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偽物と本物

 

 空が青く低く輝き始めるのは夏に入ったから。そして、王城内はヒリヒリする夏の日差しのような雰囲気が、ずっと差し込んできているようだった。そのためにベルナンドは忙しく、春に比べれは全然やってこない。

 ひりつきの理由は誰も教えてくれないけれど。


 そんなひりつく王城に反して、魔法制御では、もう教えることはないと言われてしまったフィアは、時間ができた。その時間を、王城で出た洗濯に使うようになっていた。

 一人でいても、感情は動かない。誰かと一緒にいなくちゃと。

 だから、ヒルダが侍女頭のアザルアに頼んでくれたのだ。


 最初は、国王陛下のお客様にそんなことさせられないと言っていた侍女頭だったが、二日後には了承されていた。どうやら、国王陛下が「させたいようにさせてやればいい」と仰ったらしい。

 単なるフィアの言葉を国王陛下にまで届けてくれたアザルアは、とても真面目で優しい気持ちの持ち主なのだろう。

 たくさんの若い下女と共に洗濯桶にあるシーツやテーブルクロスなどを洗う。フィアが洗うものは、全部、王城に付属するような布。

 国王たちの衣服は、また個別で特別な人たちが洗うらしい。

 確かに、この下女たちと一緒に面識のある国王様たちの下着まで洗いたくない。

 フィアは、そんな風に思いながら、黙々と泡を立てていた。


 隣では楽しそうなおしゃべりも聞こえてくる。別に、加わりたくないということでもないのだが、内容が嫌だった。

 フィアの悪口で笑っているのだ。

 悪口だと思う。


「ほら、王子様に気に入られてる子」

「取り入ったらしいわよ」

「それに、あの髪でしょう?」

 その声を聞いて生まれてくる感情は、泡と一緒にぜんぶ流れるかもしれない。そんなことを思いながら、やはり黙々と巨大なシーツを揉み出す。

「身の程弁えなさいって話よ。偽物のくせに」

「ほんと、置いてもらってるだけの役立たず」


 手は休めずに、きゃきゃと笑う声は子どものようでいて、毒を孕んでいるようでいて。どういうつながりかも知らないくせに、国王陛下とのつながりに怯えて、面と向かっては言えないくせに、とフィアは唇を噛み締めた。フィアはフィアで、ソフィアのことを広めたくないのだ。ソフィアの名前を出せば、収まるのかもしれないけれど。でも、身の程が分かっているから、お客さんじゃないから、何か役に立ちたいと思ったから。

「ねぇ、今、町に……」

 しかし、彼女たちのおしゃべりは小鳥のように、口をついて出ていくだけで、彼女たちが本気でそう思っているわけでもない。

 幼い可愛さが抜け始めてきた十三歳のフィアが、ベルナンドと仲良くしているということを、やっかんでいるだけで。自分たちの方が、大人なのにと言いたいだけで。身分違いが許されるのならば、自分たちだっておしゃべりしたい、ただそれだけで。


「おしゃべりはやめなさい」

 侍女頭であるアザルアは定期的に下女たちの働きを見回る。注意を受けた彼女たちのお喋りが止まると、ほっとした。そして、そっと肩に手を載せてくれる。声をかけないのは、きっと思いやりなのだろう。

 アザルアはフィアの事情を知っているから。

 それなのに、涙が出てきてしまう。最近はベルナンドもとても忙しくて、会ってもいないんだから。

「泡が目に入ったの? 顔を洗ってらっしゃい」

「……はい」

 淡々とした言葉で侍女頭のアザルアがフィアを促すと、笑い声も一緒に聞こえてくる。


 フィアは一度別の仕事にするかと尋ねられたことがあった。一緒に仕事をする相手との相性が悪いのだったらと。でも、きっと、どこでも言われるのかもしれない、と思うと動けなかった。

 ここで良いと思った。

 だって、洗濯はヒルダが褒めてくれたものだし、お母さんと一緒に泡で遊んだ思い出があるものだし。

 あの子たち相手でも、気持ちを鎮めていられれば、大丈夫の自信になりそうだし。みんな、頑張ってるし。

 だけど、フィアはソフィアのように強くない。すぐに泣いてしまうし、すぐに腹を立ててしまう。

 井戸から水を汲んで、桶に入れて、手を浸ける。井戸水は夏だというのに、とても冷たかった。ばしゃっと顔にかけると、熱くなっていた瞼にとても気持ちいいことに気づく。


 あんなの、気にすることないわ。

 私は、役立たずじゃない。もし、魔物がここに襲ってきたら、あの子たちは何もできない。

 それに、ヒルダだって、アザルアだって、ベルナンドだって。ちゃんと私を知ってくれているんだから。

 だけど、今度は頬が熱くなった。もう一度顔を洗う。

 あの声が近づいてきた。

「もう洗ったから、干しておいてね」

「それくらいはできるよね」

「……はい」


 フィアは足元に置かれた籠を見下ろす。ふたりで持ってきた大きな洗濯籠に、濡れたシーツが何枚も入ってあった。でも、持つしかないのだろう。

 振り向きもせずに、急いで歩く彼女たちに期待は持てない。

 ソフィアもフィアにたくさん荷物を持たせたけれど、無理な量は持たせなかった。

 ソフィアは、今どこにいるのだろう。

「あ、ポチ……」

 足元にポチフォギーがすっと現れていた。ポチはフィアとの約束を守って、人前には姿を現さないようにしている。だけど、ほんの少し威嚇して見えた。そして、ポチがフィアの指標でもある。

「大丈夫。怒らないで」


 フィアはどんなに辛くても、もう魔力を暴走させない自信もあった。今だって、どこか落ち着いて、いろいろなことを見つめられている。これだって、魔法を使えば……。

 だけど、魔法は使わない。

 ソフィアが言っていた通り。魔法でできることは、全部、魔法でしなくてもできること。魔法を使うには、イメージが必要。重さだって大切な一つ。

 それに、フィアは変に目立ってはいけない。フィアの髪は、その色だけでもよく目立つのだから。

 ほんの少しだけ金色を帯びた白。ソフィアが白金というもの。

 その髪色を持つ者が、『白き乙女』であるということは、ベルナンドから教えてもらった。それがフィアなのかどうかは分からないけれど、白が薄く金色に輝く色は、確かに陽光の竜にも通じる。

 だから、余計にやっかみを受けてしまう。この国では白き乙女は救世主だから。それなのに、なんにもしないから。ただ髪の色が珍しいだけで、みんなと同じ三つ編みが垂れているだけの髪なのに。

 ただ、フィアの生まれつきの髪色は亜麻色である。これは、ソフィアの魔力が入り込んでしまったからの結果。


 偽物のくせに。そうだ。フィアは偽物。偽物のくせに、竜を見て魔力を暴走させるほど危険だから、ここにいるだけ。

 分かっていることを、改めて言われるから腹が立つ。

 不思議と笑ってしまった。ベルナンドの顔が浮かんだから。

 そんな特別でもないちっぽけなフィアに、きっと、彼なら笑ってこう言う。彼はとても失礼な奴だから。


「えっ、フィアのどこで僕が落ちるの? 僕そんなに安くないし。失礼なこと言わないでほしいよね」


 そう、竜の巫女が竜を操る白き乙女であるのなら、ベルこそが本物なのだ。


 竜の巫女として意識を奪われないように、鍛錬を重ねる不機嫌な彼を瞼に浮かべ、『ベルも頑張れ』と重たい籠をよいしょと持ち上げた。ほぼ前が見えないけれど、背中がポキンと折れそうな気もするけれど。持てなくはない気がする。

 フィアには歩き慣れた道だ。転ぶこともないだろう。ぐっと歯を食いしばる。

 あ、意外といけそう。勢いに任せて一歩踏み出すと、腕がちぎれそうになってきた。気を紛らわせたくて、ポチに話しかける。下ろしたら二度と持てない。


「ポチ、魔力に、吞み込まれない、修行って、知ってる?」

 ベルナンドは、今、とても気持ち悪くなる最初の修行中。しかも、フィアと違い、種類の違う魔力を注がれるんだ。絶対に気持ちが悪いはず。

 そして、幻覚に酔う。

 あの時の幼いフィアのように。夢の中に誘われるようにして。自分が自分じゃなくなる感覚。

「ポチ、私、今、何か、思い出した、気がする……」

 もちろんポチフォギーは何にも映さない緑の瞳でフィアを見上げただけ。それは、動物のものというよりも、昆虫のそれに似ている。それなのに、急に籠が軽くなったのだ。

「ポチ?」


 もしや、ポチフォギーが大きくなって、籠を背中にでも載せてくれたのだろうか、と見える足元を見れば、ポチフォギーはいつものままだ。そして、どこか嬉しそうにそのふさふさのしっぽを振っていた。

「お前さ、加減って知らないの? そういうところ、ソフィアそっくり」

「えっ、えっ。オズ? オズ? 見えない、えっと、えっと」

 慌てていると、フィアの腕から籠がなくなっていた。

「ただいま」

 おかしそうに笑うオズが籠を取り上げていたのだ。

「それ、私の」

「普通はおかえりじゃないの?」

「あ」

 オズの指摘に顔を赤らめるフィアが、だけど嬉しそうに笑った。

「オズ、おかえり」


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