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第7話 貴女と論争


「お父さま!それは―――!」


ヴェルダンテさんの言葉に即座に反応したのはスリーチェだった。

しかし――


「自らの娘が2人揃って命を狙われた。

 そんな場所にいつまでも娘を預けておこうと思う方がどうかしていると思うが?」


「――っ!」


その声を遮るように発せられたヴェルダンテさんの言葉に、スリーチェは閉口してしまうのだった。


予想はしていたこととはいえ……実際にそれを聞かされてしまうと、言葉の重みが違った。

それは確かに、父親としてこの2人の為を思えば当然の―――


「では、お父様はわたくし達を勇者学園から呼び戻し、それからどうするおつもりなのですか?」

「!」


その力強い声はアリーチェさんより放たれた。


「元より我々ガーデン家は個人、組織問わず幾多もの勢力から命を狙われることが常だったはずですわ。

 わたくし達の身を確実に守ろうと言うのであれば、この屋敷から一歩も外に出さず幽閉するぐらいは必要となりますが……

 お父様はそのようになさるのですか?」


「まさか、そんなつもりはないよ」


アリーチェさんの目は真っ直ぐヴェルダンテさんを射抜いている。


「ならば今更わたくし達が学園から去ったところで如何ほどの意味があるというのでしょうか。

 どちらにせよわたくし達の命が狙われるという事実に違いはありませんでしょうに」


アリーチェさんは声を荒げたりはしないが、その口調には反抗の意志がありありと感じられた。

そんなアリーチェさんの言葉にスリーチェもまた「そ、そうですわ!何も変わりませんわ!」と便乗している。


「それに、たかだか1度や2度暗殺未遂が起きた程度で恐れをなして勇者学園から逃げ帰った、などという話が外部に知れ渡ればガーデン家の権威にも相当な悪影響が出る恐れがありましてよ?」


アリーチェさんは更にそう畳みかけた。

それを受けてヴェルダンテさんはグラスに注がれているワインを一口含み……ひと呼吸置いてから、話し出す。


「確かに、2人を屋敷の中に閉じ込めたりしない限り、2人には命の危険は付きまとうことになる。

 だが少なくとも、いつ誰が襲ってくるとも分からないような環境に身を置き続けるよりは安全なことは言うまでもないだろう」


「…………………」


その反論に、アリーチェさんは無反応だ。

スリーチェは「うう……」と言葉に詰まってしまった。


「そして、勇者学園から逃げ帰ったことによる風評被害に関しては……最悪の事態が起きるよりはマシ、という考え方が出来る」


「…………最悪の事態、とは……」


「勿論―――」


ヴェルダンテさんは、アリーチェさんとスリーチェの2人を一瞥した後……はっきりと告げた。


「君達が死んでしまうような事態、だよ」


「「―――――」」


その言葉に対する反論を、アリーチェさんとスリーチェはすぐには返せなかった。


「事実、君達2人はあの学園で一度命を落としかけたのだろう?

 そこのフィル君の助けがなければ今頃はサリーチェやマリーチェの肖像画の隣に君達が並んでいたかもしれないね」


「「っ!!」」


ヴェルダンテさんの口より出て来たその名に2人は強く反応した。

マリーチェ、とは2人の母親マリアリーチェさんのことだろう……


そして僕もまた、その言葉に思わず息を飲んでしまった。

その内容は……僕がつい先ほど想像してしまったこと、だったのだから……


「どうかな?

 私の言っていることは間違っているかい?」


ヴェルダンテさんがそんな僕達のことを構うこともなく、ごく自然な口調でそんなことを告げる。

スリーチェは何かを言おうとするも、目の端に涙の粒を浮かべ、押し黙ってしまうのだった。


これは少し、卑怯じゃないか……?

そりゃ、親からすれば子を危険な場所から遠ざけたいっていうのは自然なことだろうけど……

でも、だからって……死人の名前をこんな風に使うのは……!


と、僕がついヴェルダンテさんのことを睨みつけると―――


「確かに……お父様の言う通りでございますわね」


そんな、声が聞こえた。

僕はその声の方向へと即座に顔向けた。

そこには目を瞑った状態の、無表情のアリーチェさんがいたのだった……


「わたくし達はあの学園で死の寸前まで追い詰められました。

 そしてギリギリの所をフィルに救われました。

 どう言い繕うことも出来ない、明白な事実でありますわね」


「あ、アリーチェさん……?」


僕は思わず声をかける。

彼女は努めて冷静に話をしようとしているのだろうが……

その声からは……凄まじい『感情』が感じられたのだ……


「ですが……」と、そんな言葉と共にアリーチェさんは目を開き、ヴェルダンテさんを見た。

その瞳からは……紛れもない『憤り』が宿っていた。


「わたくし達が命の危機に陥った、その原因。

 お父様は既にご存じのはずですわよね?

 わたくしが書簡にてしっかりとご報告差し上げたのですから」


「………………………」


ヴェルダンテさんはその言葉に、ピタリと動きを止めた。


「わたくしが間抜けにもまんまと誘き出されてしまった我がガーデン家の家紋が刻印された便箋……

 それは一体どのようにして用意されたのか……」


「………………………」


「そして、スリーチェを死地へと導いた不届き者……

 それは一体誰だったのか……」


「………………………」


ヴェルダンテさんは、何も言葉を発さなかった……


「その名は……スクト=オルモースト。

 そう、かの勇者一行のメンバーのお1人ですわ」


「………………………」


「まさかそのような立場の方がこんなことを企てていたなんて、恐ろしい限りですわね……

 ああそうそう、そういえば――――」


アリーチェさんは、わざとらしく人差し指を頬へ当て、言った。


「彼の者は……『誰か様』と非常に懇意にされていたそうですわね。

 とてもとても大事な家紋を、知らずの内に利用される隙を見せてしまう程に……

 彼の者より届いた手紙の内容を、何一つ疑いもせず信じてしまう程に……」


「………………………」


そうして、アリーチェさんはニコリと笑い―――


「全く……ある意味、勇者一行のメンバーが暗殺犯という事実以上に恐ろしいことですわ。

 仮に、わたくし達がその『誰か様』の娘だったとしたら……

 その『誰か様』の住む屋敷にわたくし達も住むことになるとしたら……

 この先、一体どのような輩を屋敷に招いてしまうことやら。

 わたくし、不安で夜も眠れぬ日々を過ごすことになりそうですわ」


ハッキリとした透き通るような声が、食堂に響き渡ってゆくのだった……


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