嘘にまみれた真実だけど
夕闇の頃にソフィアとフィアはティリカリカの峠の傍にある家に戻ってきた。ぼんやりと橙の光を零しているのは、ソフィアが魔法をかけたから。フィアの家なら、火を熾して、灯りを採る。少しお金持ちのお家なら、太陽の光を溜め込んでいる陽鉱石が光り出す。
そんな魔力を惜しげも無く使うソフィアを見ていると、やっぱりソフィアは魔女なんだなと思ってしまう。だから、ちょっとしたことで不機嫌になるんだ、とも感じていた。
峠の向こうには森があり、そこでたくさんの薬草を摘む。森の中には泉もあって、そこに沈む月の光や太陽の光を掬い上げることもある。そして、そんな泉の水を汲み上げる時間すら取れなかったソフィアはやはり少し不機嫌だった。
だから、大鍋を混ぜるソフィアにフィアが尋ねた。何を作っているのかは分からないが、毒ではなくて、薬のにおいがする。
「王様怖かった?」
そんな風に尋ねるフィアに、ソフィアはわざと「あぁ、怖かったよ。あんたを連れて行かなくて良かった。めちゃくちゃ怒ってたからね」
そう言うとフィアは顔を青くする。
フィアは素直だ。魔女には向いていない。
「ソフィアは怒られたの?」
「あぁ、怒られたさ、だって、アンタの涙での劣化版不眠症薬だよ。もうすぐで殺されかけたもんさ」
ソフィアはその芝居がかった口調にも気付かないフィアがおかしくて仕方がない。ソフィアはクツクツと煮えてくる鍋を覗き込みながら、必死になって笑いを堪えていた。
「ソフィア、泣いちゃった?」
「泣くわけないでしょう。逆に泣かせてきたくらいよ」
すると、こんどはびっくりしたように目を輝かせる。
「ソフィア、すごぉい」
フィアを見ていると飽きない。ソフィアはそう思う。面白い生き物だとも思う。だから、余計に自分の失敗で彼女に魔力の片鱗を吸収させてしまったことを後悔している。
風の竜の首を飛ばした時。
大地に向かって彼女が落ちてしまいそうになった時。
まさか、落ちるとは思っていなかったソフィアは、慌てて彼女を魔力で包んだのだ。
白い光の魔法。
そう、白き乙女の相棒とされている陽光の竜の……。竜の中でも特に強い権威と神聖を持つとされる種類。
ソフィアは悪魔との契約ではなく、竜と契約をして魔女となった者だ。そんな一族の生まれだから。そして、悪魔のそれと同じように、呪いのように一生を蝕まれていくものでもある。
だから、序列と秩序を大切にする下位竜などはソフィアに攻撃ができない。だから、道を踏み誤っている竜に裁きも与えられる。
ただ、どの竜も泣いていたのだ。闇に取り込まれたと。光が欲しいと。
陽光の竜の使者として、竜を助けなければならないそれも、一族の使命である。
一度闇に落ちたものは、もう救えない。癖になるのだ。
ただ、勘違いされがちだが、ソフィアは人間を助けるために討伐に加わっているわけではないのだ。
白金の鱗に水色の瞳。
太陽の光を常に受け、闇夜でも光り続ける月のような竜。
共にあるために必要な光を、竜の民の一族はその身に宿している。
そして、いつか、ソフィアもその一部になる。戻るというのかもしれない。決して相棒ではなく。
だから、白き乙女ではない。人を助ける者でもない。
だけど、フィアは普通の人間の子だ。彼女が陽光の竜の一部になる必要はない。
戻さなくちゃ。私の中に。
そう思い、光に見初められてしまった彼女の白金に輝く髪を見つめた。
フィアは大好きな人間を、大好きという理由だけで助けてもいい場所に生まれたんだから。
そんな感傷を振り払うようにして、ソフィアがフィアにあっけらかんとした声をかけた。
「あ、そうそう、中庭で誰と何をしてたのよ?」
ソフィアの問いに、驚いていたフィアが今度は嬉しそうにしゃべり出す。
コロコロと表情が変わる。泣いたと思ったら怒って、怒ったと思ったら笑って。
「あのね、ジョンと一緒に花びらの甘いの食べたの。たくさん追いかけっこして、たくさん楽しかった。ジョンね、犬の鳴き声がとっても上手なのよ。私もジョンみたいに上手になりたいなぁ。また遊べるかなぁ」
その目標に吹き出しそうになったソフィアは、喉の奥にある言葉を留めるのに苦労した。
本家の犬に勝てるわけないし、ジョンもとい、ベルナンドにいつでも会えるわけもない。
だが、ジョンと遊んだと言いふらしたとしても、仲良くなったと言ったとしても、この子が危ない目に遭うことはない。
彼がどういうつもりで『ジョン』だったのかは、分からないけれど。
「本当に退屈しないね、アンタは」
ただ、何にも知らないフィアには、何も知らないまま笑っていて欲しい。
それだけは何にもまみれない真実だった。