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『白き乙女』と『陽光の竜』

 

 ソフィアは基本誰に対しても言葉をぞんざいに扱う。例えそれがこの国ティリカを統べる国王であっても。魔女会の委員長であってもだ。だから、ではないが、基本誰からも気に入られることはない。

 そのため、ここに呼ばれる度にソフィアはいつも不思議に思うのだ。不思議というよりも、疑心すら沸き起こってくる。腹の底に別の何かがあるのではないかというような。

 黒い髪に青い瞳。まぁ、言ってみれば優男の代表のような顔。

 しかし、彼を見ていると、その疑心は振り払われていくのもまた事実だった。


 なんて馬鹿みたいな顔しているんだろう。良いカモのような……。


 そう思えて仕方がない。しかも、バルジャミンのお喋りは、全く気取っていない上に、えばってもない。さらに弱っている自分の寝室へ魔女を呼ぶだなんて、馬鹿としか言えない。

 普通は、信頼の置ける自国の魔法使いを置いておく。護衛払いもしない。

 ……が、頭は良く回る国王だと巷では評判である。実際、彼の統治を見ていても、馬鹿とは思えない。

 ということは、きっと、かなりへんちくりんな国王だ。そして、頷く。ナイトキャップ付きの国王を見て、得心できたのだ。警戒しなくても大丈夫。


「別に私じゃなくても、もっと安く上げてくれる魔女くらいいくらでもいるでしょう? 面倒くさい国王ね、本当に」

「伏せっているなど、国民に知らせたくない」

「変なプライドね。辛いと素直に泣けば笑ってやったのに」

 バルジャミンにとってのそれは、プライドからくるというよりも、様々な誘引を避けたいということでもあった。

「君は、ある一点において信頼のおける人物だ」

 国王バルジャミンは、誰ともつるむことのないソフィアを、そう言う点で大きく買っていた。腕も確かだ。

「まぁ、ありがたいこと。で、お望み通り、呪いの有無についても調べてあげたけど、呪いは掛かってない。あんたは、勝手に気に病んでるだけよ。良かったわね」

「また、優しくもないお言葉をありがとう。しっかりと胸に刻んでおこう」

 バルジャミンは力なく笑う。


 バルジャミン自身、分かっているのだ。このところ、いつまた竜が暴れ出すかと思うと、眠れない。やっと眠れたと思っても、胸が潰されたのではないかと思えるような発作を起こして、目を覚ましてしまう。ソフィアが連れているフィアという少女の村での出来事もそうだ。

 あの村が竜の禁忌や神域を侵すとは思えない。何がきっかけで、どの逆鱗に触れ、どういう基準で狙われているのかもさっぱり分からないのだ。

 そして、死傷者の数を聞き、生き残った者たちを知り、どうしようもできなかった無力さを感じる。フラッシュバックのように鮮明に沸き起こってくることもある。それを幾度となく繰り返した結果、眠れなくなった。

 そして、十日ほど前に突然めまいを起こし、長時間の会議に頭痛を覚えるようになった。医者に診てもらったが、どこも悪くないという。

 そして、食事の味がしなくなり、知らぬ間に床に倒れていたそうだ。

 寝込んでいる場合ではないのに。


 城下のように国全体に結界を張れば良いと簡単に進言してくる大臣もいた。

 いっそ竜討伐部隊を作れば良いのではないかという騎士長もいた。

 小さな国では、各地域に魔法省を建て、国全体に結界を施しているという王もいることは確かだが、ティリカのように広大になると、魔法使いの人数が足りなくなってしまう。要所に結界くらいが現実的に叶わない。


 同じく広大な土地を持つ隣国ヒェスネビなどは、討伐部隊を作り、小さな竜を見つけては、大きくなる前に駆除するという対策をしているのも確かだ。


 だが、どの国も大きな成果は出ていない。どれも有効打ではないのだ。

 それに、太陽と竜を崇めてきたこのティリカでは、できるだけ駆除という方法は避けたいのだ。


『白き乙女と共に現れる陽光の竜がこの世界を救う』とされるこの国では、駆除などという手に出たくないと、そう思う民衆も多い。


 結界に護られた城下の者たちなどは、人を襲う竜だけは邪竜だと、やっと竜討伐が正義だと認識してきたところなのだ。


 そして、バルジャミンはソフィアを眺める。竜をも簡単にねじ伏せる力を持つ魔女など、そうそういない。もしかしたら、ソフィアがその白の乙女なのではないだろうか、と。

 いつか、朝日のような白い光を纏い、光の竜とともに世界を安寧へと導くのではないだろうかと。


 白き乙女が闇に光をもたらし、願い給われ竜は応える。

 心を合わせ一つとなり、闇を射抜く矢となる。


 かの矢をつがえた乙女は、闇を切り裂く光。


 人々に希望を与えるために、放たれる一光の矢のごとく。


 祈れ光に、願えよ竜に。


 その手にある光と竜の文様を掲げ崇めよ。


 バルジャミンは城の壁に書かれてある権威の象徴を思い出していた。


 深紅に描かれた四方星。

 細いひし形を重ねたそれは、太陽とその矢を意味するもの。


 ティリカの旗である。


 バルジャミンの眺める面白くなさそうな魔女は、ティーポットの中に何かの粉薬を入れ、熱湯を入れている。面白くなさそうというよりも、本当に面倒くさそうだ。

「ぼんやりしていないで、淹れ方、覚えておきなさいよ」

「はい」

 バルジャミンが素直に返事をすると、鼻で笑われた。


 しばらく蒸らしたポットから、茶こしで綺麗に濾した抽出湯をカップに注ぐ。

 お茶の淹れ方と変わらない。

「覚えた」

 渡されたカップからは、薬効のありそうな苦い匂いと枯れ草の匂い、花の甘い匂いが溢れていた。そして、色は土留め色。見るからに魔女の薬だ。


「ゆっくりと、少しずつ飲めば良い。体温が少しずつ上がって、眠くなるから」

 匂いも複雑だったが、味もかなり個性的で複雑な味がするものだった。ただ、苦くて飲めないものでも、飲んで吐き気を催すものでもなかった。バルジャミンは、言われるままにゆっくりと息を吹きかけ、少しずつそれを口に含んでいった。


 カップが空になる頃、窓のカーテンを揺らすと風が心地よいと感じられるようになっていた。少し傾きかけている日射しも柔らかい。風とは、これほどに心地よく体にぶつかるものだったのか。太陽の光とは、これほどまでに優しいものだったのか。そんな思いにすら駆られてしまう。

 これもソフィアの飲み薬のおかげかもしれない。

「少し楽になった。風を感じられる」


 ソフィアが窓に顔を向ける。もう一度、風が安らぎを運んでくる。子どもたちの声だ。一人はフィアの。もう一人は、「ベルナンドだ。笑い声は久し振りに聞いた」

 何を喋っているのか、何を笑っているのかは分からないが、ベルナンドの笑い声にバルジャミンの表情がさらに和らぐ。無表情なソフィアは、そのバルジャミンに一つだけ尋ねた。


「ねぇ、ジョンって誰?」

 そして、その安らぎをいきなり奪った。唐突すぎて、繋がりが分からなかったのだ。何故、その名前を知っているのだろう、から分からない。目を丸くしているバルジャミンが答える。

「ジョンは……以前ベルナンドが飼っていた老犬だ。亡くなった妃から譲り受けた犬でもあるが、もういなくなってちょうど一年……か。それがどうしたのだ?」

 ソフィアはその質問には答えず、にやりと笑って続けた。


「私が白き乙女な訳ないでしょう? 悪魔と契約している魔女よ。人間ってほんと夢見がちで、愚かよね」

 あぁ、薬を飲む前に考えていたことを読んでいたんだな、この魔女は。しかし、バルジャミンは気を悪くするでもなく、穏やかに笑った。

「あぁ、夢を見るもんなんだよ、人間は。ただ、君がどんな悪魔と契約しているのか、私はそれだけが気になって仕方がない」


 本当に悪魔なんかと契約しているのだろうか。


「どうでも良いでしょう?」


「報酬は大臣から受け取ってくれ」

「いつも通りね。またしばらく遊んで暮らせるわねぇ。一週間は人間が大好きな規則正しい生活が送れると思うから、大人しくして、よく眠るのよ。また呼び出されたら敵わない」


 お辞儀もせずに部屋を後にするソフィアの背中を見つめながら、バルジャミンは笑いを堪えた。


 君が白き乙女でなくとも、その報酬の行く先は竜の被害に遭った村や町だ。

 おそらく、今回は直近のフィアの村のためへと送られる。

 君は心優しい嘘つきな魔女だ。ちゃんと知っている。


「またよろしく頼むよ」

 閉まった扉は、もちろん答えない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれのキャラクターと様々な背景が丁寧に描かれていて、さすが風花様の御作だと感心しております。 中々に本心を窺わせないソフィアと、そんな彼女を中心とした人間模様。 おそらく過酷な運命を背…
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