キメラ
空はよく晴れていた。まるであの日のように、一見、凪いだ空。目の前には、やはり一見普通の貴族邸宅のような門構えの家がある。肝心なのは、一見。
かなりややこしい魔力が漂ってくる。きっと、少しでも魔力を持っていれば、身震いするくらいの魔力量だろう。
そんな家の玄関から、気味の悪いモノたちが並んだ部屋にソフィアは通された。そして、改めてこの家の主人である者の趣味を観察していた。
やはり、おかしい。
あの竜には縫合の跡があった。そう、キメラだ。おかしいと思ったのだ。白い竜が赤い炎を吐いただなんて。絶対にないとは言わない。陽光の竜は白く輝く皮膚だが、青白い炎も吐き出す。しかし、フィアごときの魔力でやられるような、そんなちゃちな竜ではないのだ。
あれは、炭化してしまっていたが、ワイバーンに白竜の一部を埋め込んだような、そんなちんけな白物だ。
そして、ソフィアは趣味の一つをそっと持ち上げた。
趣味は悪いが、一貫性はある。こいつは、カエルにトカゲ。縫合もきれいだ。こいつは、犬に水鳥。
そう、何かの能力をかけ合わせたい。
もちろん、玄関口にあるような応接間にあるものだから、ある意味サンプル、もちろん魔物は飾っていない。しかし、おそらく魔物であろうと、こいつなら同じように作っているはずだ。互いに足りぬ部分を補うような。
あのワイバーンのように、ただ強くしたいだけではなくて。目的を叶える道具としてではなくて。
あのキメラは、そう、人間の考えるようなことから成り立っていた。
手に入りやすいワイバーンを強化するために竜の一部をばらまくように使う。
しかし、まさかあのぬいぐるみの後に、あんな危険なものを寄こすとは思ってもみなかった。念のために、張り巡らせていた、伝魔線が知らせなかったら、……。
間に合っていなかったらと考えると、フィアの顔が蘇ると、震えが走った。
いつの間に、こんなにもフィアを大切に思うようになってしまったのだろう。
ソフィアは、それこそ何百年ぶりかに、自分にあきれてため息を吐いていた。
何よりも一番知りたいのは、狙いは誰だったのか。
「おや、ソフィア。座って待っていてくれて構わなかったのだが。お茶は口に合わなかったかい?」
「言っておくけど、アンタに負けるほど年食っちゃいないわよ」
アレックスが「ふはっ」と笑った。
「申し訳ないことをしたよ。もっと慎重に調合すべきだった。まぁ、お茶はないけど、座りたまえ」
そう言われて、やはりソフィアはぞんざいに座り、アレックスを睨み付けた。
「君は面白い。で、訊きたいことってのはなんだい?」
「二つあるわ。一つ目はあのサーカスの招待状について。もう一つは、竜のキメラについてのアンタの見解が聞きたい」
「まぁ、一つはさっきの負け分でいいが、もう一つの報酬は?」
ソフィアは面白そうに笑う。
「そうねぇ、手付として渡せそうなのは、妙ちくりんなキメラの残骸」
「いいねぇ。妙ちくりんってところが」
「あとは、成り行き次第ではなかなか見られない者も見られるかもね」
ソフィアの言葉に、にんまり笑うアレックスは自分の調合したお茶を徐に持ち上げて、勢いよくがぶりと飲んだ。おそらく、納得した結果なのだろう。
「嘘はつけないようになってるから、信じてくれたまえよ。効果は覿面なのさ。さて、まずは一つ目から話そうか。あれは、人間の魔法使いからもらったものだ。どこの国かなんて気にしてなかったから、分からない。
いや。あぁ、待てよ。あれはヒェスネビの魔法使いだったかもしれないな。よく依頼を持ってくるんだよ、最近。なんとなく、そのにおいが、あの国のものだ。
そうだ、だから私も君を誘う口実をくれたのかと、人間らしく考えてみたんだよ。彼らは私が君に興味津々なのを知っていたからね。
だが、騒がしいところは興味がない。だから、君にだけ渡したというわけさ。サーカスってのは、どうだった? やはり、面白いものなのかい? 人間の曲芸など大したことないと思わざるを得ないんだが……しかし、誰と行ったのかなども気になるところだが。そいつが君の弱みだろう?」
「行かなかった。でも、行った奴らが変なものを買わされてね」
ソフィアは、饒舌なアレックスにわずかな興味を持ちながら、その薬の成分を考えていた。
「変なもの? それは気になる。ぜひ聞かせてくれたまえ。いや、君が変だというものが知りたいんだ。君にお気に召すものとそうでないものは知っておきたい。常に考えているんだ。君に似合う合成素材はなんだろうと」
意識や自分の意見を持たなくなるというものでもないらしい。完全に丸め込もうとしないところが、手腕の見せ所とでも思っているのだろう。そして、やっぱりこいつは魔女なのだ。そこからは逃げられない。
「魔眼の獅子っていう感じよ……で、二つ目は?」
その魔眼で覗いてやがったのは確か。そう思い、彼を促す。
「あぁ、二つ目があったね。そうだなぁ」
そして、薬の内容としては、素直になんでも喋りたくなるのだろう。全く変なものしか作らない奴だ。今のソフィアにとってはちょうど良いのが、少し悔しいくらい。
「竜のキメラなんて面白くもなんともない。それは、少し君にも似ているが、だから、突き詰めたいというのなら分かる。けど、あいつらはあれで完成している。完成しているものをいじってどうするのか、そこに魅力は全く感じない。もし、作るのならば、どれをかけ合わせれば、どれだけ竜に近づくのか、それを突き詰めていく方が、断然楽しいね。
そうだな、例えば、竜を模したものを竜以外から生み出す……なんてどうかな?
私の趣味ではないが。
竜に興味を求めるのなら、弱体化してでも、小さくしてみて、ペット化するとかか……だが、それじゃあ、ヒトカゲにコウモリの羽でもつければいい。やはり、君と同じで、まだ思いつかないなぁ。それを考えるのは楽しいが、いじるにはまだ面白いイメージが足りないし、もてない。
だから知りたい。
だが、しかし、誰だい? そんな人間みたいなことを……あ、そうか、人間か。人間はそういうのが好きだから、依頼があれば作るかもしれないね。まぁ、条件は出すけど。材料は自分で取ってきてもらう。その場合は敬意をもってお望み通り縫合してあげているよ。
もう一つ、金を積まれた場合。まぁ、お望み通りにはしてやるけど、金額次第ではね。だけど、実験材料みたいなものだ。私の試したいことは入れてやるんだ。それでも、そんな風に改造してほしい人間はどんどん湧いてくるから、そっちの生態に興味があるくらいだ。キメラ作りに飽きたら、そっちを研究しようか……人間の欲するものの起源とか……奥は深そうだが、面白さは感じられないか」
これは永遠にしゃべり続けそうだ。確かに効果覿面である。
ソフィアはまだまだ喋りそうなアレックスにそろそろ『止め』をかけた。情報を取り出したければ、いくらでも取り出せそうだった。
「分かったから、もういいわ。ほんと、飲まなくてよかった」
「もういいのかい? 君とはもっと話していたいのだけど」
「会話なんて成立してた? とにかく私は十分よ。もう、声も聞きたくない。あぁ、そのみょうちくりんなキメラがある国に、アンタの見解も教えてやって」
「今喋ったことで良ければ、お安い御用さ。お土産は? おすすめはそのカエルトカゲだ。本当は鳥も加えたかったが、何せ、体が小さくて、耐久面の心配からできなかったんだよ。魔力を注げばすぐに動く。ゴーレムのようなものでもあるからね。かなりおすすめだ。木登りと泳ぎが上手な生き物で、とても静かだ。密偵に特化させてある。まぁ、人間用だから、魔女には必要ないけどねぇ。可愛いもんだよ」
「絶対にいらない。それ、いつ効果切れるの?」
「私の場合は、一時間ほど。魔力のない人間なんかは一日中しゃべり続けることもあるから、途中でもう、解体に進めるかなぁ。面白くもないことばかりで、煩わしいしね。さっさと口を縫ってやるんだ。まぁ、君がどれくらいしゃべり続けるのかには興味はあるな」
「今は私がアンタの口を縫ってやりたいわよ」
本当にいったいどこを気に入られているのか全く分からない。しかし、一時間もこの声を聴き続けるなんて、耐え忍び難い。
まだまだ一人でもしゃべり続けそうな、そんなアレックスを振り払うように、屋敷を出たソフィアは、空を眺めた。
白き乙女と竜の巫女。
そして、私がいる。
この状況は、偶然なのだろうか。
空への哀愁に別れを告げて、ソフィアは飛び上がった。