第1話 僕達と馬車
《 馬車キャビン内 》
「きゅるー!
また負けたー!」
キュルルが半泣きになりながら持っていた複数枚のカードをその場にぶちまけた。
アリーチェさん達のご実家に向かう馬車内。
キュルルとスリーチェは2人でカードゲームに興じていた。
「ふふっ!キュルルさんったら反応が分かりやす過ぎですわ!
すぐにお顔に出ておりましたわよ?」
「えー?そうなのー?」
「ええ、キュルルさんがカードを睨みながら悩んでいるとお顔の輪郭が見る見るうちに持っているカードの絵柄に変形していって――」
「そのまんまの意味かよ!!」
と、とりあえずツッコミはしておいたけど2人とも実に楽しそうでなんとも微笑ましい光景だった。
「全く……これからわたくし達が勇者学園に残れるかどうかの話が行われるかもしれない、ということがお分かりなのでしょうかね……この方々は……」
「まあまあ……暗い雰囲気になるよりはいいじゃないですか」
「やれやれ……」とアリーチェさんは溜息を付きながら紅茶の入ったティーカップを口元へと運ぶのだった。
それにしても広い馬車だなぁ……と改めて僕は馬車内を見渡した。
御者席にいるファーティラさんを除いて僕、キュルル、アリーチェさん、ウォッタさん、カキョウさん、スリーチェ、プランティさんの7人が全く窮屈に感じることなく過ごせている。
キュルルとスリーチェは上質な絨毯の敷かれた床の上でカードを問題なく並べることが出来ており、今アリーチェさんが座っている椅子の前には小さなテーブルまで置いてある。
流石に普段使っている大きなテーブルは持ってこれなかったけど『マジック・ウィルチェアー』はキャビンの奥側に収納されている。
流石はランクAの貸馬車だ……
そんなことを考えていると、カチャリ……というアリーチェさんがティーカップを置いた音が小さく鳴り響き……
「まぁ……確かに貴方達が来ていなかったら、きっと今頃ここは重苦しい空気の真っただ中だったでしょうね……」
などという呟きが聞こえて来たのであった。
確かに……僕らが声をかけるまでのアリーチェさん達のあの雰囲気……
あのままの状態でこの馬車が出発してしまっていたら……
この広い空間の中で、アリーチェさんは何も言わず紅茶を飲み……
スリーチェは普段の明るさが嘘のように暗い顔で黙りこくり……
お付きの皆さんは当然主から命令がない限りひたすら静かに控えている……
うーん……想像しただけで重苦しい空気で潰れてしまいそうだ……
そう考えると、やはり僕達がここに来たことは間違いじゃなかったと確信が持てるのだった。
そして僕は何気なく取り付けられた窓の外を見た。
すると―――
「あ、別の馬車だ」
僕らとは別の方向へ向かう街道を進む馬車が見えた。
幌のかけられたキャビンは人ではなく荷物を乗せるためのものだろう。
あれは……街や村への配達用の荷馬車かな?
その馬車の行く先を見てみると―――
「あれ!?あの馬車の先……道が!」
馬車の先にはかなりの広さの川があり、そこには石造りの橋が架かっている。
だが、その橋は所々が崩れかけていたのだ。
一応完全に通行不可という程ではなく、人が徒歩で行き来する分には問題ない程度ではあった。
けれど、あの馬車がこのまま進めば間違いなく横転してしまう!
「『大戦』による戦禍の影響はまだまだあちこちに残っておりますからね。
アレもその一つですわ。
主要な街までを繋ぐ街道は整備が進んでおりますが、小さな街や村へ向かう道は後回しにされているのでしょう。
昨今では魔物の活性化により復興だけでなく防衛にもコストを割かねばなりませんから、よりああいった所の整備は遅れがちになってしまっているのですわ」
と、別の窓から同じ光景を見ていたアリーチェさんからそんな声がかかって来た。
「いやそれよりあの馬車!!
あのままだと川に!!」
「大丈夫ですわ、フィル。
あちらの御者も気付いてない訳がないでしょう。
大人しく見ていなさいな」
アリーチェさんはそう言うものの、馬車は尚もスピードを落とさず橋へと走り続ける……!
そして、もはや止めても間に合わない距離にまで馬車は差し掛かり……その崩れた橋に乗り上げる……!
その直前――!
「わっ!?」
荷馬車が――――飛んだ!!
御者さんが片手を前の方へと掲げるのと同時に、馬ごと荷台が宙へ浮いたのだ!
あれは……『飛行魔法』!?
そしてそのまま川を超えた馬車は向かい側へと危なげなく着地し、何事もなかったかのように走り去っていった……
「アレが『速達馬車』ですわ。
王都やごく少数の大都市にしか配属されていない『即日配達』が可能な運送馬車でして、御者には道中の障害を無視することの出来る中級以上の『魔法師』が選定されておりますのよ」
「わたくしがお姉さまに手紙を宛てた時にも利用させて頂きましたわね!」
いつの間にか一緒に見ていたスリーチェが会話に加わった。
「今この馬車が向かっているわたくし達の故郷の街にもありまして、王都までの距離なら早ければ半日で配達をして頂けるのですよ!」
「スリーチェ……前にも言いましたけれど本来アレはもっと重要な物資等に使われるべきモノで、家族への近況報告の手紙の配達などで安易に利用するモノではありませんわよ」
アリーチェさんがスリーチェを叱りつける。
そういえばスリーチェからの手紙を受け取った時そんなこと言ってたっけな。
「でもお姉さまだって一昨日はお父様への報告にご利用されたではございませんの」
「内容の重要さを考えなさいな。
あれ程の大事件、すぐにでもお父様にお伝えしなければ――――」
―――?
急にアリーチェさんの声が途中で途切れた。
どうしたんだろ?
「アリーチェさん?」と僕が声をかけるも反応はなく、アリーチェさんは何かを考え込んでいるかのように無言になっていた。
「あの……?」
僕が再び声をかけるとアリーチェさんはハッと反応し———
「……申し訳ありません、なんでもありませんわ。
それよりそろそろ途中休憩に入りますわよ」
と、話を変えられてしまった。
うーん……さっきの反応は一体……?
気にはなったけどアリーチェさんの方から特に何も言わないのなら、こちらからも言及する必要はないのかなぁ……
そんなことを考えている内に馬車は経由地である街に辿り着き、僕達はお昼休憩に赴くのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして、いくつかの経由地を渡り、長い長い距離を馬車が走り―――
「もうすぐ日が暮れそうですね……
夜道を行くのは少し危ないと思うんですけど……」
僕が窓の外の沈みゆく夕日を見ながらそんなことを話しかけると―――
「大丈夫ですわよ、フィル」
アリーチェさんが馬車の御者席側に付いている窓の方へ顔を向けながら答えた。
「もう、見えてきましたわ」
「え?」
その言葉につられて、僕も馬車の前方へと目を向けると―――
「あれは―――!」
「やはりランクAの馬車を借りて正解でしたわね。
『速達馬車』とほぼ同じ時間で着きましたわ」
見えたのは、とても大きな街だった。
まだ距離は数キロ程あるのに、既に僕の視界いっぱいに建物が広がっている……!
僕の知る限り王都に次ぐ大きさだ……!
日暮れに合わせて点いていく家や街頭の明かりがとても幻想的な風景を映し出す。
そして、建ち並ぶ建物の奥に、一際大きな屋敷が見える……!
「あれがわたくし達の故郷、『ガーデンプレイス』ですわ」
その屋敷を見つめながら、アリーチェさんがそっと呟いた。