第32話 僕と君との誓いの剣
アリーチェさんの魔法により、通常時を遥かに超える速度で振り抜かれた《ミートハンマー》が『水晶ゴーレム』の身体を叩いた瞬間―――
大轟音と共に『水晶ゴーレム』はまるで投石器から放たれた岩のように吹き飛び―――
凄まじい勢いで、壁面に叩きつけられた―――!
空間内の空気までをも揺らすような衝撃で、壁面に蜘蛛の巣のようなヒビ割れが一瞬にして張り巡らされ―――
そして、『水晶ゴーレム』の身体は―――
両腕、両脚が千切れ飛んでいた―――!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「な………にが………ッ!!??」
スクトは我が目を疑っていた。
何が起きた……!?
何が起きている!?
鏡のようなものに映るのは、手足の吹き飛んだ『水晶ゴーレム』。
馬鹿な…あの『ゴーレム』が……!
たった一撃で……!
スクトは思わずその手に力を込めてしまい、鏡のようなものがビキリと音を立てる。
「だ、だが……!
あんな攻撃、そう何度も連発出来るはずがない……!!
そして『ゴーレム』はまだ動く……!
アレくらい、いくらでも再生する……!!」
知らず、懇願するような声を出してしまっているスクトを、薄い壁の向こう側からコーディスはただ黙って見つめていた……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くうっ……!!」
僕の身体を再び激痛が苛む……!
スリーチェのおかげで元の状態に戻ったとはいえ、やはり『最大規格』はそう何度も使えるような代物じゃない……!
「う……くっ……!
フィル……!
大丈夫、ですか……!」
「あ……アリーチェ、さん……!?」
僕のすぐ隣に立つアリーチェさんも僕と同じように辛そうな声を出していた……!
「情けないことに……
十分な速度を出した上で……
戦闘に活かせる程に効果を持続させるには……
わたくしの魔力量ではあまりにも足りない……
今の1発で……この有り様ですのよ……」
「けど……」とアリーチェさんが前を向く。
「今は、それよりも……!
あの『ゴーレム』はどうなったかの方を……!」
そのアリーチェさんの言葉に、僕も『水晶ゴーレム』を見る!
『ゴーレム』は両腕両脚を喪失し、身体にもほぼ全体にひび割れが広がり、見るからに満身創痍という風に見える……!
けど………!
―――ピキキキキキィ……!
「っ!!」
『ゴーレム』はまだ動く……!
ひび割れている身体を再生させ、元の状態へと戻ろうとしている……!!
このままだと失った両手足も、いずれ……!!
「あれだけ砕けていれば……!
後もう少しのはず……!
『最大規格』を、もう一度……!
アリーチェさん、すみません……!
ここで、待っててください……!!」
僕はアリーチェさんをゆっくりとその場の地面に座らせる。
そしてアリーチェさんは……
「………………ふぅ」
何故か……やれやれ、とでも言いたげな溜め息をついたのだった……
「わたくしとフィルの力で華麗に全てを終わらせられたのなら、文句なしだったのですけどね……
全くもって、残念でなりませんわ」
「アリーチェ、さん……?」
一体、何の話―――
「オニキスさん」
「きゅるっ!」
僕の隣には、いつの間にかキュルルが立っており―――
「最後は、アナタにお任せしますわ」
「ふふん!トーゼン!」
キュルルは僕の手を掴み―――
「ねえ、フィル!」
「キュルル……?」
『水晶ゴーレム』の方を見つめつつ、僕に話しかけてきた―――
「ボク、自分は何がしたいのか、自分に何が出来るのか考えてみたんだけど……
結局よく分からなかったの。
それで、ボクがここに居ていいのかな、なんて不安になっちゃったりもして……
考えて、考えて……
やっぱり分かんなくて……」
少しの間黙ってしまったキュルルは―――
「でもね!!」
僕に向かって、満面の笑みで振り返り―――
「一つだけ、分かったことがあるの!!」
自信に満ちた声で、言う―――
「ボクはフィルと一緒なら!
きっと、どんなことでも出来ちゃうんだって!!」
「――――!」
キュルルは僕の手を、強く握り締める。
そして―――
「フィル!行こう!!」
「うん………!
うん、行こう!キュルル!!」
僕とキュルルは―――!!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『水晶ゴーレム』は、何をするべきかを懸命に思考していた。
あの一撃は一体なんだったのか。
あの2人の標的は何処か。
自分を拘束していた標的は何処か。
どの標的を1番に狙うべきか……
だか、何よりもまず優先させるべきは自らの身体の修復だ。
既に腕と足は不完全ながら再生されかけている。
後数秒もすれば―――
―――ザッ……!
何かが、自らの前に来た。
まさかあの2人の標的か。
そんな思考の元、目の前に来たモノを認識する。
そこにいたのは―――
「フィル、身体は平気?」
「うん、キュルルのおかげでね」
右側と左側に別々の顔が合わさった―――
『2人』の標的だった―――
あれは確か……あの新しい標的が最初にこの場に現れた時にしていた姿だ。
あの時とは右側の顔が違うが……
いずれにせよ、先程の一撃を放った2人の標的ではない。
ならば、何も恐れることは―――
「フィル、無茶はしちゃダメだよ」
「うん、わかってるよ。
《キッチンナイフ》……
『規格-2倍』!」
その『2人』の標的の手に、何かが―――
そう思考した、次の瞬間―――
―――ヒュッ…!
その『2人』が消え―――
「「はぁああああああああ!!!」」
―――バッキィイイイアア!!!
再生されかけていた右腕が、吹き飛んだ―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「馬鹿なッ!馬鹿なッ!馬鹿なッ!!??
なんだッ!なんなんだこれはぁッ!!??」
スクトはその鏡のようなものに映る光景に、もはや半狂乱となっていた。
『水晶ゴーレム』の身体が……!!
削れていく……!!
あの『2人』によって!!
『2人』は『ゴーレム』の周囲を風のように駆け回り、手に握った2倍のサイズの『黒い包丁』を高速で斬り付けている……!!
そして再生されかけていた腕が、脚が……!!
次々と、斬り飛ばされて……!!
「外部追加命令ッ!!
動きを止め再生機能にのみエネルギーを一点集中させろぉおおおおッ!!!」
スクトが叫ぶと、『水晶ゴーレム』はその命令通り動きを停止し、その分再生速度を向上させる。
その結果、『2人』が『ゴーレム』を削る速度と『ゴーレム』の再生速度が拮抗し、膠着状態となった。
「はぁッ……!はぁッ……!
よし……!これで……!!」
これで、こちらの負けは無い。
後は相手が消耗するのを待てば―――
だが、スクトの頭はどうしても考えてしまう。
『水晶ゴーレム』の再生速度と拮抗する程の攻撃……!!
これは、まるで……!!
勇者……アルミナ……!!!!
馬鹿な、あり得ない!!
あんな規格外がこの世に2人といてたまるか!!
あの『2人』はこれが限界だ!!
これ以上など……!!
これ以上など―――!!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「キュルル……!!」
「きゅるっ!!」
『ゴーレム』が動きを止め、ようやく機能停止したかと思ったのも束の間……
『僕達』は『ゴーレム』の身体を削れなくなっていた……!
動かなくなることで、再生速度が増す―――
『僕達』がその特性に気付き、より速く斬りつけようとするも、焼け石に水だった……!
どうする……!?
『包丁』の規格をさらに数倍に……!
いや、無理をして僕が倒れてしまったら本末転倒だ……!
このままじゃ……!
「フィル!大丈夫だよっ!!」
「キュルル!?」
―――ダンッ!!
攻撃を止め、『水晶ゴーレム』の前へと『僕達』は着地する。
『ゴーレム』は、みるみるうちに再生を進めていく―――
「さっき言ったでしょ!
ボクとフィルが一緒なら、どんなことだって出来るって!!
あんなの、どうってことないよ!!
だって―――!」
キュルルは、左手に―――
木剣の剣身を掴み―――
胸に、抱えた。
「フィルは『勇者』になって―――!!
最強の『魔王』と、戦うんだから!!」
「―――――――!!!」
僕は、右手に―――
木剣の柄を握り―――
胸に、抱える。
「うん、そうだね―――!
それが、僕達の――――!」
そして―――
剣身と柄が合わさって―――
剣の形へと、戻り――――
「「あの日の、誓い―――!!!」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『ゴーレム』は、見た。
あの『2人』が『剣』を握ったのを、見た。
黒い半透明の物体で覆われた『木剣』―――
その『黒い剣』の名を―――
『2人』は、呟いた―――
「「 《 オース・ブレード 》 」」
『それ』を見た瞬間――――
『ゴーレム』は再生よりも、『2人』へと向かうことを優先し始めた――!!
『何をしている!?再生を優先させろ!!!馬鹿な!?何故従わない!?』という外部から届く命令も無視し、『ゴーレム』はひたすらにあの『2人』へと、再生されきっていない足で歩を進める――!!
『アレ』は駄目だ―――
『アレ』は駄目だ―――!!!
『ゴーレム』は根拠不明の思考に突き動かされ―――
『2人』を即刻排除せねばと―――
ひび割れた身体が自重で崩壊していくのも構わず進む―――!!
『アレ』は―――
かつての自分を葬った―――
あの『力』と同等の――――!!!
『2人』の眼前まで迫った『ゴーレム』は―――!
その身体で、『2人』を押し潰し――――
―――ヒュッ……
風を切るような、音がした―――
それは『2人』が、『黒剣』を振り抜いた音―――
そして、一瞬の静寂の後――――
――――ッキィィン………!!
『水晶ゴーレム』の身体が、斜めに両断され――――
――――ゴォォォオオォォォ……!!!
2つに分かたれた『ゴーレム』が倒れゆく音が―――
広大な空間内に、響き渡った―――
そして―――
その一撃により、身体を三分の一未満にまで分割された『ゴーレム』は―――
もう動くことはなかった―――