お城のお友達
王様のお部屋には連れて行けないと言われたフィアは、小さな中庭で待つことになった。中庭には棘のないマルバラがたくさん咲いていて、背が低くて細い枝の木々が中庭の周囲をぐるりと囲っていた。あの木の向こうには、調理場があって、兵士がいて、その兵士達が休むための宿舎があって、フィアが潜ってきた二番目の門へと続くらしい。
それはフィアが走って小一時間は掛かるくらい遠い、とソフィアが言っていた。
そして、くれぐれもフードは脱ぐなと言われた後に、かわいいお仕着せのメイドさんが呼ばれた。フリルの付いたエプロンがかわいい。
「フィアです。よろしくお願いします」
「ヒルダ、と申します。よろしくお願いします」
その後から、ヒルダがフィアを見守ってくれている。ちょっとお姉さん。フィアはアリや蜂、蝶が花によってくる姿を見ながら、観察というものをしていた。花びらが何重にも重なり合っているマルバラは、それでも隠せない甘い匂いがする。鼻を近づけると、黒い小さな虫がちょこちょこ歩いているのが見えた。
「アリさん」
フィアはそのアリを見つめながら、空を見上げる。蝶がやはり甘い匂いに誘われてふわりふわりと羽ばたいていた。フィアがじっとしていると、花に止まり、そっとその口にあるストローを花びらの隙間に差し込んだ。
みんな蜜を求めるのに、みんな違う運び方をしている。そして、それを狙う小鳥の存在。
あんなに綺麗な声で鳴きながら、ひょいっと昆虫を啄んでしまう。
小鳥にとって、ごはんだから。フィアは知らない間にポリポリと腕を掻いていた。
あ、蚊に刺されてる……。これもごはん。小鳥よりも大きな私は、蚊に食べられちゃった……。
フィアは、そんなことを考えて過ごすことが多い。あの日から、ずっと。竜がどうして村にやってきたのか、そんなことを考えて、考えたくなくて、考えを逸らすように。
ヒルダがフィアを呼ぶ。
「フィアちゃん、甘い果物とお菓子を用意したわよ」
「はーい」
アリから目を離して、元気に返事をしたフィアは、『甘い』に反応して駆け出した。
フィアも『甘い』が好きだ。
小さなテーブルの上にはオレンジにリンゴ、イチゴにブドウの乗ったカゴと、あの町にあった瓶詰めのキャンディー、そして、花びらのお菓子があった。
「わぁ、……わぁっ」
フィアの声にヒルダが嬉しそうに教えてくれる。
「それはね、薔薇の花びらをお砂糖でしっかり漬け込んで、甘くした食べものなの。ここでしか食べられないのよ。フィアちゃんは幸運よ」
「食べても良いの?」
「えぇ。どうぞ」
花びらのお菓子を一枚摘まみ、目の高さまで持って行く。ちゃんと花びら。なんだかかわいい。太陽に透かしてみると、花びらが磨りガラスを纏ってきらきら光って見えるようだ。
「本当に食べても良いの?」
とても高級なガラス細工のように見える。食べたらなくなる。もったいない気がする。
「食べられるものだから、心配ないよ」
別の声がした。男の子の声だ。フィアがびっくりして振り向くと、ヒルダが深々と頭を下げていて、立派な服を着た男の子が立っていた。薄茶色の髪が綺麗に梳かされている水色の瞳の男の子だった。ヒルダよりも少し小さい気がするが、お金持ちっぽい気もする。ふわっとしたブラウスの襟には紫色の綺麗なリボンが結ばれているんだもの。
きっと、お金持ち。
だから、丁寧に訊かなくちゃ、とフィアは立ち上がって、彼に丁寧に尋ねてみた。ソフィアのように『アンタ誰』のような、ぶっきらぼうじゃいけない。
「お兄ちゃんはだれですか?」
一瞬きょとんとした男の子だったが、すぐに返事を返した。
「僕のこと知らないんだ」
面白そうに笑う男の子と、慌てて謝るヒルダに、フィアは首を傾げる。ヒルダが何か言おうとして、男の子がそれを制した。まるでご主人様のように。だけど、彼はフィアには人懐っこい笑顔を向けた。
「ジョンって呼んで」
それを聞いたヒルダがさらに慌てる。気にはなったが、フィアにはよく分からない。でも、名前を聞いたら自分も自己紹介。これはお母さんに教えてもらったこと。
だから、フィアは気にせずに、自己紹介した。
「はい。私はフィアです。よろしくお願いします」
ちゃんと言えたはず。フィアは自分を褒めながら、ぺこりと頭を下げた。お城のお友達ができた。
「うん、よろしく、フィア」
ほら、間違っていない。フィアはお友達と仲良くなったことを喜んだ。
「ジョンも一緒に食べよう。たくさんもらったから」
「うん。ありがとう」