第36話 皆と、貴女と、君と、僕と――
「『レゾンデートル』……」
コーディス先生が語った、そのローブ姿の女性が伝えてきたという名を僕は思わず呟いていた……
「その組織が一体何を目的としているのか。
そもそも組織と呼べるほどの共同体なのか。
何故ガーデン家の娘の命を狙ったのか。
スクトは……いつからそこに所属していたのか。
現状、何も分からない。
ただ一つ間違いないのは………」
コーディス先生はこの場にいる全員を見回し、言った。
「彼らは、私達に並々ならぬ『悪意』を持つ存在だということだ」
「『悪意』………」
それは、コーディス先生に言われるまでもなく……
今回僕達が嫌という程に思い知らされたものだ……
「『また、いつか会いましょう』と、あの者は言った。
彼らはまた我々の前に現れるかもしれない。
今回と同じか……それ以上の『悪意』と共に」
いつかまた……僕達の前に………
その時の僕は………確かに震えていた…………
今日と同じようなことが、また…………
僕は………僕は……――――
「大丈夫だよっ!!!!」
突然――――大きな声が、隣から聞こえた。
「ボク、もう分かっちゃってるもん!!」
その声の主は、僕と誓いを結んだ、スライム魔王。
「ボクとフィル……それにアリーチェ達………」
その声は―――
「ボク達が居れば!!」
僕の心の暗雲を―――
「出来ないことは、なんにもないんだって!!」
吹き散らしていった―――
そして……彼女の満面の笑顔を見ていると、きっと大丈夫だ、なんて無根拠に思ってしまい―――
全く……僕もキュルルに負けず劣らず単純だなぁ、なんて心の中で呟くのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ……!はぁ………!」
「もう少し、頑張ってください……
『あの場所』に戻りさえすれば、ちゃんとした治療を行えますから……」
スクトは荒い息を吐きながら不安定な足取りで歩き、そんな彼をローブ姿の女性は懸命に支え、気遣う声をかけていた。
「僕は………大丈夫だ………!
アンタの方こそ………無理をしているんだろう………!」
「……………」
ローブ姿の女性は一見平然としているように見えるが………
よく見ると、ローブからわずかに覗くその顔には汗が滲み、スクト程ではないが荒い呼吸をしていた。
「………何もかも計画通りに……なんてつもりはなかったけど………
まさか、こんな結果になるなんてな……」
「それでも………
『最低限の目的』は果たせました………
それで良しとしましょう………」
「それに………」とローブ姿の女性は言葉を続ける。
「収穫もありました…………」
「『収穫』……?」
スクトはローブ姿の女性へと振り返る。
「『勇者』以外の………脅威の存在………
それを『本命の計画』の前に確認できたこと、です……」
「―――――!」
ローブ姿の女性が言及している、その存在とは―――
「フィル=フィール………
アリスリーチェ=マーガレット=ガーデン………
そして……キュルル=オニキス…………」
「………………………………」
スクト達が勇者にしか対応不可能と断じていた『水晶ゴーレム』を討伐してしまった、その3人―――
スクトはその光景を思い出し、思わず歯噛みした。
「私が特に警戒すべきだと感じたのは………
キュルル=オニキス……あの『スライム魔王』です」
「―――っ!!」
その名前……いや、その『単語』を聞いた時、スクトの表情が一変した。
「あの『魔王』が他の2人と共に『水晶ゴーレム』に相対した時に見せた、あの戦い方……
あれは、ただスライムが人間を覆っていて動かしているというだけでは説明がつかない程の力を発揮していました……
そして最後……あの『水晶ゴーレム』を両断した、あの『剣』………
あの威力は……もはや物理的な法則に当てはまりません……
おそらく………『超』高等魔法―――――」
「あんなものが『魔王』な訳があるかッ!!!」
スクトがローブ姿の女性の言葉を遮り……自らの満身創痍の身体のことも忘れ、大声を張り上げる。
その声には……様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。
「………ええ、そうですね……
あのスライムは我々の求める『魔王』とは別物です……
申し訳ありません……」
「………いや……いいんだ………
僕こそ、すまない………」
スクトはすぐに自分の非を認めた。
自分でも叫ぶつもりはなかったらしい。
「ああ……僕も分かってるさ………
あの『魔王』には何かがある……
決して……甘く見る訳にはいかない………」
そしてスクトは立ち止まり、振り返った。
『それ』がある場所の方へ―――
『それ』が居る場所の方へ―――
「勇者学園とスライム魔王…………
いつか……必ず……!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
これから先の僕達に一体何が待ち受けているのか。
不安がない訳じゃない。
それでも――――
「あっ!皆さん!!おーーーーーい!!」
「あっ!フィル!!他の奴らも!!おいヴィガー!」
「ああ!だから言ったろミルキィ!あいつらなら大丈夫だって!」
「これで全員の無事を確認。良かった」
「うん……!本当に……本当に良かったね!キャリーちゃん!」
「いよぉぉしッッッ!!!ならば聞けぇ!!この私の活躍を!!!
とうとう始まった私の成り上がりストーリ『勇者学園と勇者コリーナ 〜最低『魔力値』勇者は―――」
この勇者学園の皆と―――
「まったく……騒がしい事この上ありませんわね」
互いに負けないことを誓った貴女と――――
「きゅるぅーーーっ!!
フィルーー!行こう!!」
互いに強くなって、また戦おうと誓った君となら―――
「うん………!
行こう!!!」
絶対に、なんとかなる!!
だから、僕ももっと強くなろう!!
この学園で、この仲間達と、この『魔王』と―――
そしていつか―――
「僕は絶対に―――『勇者』になる!!!」
そう言いながら、僕はまた走り出すのだった。