竜討伐部隊
空では月が笑っていた。
どんな思いで笑っているのかは分からない。星の輝きを消し去るほどの満月でもない三日月は、うっすらと頼りなく微笑んでいるようにも見える。
オズワルトは揺れる垂れ幕の隙間から、そんな月を見つけて、自分の乗っている馬車の中を見た。
三の馬車と呼ばれているものだ。少し小さめの幌がこの三番に引っ張られるように結わえられている。だから、四の馬車には御者も馬すらいない。
まるで、亡霊のようについてくるだけ。まるであの過去のように。
竜の食べ物は魔力だ。そして、それを操作すればある程度なら、竜を操れる。
そして、明かりを取るための陽鉱石には、太陽の光が蓄積されている。それも魔力の一つ。
あの日、コォノミがたくさんあった。コォノミは月の光。だから、太陽よりは小さな魔力だ。しかし、元をたどれば、同じ太陽の光でもある。
基本魔物は属性を好むが、太陽の魔力はどの魔物も好物なのだ。
その嗜好は、まるで『光が闇を作る』というその言葉を示しているようだ。
そして、キメラは基本頭は空っぽで造られる。白い鱗の竜には心当たりがいくつかある。まとめて白竜とは言われるが、雪であったり、氷であったり、そして、光であったり。
陽光の竜も見た目は白い。
例えば、空腹にして、放逐すれば。自ずとコォノミの元へと飛んでいくだろう。あの時フォギーがしていたように、魔力を補充するはずだ。
そこに偶然、陽光の魔力を持つふたりがいた。
偶然……。
例えば、そこも知っていたのであれば。ソフィアが離れるということを知っていて、あの日、コォノミを取りに行くと知っていたら……。
オズワルトはかぶりを振った。
帰還中の馬車にはたくさんの呻き声が聞こえる。揺れの度に怪我人が呻くのだ。振動を抑えるために、綿入れは敷いてあるが、揺れないわけではない。
今回は地竜だった。
まだ、入隊僅かのオズワルトの任務は、この怪我人の搬送が主だった。まだ戦闘編成には加えてもらえない。そして、怪我をして、思うように動けなくなった者は、夜になると気を紛らわせたくてそんなオズワルトによく話しかけるのだ。
「ソフィア様がいらっしゃった頃は、おひとりで退治されていたものだ。兵の役目など、今の君のようなものしかなかった。本当にすごい方だ。君は、そのソフィア様と一緒に過ごしたことがあるんだろう? 今はどうなさっているのだろうか?」
ソフィアのことを『ソフィア様』と言って懐かしむその姿は、オズワルトにとっては、違和感しかなかった。しかし、ソフィアなら一人で竜を一匹くらい簡単に殺してしまうのだろうな、とはすぐに信じられるのだ。
そんなソフィアが疑っていないのだから、ヒルダが……という妄想は絶対に違う。
だけど、思ってしまうのだ。
こうやって、竜の生態に詳しくなるにつれて。襲われる村や集落、町が増えてきて、その共通点が顕になっていくにつれて。
あの過去が脳裏に過る度に。
馬車の揺れが止まった。
「中継点だ」
ランプを持った兵士が幌の中をのぞいた。少しほっとする。もう、考えなくてもいい、そんな気がする。
「はっ」
短く返事をして、すぐに準備にかかる。馬を休ませるために、テントを張るのだ。動かせないような怪我人以外は、テントへと移す。オズワルトのように戦闘に参加していない者たちは、こういう雑用と、見張りを任されている。
「杭の準備」
オズワルトの声に、数名が動く。オズワルトは次にやってくる者に木槌を渡しながら、指揮を執る。
『天幕準備、一、二、三。終わり』
一つずつ、声を出して確認する。
テントの数は三つ。準備物を全て渡した後に一のテント要員になる予定が、オズワルトだった。天幕を引っ張り、杭に巻き付ける仕事が今のオズワルトの仕事となる。
そして、軽傷の動ける兵士が、テントを張っている間の明かり持ちを買って出る。
準備ができたテントから、その入り口にランプをかける。今までは、陽鉱石のランプだった。
しかし、護送中の馬車には陽鉱石は使われなくなってきているのだ。それも竜対策の一つだ。今までは火が燃え移ることを避けるために陽鉱石で明かりを取っていた。しかし、最近は竜に襲われないために、魔法の類は使わないようにしている。
明かりに寄って来るような魔物なら、まだ兵一人でも対処できるのだ。
「三、終了」
このテントには動ける兵士と攻撃魔法術者、軽傷・重症までの民。
「二、終了」
このテントにも動ける兵士と、衛生兵、回復魔法術者、意識のある民。
「一、終了」
そして、このテントには、動けない重症ではあるが、意識のしっかりしている兵士。オズワルトは、このテントの前に立ち、何かあればの伝達を担うことになる。
全て聞き終えた後に、次の指示を出す。
「怪我人搬送。四番幌赤札の者は、その場で待機」
もちろん、オズワルトも共に動く。そして、同じ完了報告を聞く。
赤札の者は、……。
「馬鹿野郎っ。早く戻せ」
罵倒されているのは、今回の討伐から加わった新入りだった。何度も頭を下げて謝っている。
ぐったりと重力に任せるしかない手足の赤札兵を、運ぼうとしたらしい。
「申し訳ありません。私の監督不行き届きです」
「気をつけろ」
「は」
敬礼をして、罵倒していた先輩兵を見送る。誰もがピリピリしているのだ。
春に入ったばかりの今では腐敗はまだ進みにくいが、やはり魔物や獣が寄り付きやすくなる。
「手伝うよ」
「すみません。すみません」
可哀そうなのは分かるんだ。この新米はこの赤札と往路で家族の話をしていたから。こんなところに放っておけなくなるような気にもなる。魔物に襲われても、四番幌の者は、もう助けられないから。
助けに行かないから。
だけど、生まれた土地に返せる機会があっただけ、ましなんだ。形が残っていただけ、ましなんだ。もし長距離なら、夏場なら、どことも知れない荒れた大地に埋葬するだけなのだから。埋葬すらできない奴らだっているのだから。
いつしか死者の数は数えなくなっていた。
どこか、感覚がおかしくなりそうな気がした。
「いいから。まだ一人で動けない怪我をしている人いるから。動くぞ」
復路で、その赤札が増えていくこともある。だから、できるだけ、目に見えない場所に隠しておきたいのだ。
そう、動いていないと、おかしくなる。次の掛け声『就寝』の後、皆はやっと一息つけるのだ。
オズワルトは、空に浮かぶ三日月を見上げて、ベルナンドとフィアを思った。
笑えているといいのだけれど……と。