冬の竜➀
冬になると、あれだけ色彩豊かに輝いた一年の景色は白く戻される。
新たな未来を描くために広げられた新しいキャンパスのように降り積もった雪が、ソフィアの小屋の辺り一面も覆っていた。
久しぶりに顔を見せた太陽の元、屋根の雪下ろしや、峠道までの道、森への獣道までの道の雪掻きも終わり、温かいスープを器に入れてもらった子どもたち三人は、外で飲んでいた。
そこへフォギーもやってくる。フォギーも少し変わっている。今の季節は黒色。足元に寄り添われると、温かい。何よりも、フィアの背中に乗って、からかわなくなった。
そして、少しずつ幼さが抜けはじめ、それぞれ少しずつ大人になっていく。
「フォギーも欲しいの?」
アーモンド形の瞳は、魔を表す緑の瞳。その瞳がフィアをまっすぐに見ていた。
ただ、感情は感じられない。
「フォギーって魔物でしょう?」
「じゃあ、人間の食べ物は食べない」
ベルナンドに続いて、オズワルトもフィアに教える。
「そうなの?」
フィアが驚いてふたりを見つめた。
「うん、魔物って靄みたいなのを食べるんだって。ほら、例えば魔力とか、生命とか」
「意識とか、気持ちとかもそうらしい……で、一緒に全部食べ……」
オズワルトの言葉が止まったのは、ここにふたりがいたから。
もちろん、彼らの家族は魔物に殺されたのではないが、竜も基本的に『肉』を求めているわけではない。竜は、その属性に当たるものを好むとされている。だから、食べられたとされるのならば、食べられたものは『肉体』ではなくその体に宿っていた『力』の方。体はついでだ。
だけど、そんなことはどうでもいいのだ。
「ご、ごめん。申し訳ありません」
オズワルトがふたりに頭を下げていた。
「いいよ。そんなことで怒らないし」
「教えてくれただけだもん」
「でも、無神経でした」
それでも、謝るオズワルトにフィアが「よしよし」と言いながら、手が届くようになっているその頭を撫でた。
「オズはいい子だねぇ」
そして、ベルナンドが言葉を続けた。
「……ふざけてます?」
「ううん」
「ぜんぜん」
フィアはいつもの仕返し。ベルナンドは確かに少し遊んでいる。あんまりすると、本気でオズワルトが怒るので、ベルナンドはみんなをお使いに促した。
「そろそろ、ソフィアの言っていたコォノミを取りに行かなくちゃ。冬の日差しは落ちるのが早いから」
まだ空高くにある太陽が、水色の空に白くキンと輝いていた。
ベルナンドに促され、三人と一匹は森の向こうにある泉に向かった。白い獣道には、ウサギの足跡があり、それ以外はない。安全である。フォギーがその匂いを嗅いでいる。
綿帽子をかぶっている木々は、時に風に揺れ、その雪を振り落とし、静かな雪道に音を響かせた。背負子を背負っているベルナンドは、はじめ、その音に「わっ」と小さな驚き声を上げていたが、すっかり慣れたようだった。しばらく静かな雪道散歩が続いていたが、また雪の塊が落とされた。
今度はそんなベルナンドを笑っていたフィアの頭の上に。
「きゃあっ」
悲鳴を上げたフィアは、慌てて頭を押さえ、急いで大切な帽子を脱いだ。
「次は、オズだねぇ」
笑われていたベルナンドが、けらけら笑いながら、フィアを追い抜いていき、オズは「こんなドジしません」とフィアを笑う。そして、雪を落とした帽子を被り直し、頬を膨らませたフィアが叫んだ。
「ねぇ、普通は『だいじょうぶ?』じゃないの?」
コォノミは泉の氷が月の魔力に触れて固まった溶けない氷のことである。そして、魔力の塊でもあるので、魔物も好んで食べるもの。
しかし、この森に棲む魔物くらいなら、今のフィアとオズワルトで十分対処できるのだ。
だから、ソフィアは言伝だけ残して人間の会議へ向かった。
最近のソフィアは本当に忙しそうだった。
「それにしても、姉貴の力の入りようが全然違うよな」
オズワルトがフィアの白い帽子とマフラーを見ながら、呟いた。目の前でぴょこぴょこ跳ねるから、気になるのだ。
フィアの帽子には同じ毛糸で編まれた白い花が耳当てとしてつけられており、マフラーの留め部分も同じ大きな白い花になっている。
それに引き換え、オズワルトはどんな装飾もなく草木色、王子であるベルナンドでさえ、編んだだけのものだった。さすがに色は少し値の張る青い染料のものを使っているようだったが……。
「ふふふーん。良いでしょう」
フィアはにこにこ嬉しそうに伝える。ベルナンドは「いいなぁ」と優しく微笑み、オズワルトは「まったく羨ましくはない」と正直に答える。
「あ、そこを右」
道案内はいつもフィアだった。別に彼らふたりに方向を任せられないというわけではないが、フィアの方が森の道に詳しかっただけなのだ。
わずかにへこんだ木々の葉の目印や、折れた枝や、木の成長の違い。フィアはそんな小さなものを覚えて、先頭に立つ。
それがフィアにはとても嬉しかった。