『アリア・フィッシャーマン・シャット=?』
紛うことなく猫耳の黒いドレスを着た少女だと思う。見た目はかわいい。だけど、おそらく五百年以上の年月を感じられるくらいの、そんな魔力だった。緊張しながら彼女に近づいていくと、彼女が可笑しそうに笑った。
「あらぁ、この靄が見えるのぉ。あなた、幻術に慣れているのねぇ。じゃあ、あたしが何に見えているの?」
黒い靄が彼女の指に絡まりながら、くるくる回されている。くるくるに合わせて、骨抜きさんがくるくる畳まれていく。その様子を見ているフィアの緊張は高まり続けた。
「女の子です。小さな……」
すると、彼女が目を輝かせた。黄金の瞳だった。
「あたし、アリア。そう、あなたを虜にする姿は小さな女の子なのね。嬉しい。魔女の連中は『猫』にしか見えないって言うし、人間はいわゆる大人の美男美女?ってのに見えるらしくて、失神しちゃうし。あたしは、まだまだ生まれたてぴちぴちなのに、いつも失礼ねって思ってたのっ」
どうも、姿に合わせて話し方を変えるらしい。だけど、今のところ骨抜きにはされないようだ。とにかく、普通の人間には失神するくらいにおぞましい姿に見えるのだろう。警戒はあって無駄にならないはずだ。おそらく、『虜』ではなく、彼女から感じられる魔力の雰囲気がそう見えさせるのだろうけど……。
ベルナンド風に言えば、網膜を通り抜けた魔力が光の代わりに焦点を結び、その後、脳に働きかけて、そう見えさせる、になる。
彼女の魔力は、ソフィアの暖かな光のものと違って、遊んでほしさや寂しさ、わがままさがある。
多分、ソフィアのあの膨大な魔力に慣れているフィアだから感じられる、彼女とソフィアの違い。
「あの、彼らはどうするのですか?」
「この子たちは、コレクションにするのよ。壁に貼っておけば、何人が骨抜きにされたか分かるでしょう?」
その悪びれもしない答えに一歩、退いてしまう。そして、後悔。怒らせてしまっていないだろうか。
「あたし、この姿が気に入ったの。あなたがいれば……そう、あなたの名前は何?」
「フィア……です」
正直に答えたはずなのに、彼女がお腹を抱えて笑い始めた。
「もっと警戒するのかと思ってた。でも、意外と素直なのね。教わらなかった? 真名は教えないようにって。あなたの名前、それ本物よね?」
「教わりました……」
本当の名前だけれど、大丈夫なのだ。使い魔は『使い魔』としての名前を使役者にもらって、使役される。それが新たな縛られるための真名になる。もちろん、世界中に散らばるその他大勢の『フィア』の中にいた段階での真名は『フィア』だけだったのだろうけど。
今はそのフィアだけで縛られることはない。
そう、ソフィアのフィアなのだから。
使い魔でないのなら、教えない方が良いのは確かなのだけど。実際、フィアは教えようと思っても、自分の使い魔としての名前は知らないのだけど。ポチみたいに縛られているとも思えないのだけど。
「まぁ、すでにソフィアのものみたいね。残念」
その何気ない言葉に今度はフィアが思わず前のめりになっていた。
「ソフィアを知っているんですか?」
「えぇ。でも、ここじゃなくて、あなたのおうちに招待してくれる? お友達がふたりいるのでしょう?」
息を吞んだフィアの心を読むようにして、「大丈夫、ポチも竜の仔もコレクションにしないわ。あたしのコレクションは、求婚者に限るから」と、夢見る乙女のような微笑みをフィアにくれ、そのまま結界の中を覗き込んだ。
言われるままご招待するしかなかった。とりあえず、あの砂糖菓子をお茶請けに出すと、目を輝かせて「何これ、お菓子なの」と瓶に夢中になっていた。
「お水飲みます?」
「いらない」
フィアはその断られた水を一口呑み込んだ。今、正座しているフィアの目の前のアリアは、上機嫌で竜の仔の背中に乗っかって、砂糖菓子をポリポリ食べている。そんなところは見た目通り子どものようで、それに夢中なのだ。
「あなた、魔女会への通行証を持ってるわね? ソフィア付けの。それを頼りに降りてきたのよ。そうしたら、人間の奴らがこそこそしてて、また良からぬことをしているのかと思ってたんだけど、まぁ、別にどうでも良かったんだけど、ソフィアのこと知らないかと思って、話しかけた途端にプロポーズされたから、仕方ないわね」
とてもよく分からない。先ほどの出来事を思い出しながら、いつアリアがプロポーズされていたのかを考えてみるが、そんな瞬間は一度もなかった気がして堪らない。もしや、攻撃するということがプロポーズなのだろうか? じゃあ、攻撃さえしなければ生かされる可能性が高い。
それでも、通行証のことは正直に話すべきだと、やはりフィアの第六感が言っていた。
「ソフィアが落としたみたいで……今は私が持っているんです」
アリアは、フィアが見せた通行証を奪うように取って「ふーん」と興味なさそうに眺めて、すぐにそれをフィアに返した。
ただ、いくら食べることを躊躇してしまうお菓子だったとしても、目の前でこうも遠慮なく食べられると、なんだか食べておけばよかったという気持ちまで生まれてきてしまう。
甘いものは手に入りにくいのだし……。
「これ、美味しい。どこで手に入るの?」
「ティリカリカの高級菓子店には、あると思いますけど……」
「ティリカリカね。覚えておくわ。それで、ソフィアがね、ずっと魔女会をさぼっているから、一言申し付けてやろうと思ったら、あなたがいたの。ねぇ、あなたは、動物調教かなんかの関係者なの? 使い魔にフォギーをってのも初めて見たし、珍しいわ。まぁ、フォギーはともかく、竜が懐くなんて、あんまりないんだけど……」
あの骨抜きふたりのことはすっかりスルーのアリアは、思ったことをすぐに口に出してしまうようだ。
「でも、無防備すぎるあなたを見て、積年の謎がひとつようやくわかったの。ソフィアってやっぱり変な魔女だったのね」
悪戯ににんまりしながら、砂糖まみれの短い指を必死になって舐っているアリアが、かわいいと思えることに、フィアはなんとなく悔しさを覚えてしまった。
ほんとうは、警戒しなくちゃならないのに。