第2話 僕達とお屋敷
馬車が街に着くころには日はすっかり沈み、夜の帳が下りていた。
しかし街の中は仕事終わりの住人達がビアガーデンで宴を開き、盛大に賑わっている。
そんな街の喧騒を窓から眺めつつ、僕達の馬車はあちこちに取り付けられた草花を模した街頭に照らされたメインストリートを走っていた。
「ふわぁ……凄い……
王都にも負けないぐらい賑やかだ……」
僕は思わず口を半開きにしてそんな街の様子に見入っていた。
「この『ガーデンプレイス』は第2統治権を保有しているお父様が治めている地ですからね。
これぐらい賑わって頂かないと国としても困るでしょう」
「第2統治権?」
アリーチェさんの口から突然知らない単語が出てきた。
「フィル……貴方我が大陸の統治制度をご存じありませんの?」
アリーチェさんが若干の呆れを含ませた口調で僕に疑問を投げかける。
この反応からすると……どうやら普通の人は知っていて当然のことみたいだ……
「すみません……ご存じないです……」
「………」
ティーカップを置いたアリーチェさんから「ふぅ……」という溜息が漏れる……
う……なんか情けない……
「ちょっとアリーチェ!フィルを馬鹿にしないで!
大丈夫だよフィル!ボクだってぜーんぜん知らないんだから!」
「うーん、情けない度が跳ね上がった気がする」
「きゅる?」とキュルルが首を傾げた。
そしてアリーチェさんが「やれやれ」とでも言うように小さく首を振りつつも、僕達に対して説明をしてくれたのだった。
「簡単に言えばこの国における統治者の序列を表すものですわ」
「序列?」
「ええ」とアリーチェさんがティーカップを口元へ運びながら答える。
「まず、現在の国王『ヴァールライト8世』には3人の王子と2人の王女がおられるのですが、その5人には国王より大陸の統治権が渡されてますの。
その統治範囲は大陸東側……つまり人類生存圏を5分割しましてそれぞれ均等に割り当てられておりますわ。
これが第1統治権。
そして王子達は自身の統治している土地を更に切り分け、各々の裁量で統治権を他者に分け与えることが出来ますの。
それが第2統治権ですわ。
第2統治権保有者は更にその土地を切り分け第3統治権を他者へ与え、その統治権を与えられた者が更に第4統治権を……というように統治者をどんどん細分化していくことが出来る制度となっておりますのよ」
「へぇ~……」
知らなかった……僕が暮らす大陸にそんな制度が……
となると、第2統治権の保有者っていうのは……
王子様に次ぐ序列の統治者ということ……!
「それってつまり……アリーチェさんのお父さんは国王様や王子様の次に偉い人ってことですか?」
「まぁ、話を物凄く単純化するとそういうことになりますかね」
ひぇ~……!
有名な貴族だってことは知っていたけど、改めてその凄さを認識させられてしまった……!
そして、僕達は今から―――
「アリスリーチェ様、間もなく到着致します」
「!!」
「……分かりましたわ、ファーティラ。
さぁ皆さん、降りる準備をしてくださいな」
僕達は今から……その王子様の次に偉い人に……
ガーデン家当主に会うのだ―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「わぁ……!」
「きゅる……!」
馬車から降りた僕とキュルルはそのお屋敷と『庭』を前にして思わず感嘆の声を漏らしていた。
街に入る前から目についていた大きな屋敷には勿論圧倒されるけど……今それ以上に僕達の目を引いているのはそのお屋敷の前の広大な敷地に咲き誇る花々だった。
凄い……こんな綺麗な景色初めて見た……!
この花達を眺めているだけで丸1日を過ごせてしまいそうだ……!
花壇に備え付けられた灯りによって暗闇の中に浮かび上がる色とりどりの、様々な種類の花々は幻想的な美しさだった。
そしてその花々は屋敷まで続く道の両脇の遥か彼方まで敷き詰められている。
なんでもアリーチェさん曰く、この『庭』はこの街の5分の1を占めているとのことらしい。
あの遠目でも視界いっぱいに広がっていた街の5分の1……一体僕の故郷の村が何十個入ることになるんだろう……
「アリスリーチェ様、ホワイリーチェ様。
お待ちしておりました」
と、僕がぼ~っとその『庭』を眺めていると、屋敷へ続く道の先から女の人の声がかかって来た。
「約2週間ぶりですわね。フェンス」
「もう!またそんな堅苦しい呼び方をして!
スリーチェでいいといつも言っているではありませんか!」
フェンスと呼ばれたその人物へ僕は目を向ける。
メイド服を着たその紺色のロングヘアーの女性はアリーチェさんとスリーチェからの返事を受け、恭しく礼をしていた。
「彼女はフェンス=ガーデニング。
防御魔法の使い手でこの屋敷の警備全般を担当されておりますの」
と、アリーチェさんが僕に紹介してくれた。
「どうも、僕はフィ―――」
「お待ちを」
僕がフェンスさんに自己紹介をしようとすると、彼女に遮られてしまった。
「この敷地内にガーデン家の関係者以外の者が立ち入ることは許されておりません。
貴方とそちらの方はどうかお引き取りを」
と、僕とキュルルはにべもなく立ち入りを拒否されてしまった。
「あ、あの僕は―――」
「お引き取りを」
「きゅる!ちょっとアナタ―――」
「お引き取りを」
僕もキュルルも喋る暇すら与えられない。
「フェンス、彼はわたくしの御学友で―――」
「アリスリーチェ様のご希望でもこのルールは決して曲げられません。
当主様の許可が下りない限り、無関係な人物は一歩たりともこの屋敷に足を踏み入れることは出来ないのです」
アリーチェさんの言葉にもフェンスさんは引くことはなかった。
うーん……『僕達のような部外者を連れて行ったところで、すぐさま門前払いされる』『屋敷の外で待って貰うことになる可能性が高い』……
学園を出る前に言われた通りだ……
こうなることが分かっていたのか、アリーチェさんは諦観するように額に手を当て首を振っている。
むぅ……アリーチェさんの言葉でどうにもならないのであれば、ここは引き下がるしかないか……
そんな風に考えていた時だった。
「ふっふっふ……
『ガーデン家の関係者以外の者が立ち入ることは許されない』……
そう言いましたわね………」
スリーチェが何か不気味な笑い声を発しながらフェンスさんへ話しかけた。
そういえばスリーチェ、なんか考えがあるとかなんとか言ってたような……?
「良いですか、フェンス……この人は……
フィルさん、ですのよ」
「なっ……!?」
僕の名を出した瞬間、今まで淡々としていたフェンスさんの顔が驚愕に染められた。
え、なんで?
「そ、それでは……彼が!?」
「そう!!
彼こそが!!!」
バッ!!とスリーチェが僕に向かって手を向けて言う。
「お姉さまの婚約者!!
フィルダンテ=ブレスドレイン=ガーデンなのですわぁあああ!!」
―――ズガシャァアアア!!!
アリーチェさんが車椅子ごと盛大にぶっ倒れる音がした。