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戦のあとに残ったものは②

 

 あの戦が終わり、もう九年だ。バルジャミンは戦の後しばらくしてから退位し、裏方に回り、国の安寧のために各地を奔走した。各地の領主と身軽に話すためと、各国の重鎮達に密に会うためだった。詳しいことは知らないが、おそらくヒェスネビに対する共通認識。


 故ヒェスネビ皇王が悪魔と契約し、竜を操っていたという噂が流れてきたのは、ほぼ同年だった。だから、ティリカはあれだけの被害を受けながら、ヒェスネビの民には、いち早く門戸を開け、いつでも戻れるように短期居住権を与えた。求めれば永住権も簡単な審査で与えられた。

『呪われた土地』に『悪魔の皇王』の噂をバルジャミンが作り、ヒェスネビの民の怒りの向かう先を屈折させたのは確かだ。


 影があれば光は輝き、暗闇をまっすぐ指し示す。民は自ずと導かれる。だから、あの家族のようにティリカに仕事を求める者が多くあるのだ。


 はじめの八年間は、英雄ベルナンドがそのまま順当に王位に就いて、ティリカの民の意識を表にだけ向けるようにし、魔女の惨状を利用したバルジャミンはあの戦を本当の『聖戦』にしたのだ。

 ティリカは悪魔を討ち取った。


 その間もベルナンドは、穏やかにあり続けた。あの柔らかな笑顔で。作り物の、あのほほえみで。ただずっと、光を与え続ける役目を果たし続けた。フィアもそれを支え、国中を巡り、ティリカ、ヒェスネビ分け隔てなく民を労った。

 おかげで今の両国は大きな恨み合いをしていない。

 しかし、子どもの頃のあのいたずらなベルナンドの笑顔を、オズワルトは何年もずっと見ていない。


 そんなベルナンドが王位を退いた理由は『世界平和のために旅立つ』というふざけたものであったが、それを機に、彼はジョン・ベルターと名乗り、敷地内のあの家に住み始めたのだ。

 そこに住むのはジョンとフィアという城勤めをしている夫婦。

 しかし、彼は王家から抜けた後も国務を担い、今も弟のセナ陛下を支えている。

 庶民という立場はオズワルトと同じだが、本人は「一応立場のある『下男』みたいなもの?」と静かに笑いながら言う。しかし、本当は彼なりの責任の取り方だったのだろう。


 そして、完全に表舞台から消えた英雄たちは、永遠になった。


 今思えば、ヒルダの肉親であり、出身がヒェスネビだったオズワルトが、あのままあの立場で働き続けられたのもベルナンドの助力があったからかもしれない、と思える。

 呼びつけられる以外ほとんど会うこともなかったが、本当に変な気を回す鬱陶しい上司極まりなかったのは確かであり、その笑えない彼から逃げたかったというのも確かだ。


 そんなこともあって、暇を願うとあっけなく許可された。

 オズワルトは、ヒルダが選んだ『妹』を探しに行こうと思ったのだ。あのきっかけに会えば何かが変わるような気がした。

 そう、結局旅に出たのはオズワルトだった。


 住所を辿れば、そこには、別の家族が住んでいた。

「あの、ここにマイキーロ一家が住んでいたと思うのですが……」

 マイキーロは父の名だ。オズワルトが五つの時に母とは離縁していたので、顔はよく分からない。

「あぁ、それなら隣に聞いてくれ」

 住人はずっと昔から住んでいるという隣の住民にも親切に声をかけてくれた。その声に隣の住人は、しゃんと腰を伸ばして顔を出した。


「マイキー……」

 そう言った老婆が口を覆った。そして、涙ぐみながら続けた。

「オズワルトかい?」


 老婆に迎え入れられて、オズワルトはそこで彼らの顛末を知った。

「お父さんにそっくりで驚いたよ」

 そんな風に言いながら白湯を入れてくれた老婆がゆっくりと話し始めた。

 サーカスが摘発されたあの時と同じくして、その罪の擦り付け先になったようだった。城に呼ばれた父は、消息を絶った。そして、その後、この隣人が幼い妹の面倒を見てくれていたそうだ。

 ヒェスネビから見れば、父も同じくティリカに繋がる者だったのだろう。


「その、妹は……」

「呼び出しなんて、そんな親切なもんじゃなかったよ。リーザはまだ小さかったから、戸棚の中で震えていてね、本当にかわいそうだったんだ。戦が終わって、十三歳になった頃、花売りをしはじめたんだけどね、最初はあんまりでね。でも、もう一年早く来てくれていたら、……」

 その残念そうな表情に、思わず覚悟してしまう。別に会ったこともない他人のような存在なのに。

「あぁ、言い方が悪かったね。大通りのサウス橋あたりに行ってごらん」


 今は幸せに過ごしているよ。


 老婆の言うとおりに街の中央大通りに戻り、サウス橋へと向かう。

 花売りの夫婦が見えた。

 ヒルダと同じ黒髪に茶色い瞳。目鼻立ちもどこか似ているような気がする。

 一年前に慎ましやかな結婚式を挙げたのだそうだ。

 あんまりにもじっと見つめてしまっていたからだろう、リーザという妹と目が合ってしまった。リーザは旦那と何か話をした後に、オズワルトの方へ向かって歩いてきた。


「あの、もしかして私の兄だったりしますか?」

 十九歳だという。十以上年下の妹だ。それなのに、何も答えられなかった。

「ごめんなさい、違いますよね。父にそっくりだったので、お姉ちゃんから兄もいるって聞いていたので……失礼しました」

 ぺこりと慌てて頭を下げて、そのまま踵を返そうとする彼女を、オズワルトは呼び止めていた。


「いや、その、君のお兄さんではないんだが、そのお姉さんから預かり物で……そっくりだったから、ちょっと驚いて。こちらこそ失礼しました」

「お姉ちゃん? 生きてるんですか? よかった。帰ってくるって言ってたのに、帰ってこなかったから、あの日……城に行ったきりの父と同じで……その後、ティリカとの戦が始まって、すごく心配していたの」

 リーザはほっとした表情をしながら、一瞬表情を翳らせて、また笑顔を見せた。


「これ、君のお姉さんのいるティリカに咲く花で、リリカって言うんだ。花言葉は『大切なあなた』。君に渡して欲しいって、預かってきたんだ」

 そう、ヒルダが愛したもう一人の『大切なあなた』だ。

 彼女の手に氷漬けのリリカを落とす。コロンと転がったリリカ。

「お姉ちゃん、元気にしてますか?」

「あぁ、……。今もティリカ城にいる」

「伝えてもらえませんか? 私は元気で今はとても幸せに暮らしていますって」

 掌でそれを受けたリーザがそれを慈しむようにして包み、笑った。


「私はもう大丈夫だから。気にせず幸せになって欲しいんです。お姉ちゃんは大切な人だから。よろしくお願いします」


 ❀


 馬車に揺られる家族を眺める。

 他人だった者を繋ぎ、大切な者へと変えていく。どうしても断ち切ることのできない『絆』のようなもの。放っておけない自分以外の誰か。

 そのために生きることもある。


「その花は?」

「妹が、くれたんです」

 オズワルトに花をくれるのはいつも『妹』だ。少し笑えてきた。ティリカにいてもどこか空虚で、どこか、何かを恨んでいて。それなのに何も恨めなくて。鬱陶しくて、面倒で。だから、もうそういう存在は、誰もいないと思っていた。


 実妹を見れば何かが変わるかとも思っていた。恨み辛みを吐き出せるのかとも思っていた。しかし、生まれ出たのはそんな感情ではなかった。

 帰ろう……だ。


 そう、皆があの戦で誰かを失ったのだ。皆が同じように悲しんだのだ。


「素敵なご家族をお持ちだ。でも、だから何があっても頑張ろうと思える。頑張れるんですよね。まさに希望の花。ヒェスネビの花だ」

 彼の笑顔は幸せそうだった。その横で子供ふたりを寝かしている母親も。

「あなたに希望が降り注ぎますように」

「ありがとう。あなた方の未来が希望の光に導かれますように」

 彼らと交わしたのは、ヒェスネビ特有の挨拶だった。


 五つまでしか過ごしていなかったのに、覚えているもんだな……。


 馬車の揺れの凝りをほぐすためにグッと伸びをしたそんなオズワルトは、そろそろ見合いでもするかな、とあの厄介な上司とそのお節介な伴侶の顔を思い出していた。

「あぁ、だけど先に墓参りに誘われるな……」

 そろそろヒルダの命日だ。



 無くなったものは多い。悲しいことも果てしない。

 だけど、すべてが失われたわけではない。朝になれば必ず差し込む光のように。

 例えば、それに名前を付けるならば、きっとそれは『希望』だ。

 そんな希望を大切なあなたに。

 空にある太陽はそれぞれが一歩踏み出すための道を照らしている。


 馬車道の脇には今年もリリカが咲き始めていた。オズワルトの生きる国ティリカに戻ってきたのだ。



~~~~


『戦の果てに残ったそれは』了

そして、『偉大なソフィアはちっぽけなフィア~白き乙女と言われたとある少女の物語』完

白き乙女の物語は完結しますが、生き延びた彼らの未来はこれから広がっていくはず。

章終わりを『了』としてきているので、希望を込めて『了』と打ちました。


※4月16日追記

本編はここで終わっておりますが、ハッピーエンド感を高めたい方(本編に入れるにはちょっと甘っちょろいかなぁと思って入れなかったエピソード)を活動報告にて書いています。

もし、よろしければ。

「ソフィアはフィアを読んでくださった方へ 感謝を込めて」の活動報告

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/651277/blogkey/3276123/



お読みくださりありがとうございました。

またこの作者他にはどんなの書くの?と思われたら、広告を飛び越えて読み回りリンク集へどうぞ。

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