フィアの手紙
これはフィアが十五歳で城を下らされた時の話。
オズワルトは月に一度やってくる。ベルナンドは一度も顔を出さない。きっと、追い出したという負い目から、見せる顔がないのだ。フィアはそう思いながら筆を執る。最初のひと月はそんなこともできそうになかったが、今なら、なんとか……。
最初に出した一通は時候の挨拶から健康を気遣う言葉、そして、フィアの現状をたくさん書いて、どうして追い出したのかということを尋ねる内容だった。
しかし、返事はなかった。
もしかしたら、追い出したことを後悔しているのかもしれない。
そんな風に考えて、二度目の手紙には怒ってない、と半分嘘を書いて出した。
やはり、返事はなかった。
オズワルトが「ベルが心配する」と言うから書いている手紙なのに、いったいどういうつもりなのだろう。
餓死を心配しているのだろうか……。
筆を執る。少し意地にもなっていた。
朝食べたもの、五穀パン。昼食べたもの、木の実のスープ。夜食べたもの、そこに魚を入れたスープ。ポチが取ってくれたことも追記しておく。
これでどうだ?
何通かそういう手紙を書いたが、やはり返事はなかった。何を心配しているのだろう?
本日の売り上げ。傷を治す薬十個。お腹の薬三つ。注文を受けたもの二つ。
返事はない。もう、どう書けばいいのか思いつかなくなっていた。
本日の就寝時間、お月様が西へ四十度程傾いた頃。
音沙汰無し。諦めよう。そう思って最後の手紙を書いた。
リリカの花ことばは『大切なあなた』
ベルナンドとオズワルトは、壊したくない大切なあなたたち。
またあの中庭で花びらの砂糖漬けをみんなで食べたいです。
だから、壊されないよう私にできることを探しに行きます。
ヒルダのことは書かなかった。触れられたくないのかもしれない。思い出したくないのかもしれない。私だってきっと、同じになる。ベルが望んで、なんてこと絶対にないのだから。
だけど、この意地になって書いた手紙が、フィアの心の回復につながったのも確か。動かなくてはという原動力になったのも確かだった。
❀
「お呼びでしょうか?」
オズワルトの声がして、ベルナンドが顔を上げた。その手元には古い手紙の山とあのフィアの作ったリリカがあった。
「……ううん。僕の勘違いだった……」
ベルナンドが久し振りにオズワルトを呼び出した理由は、昨夜の長女に由来していた。ちょうど一歳のお誕生日だったのだ。
そして、そのフィアが氷漬けのリリカの花を、長女の御守りとして腰紐に付けていたのだ。
その光景自体は気にしなくてもいいのだが、そのリリカの花に見覚えがあって、オズワルトを呼び出していたのだ。
オズワルトが守り袋に入れていたのと同じだ……。それは今でも時々、寂しそうに見ていることのある物だった。
「もしや、今、はじめて手紙を開けられたのですか?」
「うん、だから、勘違い」
オズワルトの沈黙の睨みがベルナンドの表情を凍らせた。時々、こんな風に威圧するような、睨み付けるような視線をベルナンドに向けてくるのだ。まるで、わざと距離を取ろうとするような。嫌われたいような。そのたいがいはベルナンドが仕事以外で呼び出した時。
その度に、嫌われるのは僕で僕が君を嫌うことはない、とベルナンドは思い、胸に留める。
「一応聞いておくけど、それって仲間外れを心配したのか? それとも別の意味を心配したのか?」
「だから、もういいんだってば。王命、王命っ。もう下がっていいからっ」
全く都合よく王命を使いやがって……。
オズワルトは、どこか心にも思っていないようなことを言葉にしてしまいそうになり、歯を噛み締めた。
「王命っていっても、仮初の王様だろ?」
「仮初でも、……君の上司に変わりないっ」
まぁ、確かにセナ殿下が伝える言葉も、ベルナンドが了承したものばかりだ。
「それは失礼いたしました。くれぐれもフィアを大切にしてくださいね。私にとっての可愛い妹。唯一の家族のようなものなのですから」
そのオズワルトの言葉にベルナンドがからくり人形のように、謝り始める。
「ほんとうに、ごめん。申し訳ない」
そして、未だに『ベル』と呼べない自分に腹を立てながら、いつまでも謝り続けるベルナンドに苛立ちをおぼえ、オズワルトは続く言葉を遮った。
もう聞きたくない。
黙ったオズワルトは深々と一礼し、そのまま退出することを彼に断った。














