王城にて(アレックスという男)
招かれた紳士は物腰柔らかに、国王陛下に挨拶をする。ひとつも臆する様子も見せず、バルジャミンからすれば、敬意すら感じられない。
そんなところはソフィアと同じにも思えた。
敵意はない。そして、企む様子もない。
ただ、目の前にある事象を楽しんでいるだけ。
しかし、致命的に違う。
ソフィアに対してバルジャミンが自身の身の危険を感じたことはなかったが、このアレックスという男からは、危険しか感じられなかった。
「いやぁ、まさか陛下自らご案内いただけるとは。まったく光栄な身でございます」
一通り観察が終わったのだろう。目の前にある黒墨の塊を慈しむように撫でながら、満足そうに笑みを浮かべていた。
「約束ですので、私の見解をお教えいたしましょう」
「頼む」
黒墨の塊は、半年前にソフィアがここで保管しておくようにと持ってきた、あのキメラの竜だ。もちろん、極秘として、管理されており、その事実と「ソフィアの依頼を果たしに来た」という言葉を門兵に言われれば、開けないわけにはいかない。
あの子どもらも、ここにキメラがあることを知らないくらいだ。
「竜のキメラだとソフィアは言っておりましたが、こんなものをキメラだと言われては、という代物ですねぇ。ほんとうに、迷惑で失礼な話だ」
男はアレックス・イグナリカと名乗っていた。ソフィアもソフィア・セーブルと名乗っているが、正式な名称ではないのだろう。魔女は名乗らぬ者。何かを縛る時だけ、正式名称を名乗るとも言われているため、略式の自己紹介は、害意を持っていないと、意味するくらいだ。そんな彼がくつくつ笑い始めた。
「だが、確かに面白い。各地で暴れる竜の素材を余すことなく有効利用しているという点でも」
「他に何が面白いのだ?」
手で顔を覆うほど、彼にとってはこのキメラがおかしいモノらしい。
「私の見解は先ほどお知らせしましたよね。だから、ここから教える教えないは私が決めることですよ、陛下」
護衛がバルジャミンを囲むが、それを彼は制した。
「要求次第だが、善処しよう」
「ほぅ。話が分かっておられる。では、ここを」
アレックスがキメラの腹部を撫でるようにして、指をさす。
「これは目的としては、褒めるべき場所でしょう。だが、こんなのは道具に過ぎない。これはキメラに対する冒涜だ」
彼は言った。
このキメラには胃がないと。
代わりに入れられているものは、収納庫のようなものだと。
そして、このキメラを燃やした『少女』の姿を見たいと。
「この顔は子ども受けしないんですよ。だから会わなくてもいい。ただ、未熟なうちを知っておきたいのですよ」
バルジャミンはほんの僅かな時をその答えに要した。
そばに寄らずに、遠目からなら。
その頃のフィアはまだ話ができる状態ではなかった。