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『ソフィア・セーブル・リザニア=ティリカフィア=フィア・s・リザニア』

 

「要らなくなったら、真名と共に私に返しなさい。名前の意味が分かるアンタならできるでしょう?」

 そう言ったソフィアは伝説通りの白き乙女の姿となり、先にその名でフィアを縛った。

 そして、新たな白い光に満たされる。

 それは、白き乙女が陽光の竜と共にその内に秘められるための光だった。


 〇


 昨夜の出来事だ。

 フィアは宛がわれた自室で、どこを見ることもなく、一点を見つめていた。応接間と違い、いたって普通の部屋だった。

 ソフィアが言った。

「契約するかどうか、それもフィアが決めればいい」と。

 フィアがソフィアと契約をしなくても、ソフィアは行ってしまう。


「行くのなら、ベルナンドを連れて行きな。アンタだけじゃ無理」

 ベルを連れて行くことは、人間を殺したことのないフィアを慮ってのことかもしれない。ソフィアは別のことを言っていたけど。


「ついでに白き乙女の伝説を本物にしてやろうと思っているの」

 竜の巫女であるベルナンドが陽光の竜と共に現れる。

 確かにティリカの伝説通りだ。

「それに……」

 それにの後は、言わなかった。しかし、フィアはソフィアを心配している。


 契約魔に呑まれるというソフィアは、もう戻ってこれないのではないだろうか。フィアがその契約魔を使い魔にするなんて、……。

 ソフィアの意識がある間なら、確かにできるかもしれないけれど。

 フィアは扉を見つめて、立ち上がった。ソフィアに会いに行こうと思ったのだ。


 ソフィアの部屋もいたって普通の部屋だった。シンプルな客間とも言う。ベッドにクローゼット、小さな抽斗付きの机と椅子。窓にはカーテンがある。全部フィアの部屋と同じ造りだ。

 ベッドに寝っ転がっているソフィアは、入ってきたフィアを無視して本を読み続けていた。


「ねぇ、ソフィア……」

 本を読んでいたソフィアがその声に視線をあげると、フィアが心細そうにソフィアのベッドの脇にやってきていた。ディケは今夜からアレックスの元で眠るのだ。一応、お試し期間らしい。

「なに?」

 反対側を向いて読書をしていたソフィアは、面倒くさそうに読んでいた書物から完全に目を離した。

「あのね、さっきの話なんだけど」

「あぁ」


 そう、フィアを使い魔にするというあの話。


 ソフィアがフィアに真名を与えれば、フィアはポチのような存在になる。ただ、ポチを使い魔として使ったことのないフィアにとっては、あんまりピンとこないというのもある。

 使い魔は主人のために働く者。拒否権はない。

 知っていることはそれだけ。それだけで十分らしい。

 ただ、それも少し違うように思えたのだ。ソフィアが言う使い魔は。


「それって、ソフィアが消えちゃうってことなの?」

「しばらく見ないうちに……」

 ソフィアが体を起こしてベッドに座った。そして、フィアの頭に手を置いた。

「ほんとうに面倒くさくなったものね」

 だけど、その面倒くさいという言葉も、ソフィアには似合わない響きを持っていた。


 ソフィアがいなくなる。フィアの周りにいる人達は、みんないなくなる。

 王子様であるベルナンドも最前線にいるオズワルトもこの戦の行方云々で、この世界からいなくなるかもしれない。

 大切な人達ばかり、いなくなる。


 ――私にできること、できたことは誰かを犠牲にすることだけだ。私が弱いから、ソフィアまでいなくなる。


 ずっと頭の中を巡り続けていた考えが、またフィアを苦しめる。

 あの町での様子が思い起こされた。だから、ソフィアがヒェスネビの竜を止めてくれるというのなら、形勢は一転するのだろう。あの偽竜がいなければ、ティリカはヒェスネビなんてすぐに制圧できたはずなのだから。


 相手が竜だったから、……。


 そして、ソフィアは本来の竜の巫女として存在している者であり、ティリカが『白き乙女』と呼んでいた者と同等であり、全く違う者である。


 ティリカの白き乙女は初代ティリカ女王だ。ティリカそのものを救ったのは、その女王だから。

 ソフィアは、その竜を契約魔としてその内に秘めている者。ただ、ヒェスネビが陽光の竜もどきを造ったということで、今のソフィアだと力が、そう、単に数が多すぎて捌ききれないらしい。

 アリ数百に集られた人間のようなもの、という分かるような分からないような例えを言っていた。


 だったら、威圧できる形になった方が手っ取り早い。


「消えはしないよ。ただね、感覚的になる。だから、指示役のアンタが必要なのよ」

「うん……」

「私は私のやりたいようにするだけで、アンタがどうこう思う必要もない」


 縛るというよりも、繋ぐという意味合いが強いということも、分かる。感覚的になるということは、確実にあの戦場へ飛ばす役目。その操縦者としてのフィアだ。

 ソフィアの意志をその陽光の竜に認識させておく者。


 竜を弄ぶヒェスネビが許せないというソフィアの意志を、フィアが持つだけの話。

 だけど、それはソフィアが契約魔に呑まれるという形になってしまう。ソフィアは違うって言うけれど……。戻るだけだと言うけれど。

 もし、もっと私が役に立てば、そんなことにならなくても良かったんじゃないだろうか……。


「こうやって喋るのも最後だろうから、教えてあげるけど」

「うん」

 フィアはソフィアを眺めた。どこか棘のないような表情に見える。フィアの目に映るソフィアが揺れる。


「本当はもう少し時間がかかるかと思っていたわ。別にティリカが持ちこたえようと、崩れ落ちようと私には関係ないからね。だけど、間に合ったということは、フィアが歩いたからだ。人間は時々、魔女が考える時間を飛び越えて何かを成す時がある。だから、役に立つとか立たないとか、考えるな。フィアは、私にとっていなくなっていい人間じゃないということは、いつまでも変わらない」

「うん……」

「これはフィアが間に合わせた結果に、私が付き合ってやるだけ」


 変えられないという悲しみは落ちていく一方で。掬うこともできなくて、それなのに、温かい言葉に絆されて、また別の涙が落ちていく。フィアはどうすれば良いのか全く分からない。

 だけど、傍にいたくて。傍に置いていて欲しくて。


「何っ? 何よっ」

「今日は一緒に寝る……」

 フィアが向こうを向いて寝転がっていた。

「フィアは赤ちゃんじゃなくて、ポチなの?」


 ソフィアもフィアも互いの表情は全く見えなかった。だけど、ぬくもりだけは感じられる。もう、二度と感じることのない、ソフィアのぬくもりだ。


「おもらししないでよ」

「しないっ……」


 鼻に詰まった声に笑われる。だけど、ポチのようにソフィアの布団に先に潜り込んできたフィアを、ソフィアが追い出すことはなく、頭を撫でてくれた。


「アンタは十分に強いよ。だから、私を預かってほしい。それから、フィアが傍にいたい奴らを助ければ良いのよ。それは、フィアだからできることだ」

 泣き虫なフィアの頭は、泣きすぎて少し痛い。だから、一言分かることだけをソフィアに返す。

「私、ソフィアも大好き」

 呟いた言葉が胸に溢れて温かく広がっていく。


 私はソフィアが大好き。

 お母さんもお兄ちゃんも、お婆ちゃんも、お父さんも。村にいたお友だちも。

 優しいヒルダも意地悪なくせに温かいオズワルトも。

 とても失礼で勝手で、心配性で優しいベルナンドも。


「みんなも大好き。でも、一緒にいたいけど、嫌われたくない……」


 嫌われたくない。失いたくない。とてもわがまま。だけど、フィアの気持ちだから、仕方ない。だけど、繰り返す自分への嫌悪感。違うの……と呟きたくなる。だから、良い子で役に立ちたい。それなのに、怖くて近寄れない。


「好かれているかどうかなんて、そんなのは、フィアが勝手に相手も好きだと思っていればいいことよ」

 普段あんまりしゃべらないソフィアの長いおしゃべりは、フィアの中にどんどん染みこんで、夜はどんどん更けていく。


「ほんっとうに、人間ってめんどくさい」

「だったら、一緒にいてよ……」

「だから一緒にはいてあげるわよ」

「そうじゃなくて……」

「ほんと、面倒くさい」

「うん……」

「寝たの?」

「……まだ……」


 そして、静かな闇の帳が、背中合わせの二人を静かな寝息へと導いていった。


 〇


 私は偽物の陽光の竜を消し去りたい。それだけよ。あんなのに、支配されるなんて竜たちが可哀そう。

 だけど、真っ向から向かっても、アンタの実力じゃ勝つことはできないわ。だから、中心に下ろしてあげる。

 フィアの好きなようにすればいい。私を任せる代わりに、手伝ってあげるわ。


 そう、契約するとは、フィアが決めたこと。


 フィアはこの戦を終わらせたい。じゃあ、人間を前にひるむかもしれないフィアじゃなく、確実に終わらせられる覚悟を持っているだろうベルナンドが適役。

 それなのに、ベルナンドは行けないのだから。ベルナンドがそのために苦しんでいることは、ずっと知っていた。


 もし、責められて傷つくのなら、その後だ。終わってから。


 太陽に似た白くまばゆい光が、収束していく。光の中から現れたのは、空の色の瞳を持つ穢れなき一頭の竜。伝説の陽光の竜である。フィアが彼女を前にその手を掲げ、彼女に告げた。

 二重縛りをするのだ。

「ソフィア・(セーブル)・リザニア=ティリカフィア=フィア・(ちっぽけな)・リザニア。新たに与えた契約名に基づき、新たなソフィアとの契約を今」


 黒きソフィアはちっぽけなフィアへ、ティリカのフィアとリザニアの竜と共にあらんことを、ここに。


 闇に輝く光のように。


 そんな意味を持つ真名。

 陽光の光と同じ色の髪を持つ少女の瞳は、深く育った緑ではなく、豊かに肥えた大地の色をしていた。


 共にあらんことを。


 その光を握り取るようにして、フィアはその拳を胸に充てた。


 好きなものと共にあろうとするのは、私が勝手にすること。嫌われたって構わない。


 魔女はきまぐれで、信用ならないもの。だから、ソフィアがその気まぐれを起こしてくれているのであれば、フィアはソフィアを使わなければならない。



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