『アレックス・ジョニージョニー・イグナリカ=?』
他人が見れば牢獄のような場所だった。窓の代わりに格子の入った片開きの木戸。薄暗い暗明色の乏しい光源と、簡素ベッドに扉のないトイレ。一応目隠しで、腰丈のついたてはあるが、部屋としてはかなりおかしな構造だった。
半面、重厚な飾り棚にはやはりたくさんの彼のコレクションが大小さまざま並んでいる。きちんと整列しているようで、彼の目を盗み、動こうとしては目が合い、止まるを繰り返していた。
そう、彼らはアレックスにその姿を滅茶苦茶にされた者たち。逃げる機会を探っていたり、彼を殺す機会を狙っていたりする。
騙された者、自業自得の者。さまざま。
そう思えば、牢獄と言ってもいいのかもしれない。
しかし、そこは正真正銘アレックスの寝室で、アレックスにとって一番心安らぐ場所である。
そんな敵意溢れるその場所に、檻にも入っていない竜をのさばらせているのだ。やはり、アレックスはかなり異常なのだろう。
「さて、君はコォノミが好きらしいね」
アレックスはフィアと同じように極上のコォノミをその手からぽろぽろ転がし始めた。しかし、ディケはそっぽを向いてしまう。
「好き嫌いをするのか。ふむ」
ディケはその背を撫でて納得する。
「そうか、風……初夏の風かぁ」
アレックスの感じたものは微量な風の力。おそらく、この緑薫る、そんな安らぐような色の魔力を食べてきたせいで、この竜は暴れることもなくここにいるのだろう。
拘束する手間が省けてとてもよろしい。
「では、これでどうかな?」
ディケが少しだけ興味を持って、そのコォノミに鼻を近づけるが、やはり食べようとしない。
「ふむ」
今度は頭を捻らなければならないかもしれない。そう思い、ここでは異様に豪華な一人掛けのソファに身を沈めた。
腹は減っているのだろう。しかし、食おうとしない。
ぎろりとコレクションを眺めまわす。
誘導するようなものは含んでいないが、こうやって頑なに食べなかった者は、どれだったか……。
そんなことを思いながら。
「あぁ、君か」
それは恋人を追いかけてここにやってきた少女だった。今はその恋人の横にちょこんと座らせてやっている。彼女の場合、その純粋馬鹿な気持ちを尊重して、姿は美しい妖精女王にしてやった。
トンポゥの透明な羽を生やして、彼の元へいつでも飛んでいけるようにと。隣に座るのは、そのトンポゥの好物であるオキシャロンだ。オキシャロンは主に魔力を含む植物を食い荒らし、トンポゥはそのオキシャロンを好んで食べる。
彼女の好きな彼の顔を持つオキシャロン。空を飛べる羽はないが、跳躍力をカバーする翅を持ち逃げ足の速い脚を持つもの。そんな彼が彼女の元から逃げる度に、彼女は捕まえて戻ってきてくれる。
アレックスが若いころに作った作品のため、出来としてはまずまずなのだが、気に入っている作品の一つだ。
「口をつけておくべきだったな」
アレックスは次の実験のために反省点を上げておく。
「さて、分かったぞ」
アレックスは立ち上がり、再びコォノミを作り上げる。
そう、あの竜の巫女は幼いのだ。
魔力が低い。しかも、使い魔としても不出来だ。いや、……。
使い魔としてソフィアを満足させられる役目は、果たせるようになっているのか。
彼女がソフィアを求めて歩いたように。おそらく、この偽竜も彼女を求めてずっと追いかけるような性質を持っているのだろう。人間の好きな『情』というくだらない関係で結ばれているのだ。人間はその情に縛られて、時に命を擲つ。
アレックスにとっては真名で縛っている方が、分かりやすい構造だった。
ぽろぽろとコォノミがディケの足元に転がっていく。
現在存在するどの竜の巫女よりも本来に近い者。おそらく、今生最後の。とても良いものを見せてもらった。
「君が気に入るのもよく分かる……いや、人間に深く関わり過ぎた結果か?」
鼻で転がしたコォノミを一つ食べて、食欲が止まらなくなったディケを見ながら、アレックスが満足していた。
そう、だから魔女は人間を嫌う。人間は時に思わぬことをやらかして、魔女を追い詰めるから。
その点、魔女は気楽だ。決してぶれない。
警戒の方向性を変える必要も無い。