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竜の仔

 

 生き残った兵たちと町の人たちに見送られ、フィアはまた歩き始めた。次の町までは、少し距離がある。間にはやはり峠があり、それを越えていかなければならない。

 花びらの砂糖漬け。あの兵隊さんの彼じゃないけど、まだしばらくは食べられないかな……。

 そんなことを考えていると、人気(ひとけ)がないことに気づいたポチがフィアの足元に現れた。

「ポチ、白き乙女、ここには来てなかったみたい」


 寄り道の多い道のりだった。竜が現れたという声を聞けば走り出し、竜の姿をみれば、追いかけた。何かの役に立ちたい、たぶん、初めはただそれだけだったのだ。

 しかし、最近になって白き乙女が現れたのだ。

 白き乙女が助けてくれた。そんな町や村に出会うことが多くなった。

 白き乙女なんて、今まで存在すらなかったのに、どうして今その姿がよく見られているのだろう。


「でも、まずは魔女会へ……なんだよ」

 それは、峠を抜けた初めての村でソフィアからの置き土産があったからだ。魔女会への通行証だ。きっと、行けってことだと思う。だけど、魔女会がどこでされているのかも分からない。

 満月の夜に開かれている、ということだけで。

「今夜だよ……それまでに行ける気がしない」


 だけど、ソフィアはフィアが空を飛べないことは知っている。魔女でもないのに行く必要なんてないとも言っていた。それに魔女会が行われる場所にたどり着くには、灼熱の砂漠を越えた後にある氷点下二十度の山を越えた酸素の薄い先にあるらしい。

 どう考えても、フィアにたどり着ける場所ではない。

 ソフィアは不必要な言葉で指示を出さなかった。

 通行証の意味はなんなのだろう。

 考えても思い当たらない。本当に単に落としただけなのだろうか。

 ただ、意味を考えたいフィアはいる。


 町の当てが外れてしまったために、少し進んでから野宿になった。もちろん、彼らとあの町で一夜を共にするという選択肢もあったのだが、どうしてもフィアにはできなかったのだ。

 壊された町は、過去を蘇らせる。少しでも離れたかった。

 道の脇にある、木々を分け入り、水のある場所まで進む。水の場所も、水を感じればどこにあるか分かるのだが、今回は運よく清流を見つけられた。

 はずれの時は泥水だったりする。

「今夜は幸運よ」


 そう言ってから鞄の中から鍋にも使えるコップを取り出して、水を汲み、干し肉と香草、さっき拾った木の実と貴重な塩を一つまみ入れて、火にかけた。こういう時、魔法使いは楽ができる。

 ポチにはその清流で人工のコォノミを作って食べさせた。

 陽鉱石は高級だから小さいものしか持っていないが、それでも夜の明かり取りくらいにはできるので、一応、枕元になろう場所に置いておいた。魔力の節約だ。

「ポチ、結界張るから、中に入って」


 それから、お腹が膨れて嬉しそうに木の幹を引っかいたり、飛び跳ねていたポチを呼んだ。ポチの緑の瞳がフィアを映して、ぴょこんと結界の中に入ってくると、フィアはどこか安心して、無意識に表情を緩めてしまう。結界には幻術の魔法も掛けておくとよほどの魔力持ちじゃないときっと気づけない。

「これで安心」

 ソフィアには気づいて欲しいからちょうどいい。

 手際よく野宿の準備を進められるようになっているフィアは、そんなポチを胸に受け止めて、温かさを感じていた。

「ポチがいれば寒くないね。ありがとう、ポチ」

 ポチは感情の映らない緑の瞳で、フィアを見上げる。だけど、気持ちがないわけではない。竜だってきっと。ソフィアは、そんな竜の気持ちが分かっていたのだろうか。

 ソフィアが竜を殺した場面は、あの時しか見ていない。あの時は、必死で、ただ彼女のしんとしたその様子に目を奪われていて、……。


 魔法はイメージから生み出される。

 ベルナンドは小難しいことを言っていたが、彼のそれがまさにそれである。たぶんベルナンドは、幻術技術の骨頂くらいにはたどり着いていると思う。

 とてつもなく魔力量が少ないだけで。

 そして、ソフィアはとてつもなく魔力量が多い。なんなら、国ひとつくらい指先ひとつで滅ぼせるんじゃないかと思えるほど。

 あの時、風の中に立っていたソフィアは、どうしてあんなにも静かだったのだろう。どんなイメージで立っていたのだろう。フィアは風の防壁を作ってはいるが、あんなにも静かには立っていない。

 まるで竜を手懐けているような。もしくは威圧するような。


 暖かさをフィアにもたらしていた火が爆ぜて、橙の火の粉が天に向かい、届かず消える。そんな様子を見ながら、そっと小枝をくべる。小枝に火が移るまでは、少し火力が落ちる。

 しかし、小枝に乱れて小さくなった火が、仕返しとばかりに小枝を呑み込み大きくなるのも知っている。

 火が好むものを呑み込ませれば、火はより大きな火になる。

 それは、魔物や竜にも通じる。

 例えば、ソフィアやフィアがする竜退治は、仕留めなければ諸刃の剣になる。

 例えば、ソフィアが竜に呑まれれば、竜はとてつもない力を持つことになるだろう。今いる白き乙女が、ソフィアだった場合、……。

 いや、ソフィアだった場合を考えるのなら、いったい何をしたいのだろう?だけでいいのかもしれない。ソフィアが負けるイメージがないのだから。

 どちらかといえば、フィアが呑まれた場合の方が、恐ろしい状態になるだろう。


 フィアの膝の上にいるポチは動かない。眠ってしまったようだ。そんなポチの背に顔をうずめると、温かいにおいがする。

「ポチのにおいだ……」

 魔物っていったい何なのだろう。竜っていったい何なのだろう。

 霧霞を食べる物という分類以外は、何も定まっていない。それなのに、肉を食べる獣よりも狂暴で、人に害をなすことが多い物。


 じゃあ、魔女って、なんなのだろう。


 ポチの耳が動き、結界の外を見つめる。

 人の気配がしたのだ。何かしゃべっているが、聞き取れない。

「ポチ……少し待ってて」

 もう一つ。もう一つある。

 こっそりと結界の外に顔を出す。外が暗くてあんまりよく見えないから、四つん這いで、頭だけをそっと出してみて、冷たいものがおでこに当たった。雨のような液体じゃなくて、表面積の大きな固形物。悲鳴を上げそうになった。

「ひっ」

 慌てて口をふさぐ。ひんやりとしたものは、その背中だったようだ。


 竜の幼生がいたのだ。生まれたてだろうか。全く攻撃性を感じられないし、竜特有の魔力すら感じられない。まだ、まっさらなのだ。その綺麗な白色がわずかしかない月明りを吸い込んでいた。そう、害意がない竜は、こうやって陽光を吸い込みながら大きくなっていく。そして、数日すれば魔力の密度を求めて、陽鉱石やコォノミを食べ始める。足りなくなれば、魔力を秘めた生き物をだ。

 魔法使いが絶対的に少ない理由にもつながってくる。


 声が聞こえてきた。小声だからというよりも、言葉自体が違うような、そんな声。

 互いが短い会話をして、しばらく間が開く。そして、また同じ言葉。

 竜を探しているのだろうか。幼生であっても、かなりの重量が……。いや、魔法使いがいる。この国のではなさそうな、そんな魔力の動き。


 おいで

 フィアが手招きをすると、竜がさらにフィアに近づいてきた。

 幼生と言っても、すでに大型犬くらいの大きさはある。竜が入るとさすがに少しスペースが狭くなったが、ポチも全く攻撃しようとしないし、たぶん大丈夫なのだろう。

 あれだけ怖いと思っていた竜だったのに、なぜか綺麗だとまで感じられる。

 滑らかでまだ柔らかい鱗にうっすらと色づいてきた水色の瞳。まだどの竜なのかは全く分からないが、あどけなさも感じられた。そして、どうしてフィアのいる場所に近づいてきたのかに思い当たった。


 お腹減ってるの?

 小声で確かめて、手のひらにコォノミを作り出す。ポチのしっぽが嬉しそうに揺れているのを見ると、ちょっとおかしくなった。

 ポチも待ってね

 ぽろぽろとコォノミを作り出す。水の中に魔力を籠めて固めていく。氷のリリカと同じような作り方である。

 ポチは落ちたコォノミをポリポリ食べ始め、竜の仔がそれに鼻を近づけ、突っついた。


 食べていいのよ

 にっこり笑うと、竜がフィアのコォノミを恐る恐るという風に口に入れた。

 かわいいかも。


 声の向かう方向が変わった。明らかにフィアのいる方向へ向けての言葉だ。

 あ……やりすぎたかも。

 フィアは仕方なく立ち上がった。伸びをしたポチが首をかしげて、フィアの足元で見上げていた。

「ごめん、ポチ。その子よろしく」

 ポチは分かったのか分かっていないのか、ただフィアを見つめて竜の仔のそばへ向かった。フィアは結界の外へ。


 月闇に光るは、魔法の光。やっぱり、魔法使いがふたりいる。魔法の雰囲気がティリカの者ではない気がした。竜を狩る国といえば……ヒェスネビの可能性が高い。

 どうしてティリカにいるのかは知らないが、きっと無断越境だ。


 こんな夜の森にいなければ、フィアは普通に十七歳の女の子に見える。普通に見えてくれていれば、やり過ごせる自信はあった。こそっと、回れ右の魔法をかけてやれば、なんとかなりそうだから。だけど、この森の中にいるとなれば、いろいろ勘違いされるかもしれない。

 先手必勝が使えないかもしれない。

 ヒェスネビは魔女を毛嫌いしているらしいし。使い魔のいる魔法使いなんて、フィアしかいないわけだし。


 とりあえず、ここから離れるべきか……。

 音を立てて走り出そうとして、もう一つの変な魔力を感じてしまった。


 ねっとりと森の中をまさぐるような。そんな黒い粒子だ。触ってすぐに爆ぜるとかそういうものではないようだが、なんとなく触ってはいけないような気がした。


「あらぁ、こんな場所に人間。ちょうどよかったわぁ。あたし、とある魔女を探しているのよぉ」

 間延びするような声が聞こえて、直後に閃光が走った。森の中が一瞬ホワイトアウトする。攻撃したのは、どうやら魔法使いの方のようだ。

「あらぁ、またあたしの魅力に憑りつかれて、……ごめんなさいねぇ。そうそう、そちらのお嬢さん、あなたにもお話があるのだけれどぉ。いいかしらぁ?」

 触れてはいけないし、断ってもいけない。フィアの野生が言っている。

 彼女の魔力は、ソフィアに匹敵するものだ。足元には、伸びきった魔法使いがふたり倒れていた。

 そう、比喩ではなく。彼らは骨抜きになって、伸びきっていたのだ。そして、あの黒い粒子は、彼女から発されていた。


 その恐ろしい彼女は、発せられる雰囲気にはまったく似合わない、猫耳をつけた小さな少女だった。


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