第6話 僕達と貴女の父
「さぁ、どうぞ~」
長い廊下を渡り……今、僕達は大きな扉の前に居た。
その扉の先には食堂があり……
そこに2人のお父さんが……
僕は思わずゴクリと唾を飲んだ。
そして、2人の使用人が、同時にその両開きの扉を開けると―――
「わぁ……!」
僕の目に飛び噛んできたのは、豪勢な料理の数々だった。
とても大きな長机に敷かれた綺麗なテーブルクロスの上に、肉料理、魚料理、サラダ……様々なジャンルの料理が盛りつけられており、否が応に食欲を沸き立たせられた。
先程までの緊張感も忘れ、その料理の山に目を奪われる僕だったが―――
「やあ皆、待ちかねたよ」
聞こえて来たその端正な声に、僕の身体は再び緊張に固まるのだった。
長机の最奥、最も偉い人が座る位置。
そこに居る人からその声は発せられた。
固まる僕を尻目に前へと歩き出たアリーチェさんが、言う。
「お久しぶりです……お父様」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―――カチャ……カチャ……
使用人に案内され食事の席に着いた僕はナイフとフォークを使い料理を口へと運ぶ。
その見た目や漂う香りにそぐわず、料理の数々はどれも絶品だった。
ただ……僕はそんな料理の味を楽しむような余裕はなかった。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
アリーチェさん、スリーチェ、そして……2人のお父さん……
3人の沈黙がこの場に重たい空気を作り出していた……
「きゅむっ!むぐっ!んまいっ!うんまいっ!」
―――ガチャガチャガチャン!
「あらあら~キュルルちゃんったら~。
そんなに慌てて食べなくても沢山あるから大丈夫よ~」
……そんな空気お構いなしにガツガツと料理にがっつくキュルルとそれを温かい目で見つめるグリーチェさんの存在はある意味救いなのかもしれない……
僕は改めてアリーチェさん達のお父さんをチラリと見た。
ヴェルダンテ=サンライト=ガーデン。
上座に座るその人はとても3人もの娘を持つ人とは思えない程若々しく、傍目には20代、高く見積もっても30代くらいにしか見えなかった。
濃い金色の髪を持ち、ほっそりとした顔立ちは間違いなく美形でありながら、どことなく儚さがあった。
こう言うと失礼かもしれないが、少し意外だった。
大貴族の当主という言葉の響きから、もっと如何にも厳格そうな、どっしりとした人という印象を勝手に抱いていたのだけれど……
長机の上座に座るヴェルダンテさんからは寧ろ触れると折れてしまうのではないかという危うさすら感じる。
そういやアリーチェさんは勇者学園に入学する為にこの人をノイローゼ寸前にまでしたんだったよな……
そんな風なことを考えながら彼のことを見つめていると――
「フィル君、だったかな」
「―――っ!」
突然ヴェルダンテさんの方から僕に話しかけて来た!
「は、はい!なんでしょうか!?」
「はは、そんなに畏まらなくてもいいよ。
君がアリーチェからの手紙にあった命の恩人なんだね。
それに、ついこの間はスリーチェまで助けてくれたそうじゃないか」
ヴェルダンテさんは威圧感などまるで感じない、とても穏やかな口調で語りかけている。
「こんな席で言うのもなんだが、2人の娘の命を救ってくれたこと、本当に感謝しているよ。
今日はどうかゆっくりとしていって欲しい」
「は、はい!こちらこそ!突然来ちゃったのにこんな場に招いていただいて、ありがとうございます!」
僕は思わず上擦った声で返事をしてしまうが、ヴェルダンテさんは実に優しげだった。
なんか……思っていたよりずっと穏やかな感じだぞ……?
学園を出る時のアリーチェさん達の様子から2人のお父さんと会う時はきっと物凄く重苦しい雰囲気になるんだろう、なんて思ってたりもしてたけど……
これなら、穏やかに話も進むかも……!
そんな風な事を考えながら僕は再び料理を口へと運ぶと―――
「ところで――」
と、ヴェルダンテさんがニッコリ笑いながら再び僕へと話しかけ――
「君の食べている料理には遅効性の猛毒が混ぜられている。
解毒剤が欲しければアリーチェとスリーチェ、どちらを狙っているのか素直に白状したまえ」
「ごぼはぁっ!!!」
―――ガシャァアアア!!!
平然と告げられたその話の内容に僕はあらゆる意味で噴き出し、アリーチェさんはフォークとナイフを盛大に滑らせ切り分けようとしていたステーキが宙を舞った。
「ごほッ!?げほッ!?」
「おっ!!お父様ぁッ!?」
「ははは、冗談だよ、冗談。
年頃の娘が男子を連れて来たんだ。
こういった話題が振られるのはそうおかしくはないだろう?」
いや猛毒云々は明らかにおかしいと思いますけど!?
僕は咳き込みつつも呼吸を整わせ、アリーチェさんはふるふる震えながら何とか冷静さを取り戻していった……
そして、それから少しの間をおいて、アリーチェさんは「ふぅ……」と一呼吸すると、ヴェルダンテさんへと向き直った。
「それで……お父様。
わたくしとスリーチェをここへ呼び戻した理由はなんなのですか?」
「―――!」
アリーチェさんは意を決して本題を切り出した。
その言葉にスリーチェも思わず背筋を伸ばし姿勢を正す。
「……アリーチェ、この場には客人も居るんだよ?
そんな話は今この場でしなくてもいいじゃないか」
ヴェルダンテさんは食事を続けたまま諭すようにアリーチェさんに返事を返した。
「いいえ、お父様。
このお話はフィル達がいる今この場でして頂きたいのです」
「………へぇ」
その言葉にヴェルダンテさんの食事の手がピタリと止まる。
彼はその目を僕の方へと向ける。
「……君もそれでいいのかい?」
僕は思わず唾を飲む……そして、言う。
「はい、どうか僕も話をご一緒させてください」
僕が一緒に居ることで、アリーチェさん達が弱気にならずにいてくれるなら……!
「………そうかい」
そうして、ヴェルダンテさんは持っていたナイフとフォークを置き、口元をナプキンで拭き―――僕達を一瞥し、言った。
「私は……アリーチェとスリーチェの2人を勇者学園から引き取りたいと思っている」
「「「――――――!!」」」
その言葉に、僕とアリーチェさん達は少しの間固まってしまうのだった。