグレーテリーチェ様にいつ戦いを挑んでもよいと……

 そう考えてもよろしいのでしょうか……?」


「ふむ、そうだね。

 明日の24時まで、いつ、どのタイミングであの子に戦いを挑もうが君達の自由だ」


「ファーティラさん……?

 まさか……?」


僕はファーティラさん達が考えていることを察した……


「グレーテリーチェ様……よろしければ………

 もう少し、この『ゲーム』を続けさせて頂いてもよろしいでしょうか……?」


ファーティラさん、ウォッタさん、カキョウさん……それにプランティさんも……

グリーチェさんを睨みつけ……彼女の前へと歩を進めていく……!


彼女達は……休むことなく戦い続けることで、グリーチェさんを消耗させるつもりなのだ……

そんなファーティラさん達の表情は……どんな手を使ってでも主の望みを叶えるという気迫に満ちていた……


「あらあら~。

 み~んなやる気満々なのね~。

 うふふふ~勿論いいわよ~」


グリーチェさんは、長剣を構え直し―――


「まだまだ……楽しみましょう」


その目を開き、笑みを浮かべるのだった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「確かにこっちは8人もいるんだし、数で攻め続ければいつかは……」


たった1人で8人もの人数を同時に相手、しかもその8人の殆どが相当な実力者達……

普通なら結果は考えるまでもなくこちら側の勝利となるはずだろう。


そう、普通ならば……


しかし……


―――ギィィン……ドォォ……


遠くからの音は、未だ鳴り止みそうになかった……


余談だが、僕もファーティラさん達と同じ様にグリーチェさんに挑み続けようかと思ったんだけど……

ファーティラさん、ウォッタさん、カキョウさん、プランティさん……そしてグリーチェさん。

この5人の凄まじい戦いの中に僕なんかが入り込めるわけもなく……

外からおろおろと眺めていた僕に「フィール様、ここは我々にお任せください……!」というファーティラさんの言葉がかけられ、引き下がるしかなかったのだった……


「そういやアリーチェさん達はどうしているのかな……」


今回の一番の当事者であるアリーチェさんとスリーチェはしばらくの間ファーティラさん達の戦いを見つめていたのだけれど……


ファーティラさん達が最初の時のように何度も壁に叩きつけられる様を見ているうちに、彼女はパーティ会場から出ていこうとしたのだった。


それに気づいたスリーチェが必死にアリーチェさんのことを必死に引き止めた。

主の為に頑張っているファーティラさん達の姿を見届けないなんて酷すぎる、というスリーチェの涙交じりの声がその場に響いた……


その言葉を受けたアリーチェさんは、顔をスリーチェへと近づけ、ぼそぼそと何かを呟いた。


その声は小さく、僕には聞こえなかったのだけれど……

それを聞いたスリーチェはハッと目を見開き……そして、しばらくの間うつむいた後……

スリーチェも、アリーチェさんと一緒にパーティ会場の出口へと向かい始めたのだった。


僕が慌てて2人に向かって声をかけるも、彼女達は無言のまま、部屋から去って行ってしまった……


その光景を見ていたファーティラさん達は、主が自分たちのことを見限ったように見えたのか……さらに激しく、自暴自棄にも見える苛烈さで、グリーチェさんへと挑みかかっていくことになったのだった……


「はぁ………」


この状況……アリーチェさん達への憂い……そして僕自身の情けなさ……

あらゆる事柄に向けられた溜息が漏れ出てしまう……


彼女たちの為に、僕は何が出来るのだろうか……?


元々、僕がここまでついてきたのはアリーチェさんの弱気な姿が心配だったからだけど……

まさかこんな状況に置かれるなんて思ってもいなかった。


今この状況で必要なのは、あのグリーチェさんに傷をつけることが出来る力……

つまり、単純な『強さ』だ。


その観点で言うと……僕は一番役に立てそうもなかった。


僕の【フィルズ・キッチン】の攻撃は確かに当たりさえすれば必殺ともいえる威力を発揮するけれど……

逆に言えば当たらなければ何の意味もない。

そして虚弱体質の僕は長時間動くことも出来ず、すぐにバテてしまう。


ミルキィさん達との特訓である程度の戦闘をこなせるようにはなってきているとは思うけれど……

アレだってミルキィさん達はきっと全然本気ではないのだろう。

もし実践ならひたすら僕の攻撃を避けて体力切れを待てばそれで終わりだ。


魔力値は低くとも、初等魔法で凄まじい威力を出せるアリーチェさんや、探知魔法と物凄い威力の爆発魔法のコンボが使えるスリーチェの方が僕なんかよりずっと強いのだ。



そう―――僕は、弱い。



『力』に目覚めて……色んな経験を積んできても――


僕は……僕自身は……未だに―――



そんな陰鬱な思考に支配されていた僕は―――


これまでの気疲れから来る眠気に逆らえず―――


瞼を―――閉じていくのだった―――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


夢を見ている―――


『うわあああああ!!!』


幼い頃の僕が―――

恐ろしい魔物の群れを前に、泣き叫ぶ―――


これは―――故郷の村が、魔物に襲われた時の―――


僕の目の前には―――

人の体躯をした狼……ワーウルフがいて―――


その禍々しい爪を―――僕に向かって―――



―――ザンッッ!!



その爪が、振り下ろされることはなかった―――


それよりも前に―――ワーウルフの身体が―――

上下に両断されたからだ―――


崩れ落ちるワーウルフの向こう側には―――

とても美しい白髪をなびかせる―――


勇者様の姿があった―――


―――ヒュバッッ……!!


勇者様は―――風のように駆け回り―――

村を襲う魔物の群れ達を次々に斬り伏せていく―――


あの人は―――

とても疾走(はや)く―――

とても強い―――


ああ――――

なりたいな――――


僕も、あんな風に――――


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「――――ん……」


僕はまどろみの中、目を覚ます―――


今の時刻は分からないけど……窓の外には眩いばかりの満月が昇っていることから、多分まだ深夜なのだろう―――


「あの時の夢……かぁ……」


「あら~どんな夢だったの~?

『僕もなりたい~……』なんて言ってたけど~」


「はい……僕が『勇者』になりたいって思った、その始まりの―――」




………………………んんん??




「へえ~フィルくんが『勇者』になりたいと思った切っ掛けね~。

 気になるわ~」


「グ――グリーチェさんんんんん!!!???」


何故!?何故この人がこの部屋に!?


「うふふふ~、お部屋に鍵もかけないなんて不用心よ~?

 それとも、それだけ私達のことを信頼してくれているのかしらね~?」


グリーチェさんはパーティ会場にいた時の格好から着替えたのか、ボディのラインがくっきりと見える薄い寝巻姿だった……!

僕は何を言うべきか分からず顔を赤くしながら口をパクパクさせるしかなかった……!


「うふふ~……ねえ、フィルくん……

 少し、お話しない……?」


その時のグリーチェさんは、普段の時とも、玄関前で見た時とも、パーティ会場で見た時とも違う、どこか不思議な雰囲気を漂わせていた―――


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