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王城にて(籠の鳥のふたり)

 

 コロコロン。

 石の床にコォノミが転がっていた。

 一回り小さくなったフォギーがフィアの足元で、その食べ残したコォノミ相手に追いかけっこしているのだ。

「ポチフォギー、静かに」


 ここは、王宮の図書室。三年前にフィアはここに匿われることになった。はじめの一年はソフィアがフィアの様子を見に来ていたが、全く来なくなっていた。もちろん、ソフィアが帰ってくるそのたびに「一緒に行く」とフィアは何度も言ったが「だめだ」との一点張りで一向に取り合ってはくれなかった。

 あの日、フィアは魔力を暴走させた。ソフィアが間に合わなければ、フォギーはいないし、オズワルトもベルナンドも、フィアが殺していたかもしれない。

 だけど、実際はソフィアが間に合って、フィアを止めてくれた。

 弱い竜、いや作りもののキメラだったそう。

 だから、フィアでも焼き殺せた。


 オズワルトは全身打撲と手足とあばらの骨折。体に受けた爪痕は、未だにくっきりと残っているそうだ。ベルナンドは、無傷だったが意識がずっと朦朧としていたらしい。

 そして、フォギーはフィアの使い魔になってしまった。フォギーを形成している魔核にひびが入っていて、それを修復するには、つなぎの魔力が必要だったのだ。

 ソフィアはそれをフィアにしろと言ったのだ。

「そのフォギーはお前のことを気に入っていた。だったら、お前のそばにいる方が良いだろう」


 使い魔にすれば、フォギーは森の中の自由を手放さなければならなくなる。だけど、そうしないと、死んでしまう。できない、と泣くとソフィアが続けた。


 じゃあ、私の魔力を返せ、と。


 その時、はじめて同じ意味を持つことを知った。ソフィアのそばにいたくて、返したくなかっただけなのに。

 フィアはソフィアに謝りながら、やっぱり泣き続けた。

 違いがあるとすれば、フォギーはつなぎの魔力がないと生きられないが、フィアはそうではないということ。

 だから、その時、フォギーには真名を与えた。別のフォギーと区別するために、ポチ(ちいさな)フォギー=フィアフォギー・ティリカウッズと。


 『小さなフォギーはティリカの森のフィアのフォギー』そんな意味合いを持つ名前。


 それから、ソフィアはフィアにあの時の状況を尋ねてきたが、フィアに答えられることは本当に少しだった。


 白い竜が炎を吐いた。ジョンが竜に食べられかけた。はじめは、私だったの。


「分かった。今から王都へ行く」

 それだけ言って。


 意識が過去へと持っていかれそうになる。だから、また難しい理論を読み始めた。

 魔力を制御する方法。

 今、フィアはティリカ城の魔法使いからそんな指南を受けている。それ以外は、教えることはない、と言われた。

 魔力量も、技術も、今のフィアにはあり得ないくらい膨大なのだそうだ。しかし、心が揺れると、それを制御できなくなる。幼いからでは、もう済まされなかった。

 大きく息を吐く。大きく息を吸う。気持ちを落ち着ける。

 基本はそう。だけど、精神力がものをいう世界だ。


 難しい理論の本には、精神構造や肉体に宿る魔力が通る点が描かれている。そして、イメージと自分の中の魔力を構成するための数字まで載っている。

 約三割の魔力に対し、……。例えば、十が全量として考えるのならば……。

 ソフィアに言わせれば、馬鹿じゃないのか? な部分が、延々と書かれていた。


 十三歳になってやっと少し『怖さ』と『不安』を『過去』と『今』で分けられるようにはなってきている。

 だけど、きっと竜を前にすれば『今』が『過去』に混ざってしまうだろう。だから、竜襲撃の確率が一番低いここに匿われているのだ。


「フィア」

 声の主はベルナンドだった。ベルナンドはもう全く揺れていない。ベルナンドの魔力は小さいが、その制御率は緻密で正確。どうしているのか、フィアが訊いてもよく分からない。

 しかし、相変わらず、フィアのことを気にしてくれている。オズワルトよりも頭一つ分くらい小さかったくせに、もう、肩を並べられるくらい大きくなっている。

 フィアはまだ全部が小さいままだった。少し悔しい。


「御用ですか? ベルナンド様」

 振り向き立ち上がるフィアにベルナンドは、明らかに頬を膨らませて、不機嫌を作った。

「ジョンでいいって言ってるのに」

「無理です」


 そして、今になってオズワルトが『ジョン』呼びをどうしてあんなに拒絶したのかが、分かったのだ。

 ここで暮らし始めて、『ジョン』がベルナンドの飼っていた犬の名前だということを知ってしまったのだ。恥ずかしくて、顔を真っ赤にしたフィアに同情するのはオズワルトで、ベルナンドはけらけら笑うだけだった。それと同時に、フィアはベルナンドに対して、砕けた物言いすらできなくなったのだ。


「もっと可愛かったのに。わんわん」

 そんなことを言いながら、フィアの使っていた机に両肘をついて、犬のように上目遣いをしてフィアを見上げる。

「馬鹿にしてますか?」

「ううん。ほら、『わんわん』っていうとけらけら笑ってくれてたのに、やっぱり、可愛くなくなってる」

 今度はフィアが大きく頬を膨らませた。

「あの頃は、小さかったからっ」

 フィアの怒りに反応したのか、ポチフォギーが毛を逆立てて、ベルナンドを威嚇していた。


「ごめん、ごめん。ポチ、怒らないで。だって、君のご主人様が僕のこと『ベルナンド様』って呼ぶんだもの」

「勉強の邪魔ですので、帰ってください」

 フィアは頬を膨らませたまま、座っていた椅子に荒っぽく腰を下ろした。

 そう、竜さえいなければ、フィアは怒りに任せて魔力を暴走させたりしない。

 『今』が悪いのだ。


 そして、ベルナンドは、そんなフィアを心配してくれている。ともすれば、一人になりたがるフィアのことを。もちろん、オズワルトも城内にいる時は、必ず声をかけてくれるのだが、オズワルトは城内にいるよりも、ティリカリカにいる方が少なくなっている。

 彼は彼で、あの出来事の後から志願して竜討伐へと出かけるようになったのだ。

「怒ってる?」

 ベルナンドが空と同じ水色の瞳で、やはりフィアを見上げてくる。だから、フィアはわざと難しい理論を眺める。感覚的には全部知っていることだけど、そんな難しいことを自分がしていたとは、まったく思えないことが、たくさん書かれてある。だけど、彼がここに来る理由が分かっているだけに、目を合わせられない。


 ベルナンドも忙しいのだ。次期王様としての勉強に加え、魔力に呑み込まれないための訓練、弓の練習までも始めているのだから。

 弓は、守られるだけじゃなくて、自身を守る力が欲しいと、訴えたベルナンドに対して、鏡面の少ない鏃なら、と国王が許したもの。

 多分、今のベルナンドなら、剣でも鏃でも同じなのだろうけど。


「ねぇ、フィア?」

 フィアはかぶりを振った。彼がフィアを怖がって来てくれなくなったら、何を拠り所にすればいいのか分からない。

 殺していたかもしれない、そんな状態にしたのに。だけど、大丈夫だった。今まで通りでいい。嫌いになられていない。まだ、大丈夫。そんな拠り所。だから、ちゃんと制御しなくちゃならない。


「鏡持ってたりする? 怒ってないんなら貸して」

 急に鏡の話になったことに首を傾げたフィアが、ポツンと『鏡』という言葉を繰り返す。

「かがみ? ……あるよ。ヒルダがくれたの」


 ヒルダは今ベルナンド付きではなく、フィア付きになっている。なんとなく、降格なんじゃないかな、とそれも気にしてしまう。しかし、ふとした瞬間に敬語を忘れていることがあることには、気づいていない。ベルナンドがそんな時に優しい微笑みをくれていることにも。

「今回は力作」

 フィアは、自分の荷物が入っている布製の鞄の中から、小さな手鏡を取り出した。本物の魔女なら、その辺りからひょいっと出すのだろうけど、フィアはソフィアのような魔女にはなれない。

 その手鏡を受け取ったベルナンドは、それを様々な角度で眺めてから、「見ててね」とつなげた。息を吐き出す。


 様々な色が手鏡の中で渦巻いて、何かが浮かび上がってくる。形になろうとして、ポチが現れた。


「えっ。ポチ?」

「うん。似てるでしょう?」

「うん、どうやってしてるの?」

「えっとね、ほら、僕らの網膜ってさ……」

 ベルナンドも難しいことを言い始めた。まるで、今見ている辞書みたい。

 要するに、魔力を粒にして光の反射を変えて、相手にそう見えるようにしているだけらしい。魔法理論的には、幻術と同じようだ。


「ポチ、見て」

 ベルナンドの説明を聞き流しながらのフィアがポチを抱き上げて、ベルナンドの手のひらにある手鏡に近づける。もちろん、ポチには分からない。よく分からないが、ご主人様が抱き上げて、何かを見せているようだ、ということは察したようだ。手鏡に鼻を近づけ、くんくんする。

「すごいよね、そっくり。ポチがもう一匹いるよ」

 それから、もう一度、呟く。

「すごいよね……私はこんなに緻密に制御できない」

「全然、すごくない。こんなのしかできない」


 フィアはその魔法で、オズワルトはその剣で、町を守ることができる。だけど、ベルナンドは、あんなことがあって、外へ行くことすらできないくらいに監視されている。

 竜に身を捧げるような。そんな暗示にかかってしまう。

「ベルナンド様は」

「せめて、ベルにして」

 ベルナンドもフィアがもう『ジョン』とは呼んでくれないことを知っている。もう、ベルナンドではない誰かにはなれないことも知っている。


 だけど、ベルナンドは守られていると感じてしまう、その『()扱い』をとても嫌う。特に家来でも何でもないオズワルトやフィアに対しては。友達でありたい。ただそれだけの、言ってみればとてもつまらない感情から。

 だけど、フィアは肩の力が抜けてしまった。


「じゃあ、ベル。ベルには、ちゃんと特別な力があります。私やオズには、絶対にできない、国に住むみんなの平穏を守れるのは、王様たちしかいないんだから。だから、オズは自分の持っている力を出してみんなを守るし、私も守れるように頑張る」

 できることしかできない。だから、できることを頑張る。

「そうだね。……今もみんな頑張っているんだよね」

 図書室の窓から穏やかな風が吹き込んできた。

 穏やかな風だ。

 どこにいても同じ風なのに……。

「ソフィアとオズ、元気かな?」


 ふたりはその風の向こうにいるふたりを思い、無事を願った。


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