満月の夜の魔女定例会
満月の夜は魔女会へ飛んでいかなければならない。この会の面倒くさいところは、箒に三角帽、さらにマントが必須であるということだ。これは、魔女会発足一千五百年前から変わっていないそう。
そろそろ変えればいいと思う。箒なしでも飛べるんだから。今の魔女は。
「ほらぁ、またぁ、面倒だとか思ってるんでしょう?」
受付の黒猫が色っぽい声で、立てたしっぽを優雅に揺らめかせる。彼女の名前はアリア・フィッシャーマン・シャット。
「あんたもいい加減、……年相応になればどうなのよ」
基本は黒猫の姿をしているが、本来の姿ではない。齢六百歳の中堅少し上の魔女だ。まぁ、ソフィアも彼女とそれほど変わらないのだけど。
「いいのよぉ。まだ気に入っている方なんだからぁ。それに、あたしの美貌に倒れる方が現れたらお可愛そうですものぉ。それとぉ、年のことを言うのは、乙女に失礼よぉ。箒って省エネだから、千年越えの普通の魔女様たちには、ちょうどいいんだからぁ」
「よく言うよ……それに省エネって。あいつら、底が見えないくらいの魔力持ってるじゃない」
「いじわるねぇ。魔力を使う方の体に負担がかかるんじゃないのぅ。あたしたちはぴちぴちだから、そんなことはないけどぉ。はぁい、通行証渡しておくわぁ」
ソフィアは判のつかれた通行証をもらいながら、確かに、一理あると思った。箒に魔力を通せばいいのだから、体力は消耗しない。人間嫌いの多い業界だ。それこそ、恐ろしく辺鄙な場所からやってくる魔女もいる。低位魔としか契約できないような魔女は千年を越えると、体にがたがくるのだろう。それこそ、呑まれてしまう。
「お礼はぁ?」
「はいはい、ありがとう」
受付を通るだけで面倒くさい。
判をついてもらった通行証に魔力を注ぐと、今日の予定が浮き出してくる。
ご丁寧に古代文字で。今や、人間の魔法使いだってこちらにやってくることもある時代だ。何をそんなに隠したいというのだろう。
ソフィアは浮かび上がった文字を読みながら、その文字の上にため息を吹きかける。文字の色が変わり、不機嫌そうに騒ぎ出す。
「あんたたちさ、いったいいつまで、こんなことして監視するのさ」
白髪頭の鬼婆委員長、鬼爺副委員長は、会議に顔も出さないくらいの臆病者だった。表向きは、神聖なお顔を下々に見せる訳にはいかないなのだが、いまだに、人間が魔女狩りをすると考えているらしい。
今日の予定は、この間人間の会議に出た時と変わらない。
竜の暴走について。
もちろん、魔女として話すのだ。人間の生き死には圏外におかれるし、そもそも、何かの生死なんて、気にしない連中の集まりだ。だから、竜の異常がもっと客観的に見えてくる。
竜が暴れる、自分たちの家が壊れる。それが困る。
どんな場所で、何が壊され、竜はどうなったのか。
理由はそれだけ。なんなら、どこに殺してもいい竜がいるのかと、偵察している奴もいる。
竜には薬剤にするための素材があふれんばかりに備えられているのだ。新しい魔法薬づくりに心血を注いでいる魔女にとっては、宝物庫にしか見えないのだろう。
そして、基本的なお題目が事項にあり、最終項には、竜の巫女と白き乙女についてがあった。
ここ最近は禁忌魔法や悪魔召喚、新魔法薬の開発はあまり議題に上ってこない。
そもそも、禁忌だろうと、新規だろうと、気にするような集団でもない。
ただ、『竜の巫女』と『白き乙女』に魔女が興味を持ち始めたというところに、多数の彼らは、竜の暴走に手を焼いている、と感じ始めたのだなと思えた。
ソフィアは、公会堂の座席に荒っぽく腰かけた。
講釈が始まる。意見のある者が怒鳴り始める。
「だが、人間たちが関わっているのは確かだろう?」
「そんなことはない。少なくともうちの国は……ぎゃ」
「だが、迷惑をこうむっていることも確かだっ」
「そうだ、貴重な素材を無駄にしてしまった」
「報復を」
「様子を見る方が良い。あいつらは一枚岩じゃない」
「だがだが、最近は劣化素材もあるぞなもし」
「もっと絞って考えるべきだと言っておるのじゃろ?」
「違うっ、やられる前にってことじゃ」
「うちらあたりは、何にも無いからなぁ、人間が悪いなぁ」
意見の応戦に加えた身体魔法の応戦が終わり、石鎚が叩かれ、結論が出る。
「人間が悪い。様子を見よう」
結論が出た後は、虹色の光に包まれて、すべての魔法が解除され、全員が元の形に戻っていた。
その辺り、委員長と副委員長は人間らしいところもある。そういう小心者なところが、良いところでもある。
ここには、実力不足の魔女たちもいる。人間の魔法使いもいる。放っておけば、頭に足をはやしたまま生きていかなければならない可哀そうな被害者も出る。
また、それを治療する名目で自分の儲けにしようとする不貞な魔女も出てくるだろう。
そして、ソフィアのようにこの騒々しさが嫌いな魔女も多数いるし、真面目な魔女もいる。また、面白がっている魔女もいるのも確かだ。
そんな、状況で人間の魔法使いの手足がおかしくなったままだと、人間との付き合いは、平穏でありたい魔女狩り時代の彼らには、非常にまずいわけだ。
よほど、トラウマなのだろう。何千年も前の話なのに。今の魔女と何千年も前の魔女では、まったく比較にならないというのに。
ただ、その騒がしさにソフィアはうんざりしている。
「ほんとうに、相変わらずだ」
「あぁ、本当に」
ソフィアの隣に座りに座った男は、金色の巻き毛にいつもと変わらぬ笑みをその顔に貼り付けていた。そして、この『騒がしい』と思ってうんざりしているという点以外では、ソフィアとはまったく気が合わない魔女だった。
「あんたも、そろそろ別の顔にしてみたら? もっと似合うのがあると思うわよ」
「いいんだ。この顔が気に入っているから」
どこぞの貴族令息のような、胡散臭い親切さ滲み出るそんな表情のどこがいいのか分からないが、この男は相当な手練れでもある。だから、ソフィアの契約魔が悪魔ではないことに、きっと気づいている。
「君の契約魔には、本当に興味があるのだよ」
たれ目の青い目が、にんまりとソフィアを見つめてくるので、ソフィアは身震いした。覗いているのだ。
「教えてやらないよ。どの魔女だって同じ答えをするだろう?」
「そんなこともないのだけどねぇ。百年経たない可愛らしい魔女たちなんて、すぐに教えてくれる」
「それ以上近づいたら、丸焼きにするよ」
ソフィアは総毛立つ気持ち悪さを覚えるが、相手はやはり何も気にしない。
契約魔を教えるということは、真名を知られることに等しい。こいつくらいの魔女なら、普通にたどってくるだろう。それは魂を掴まれるに等しい。教えるのは馬鹿だと思うが、百年満たない魔女なんて、フィアと変わらない。そんな魔女を騙して、何が楽しいのだろう。
「ひどいなぁ、君は。みんな、喜んで身を捧げてくれるのだけどなぁ」
悪魔との契約であれ、聖獣との契約であれ、竜との契約であれ、真名で縛ってあるのだから。それらを奪われるということは、真名が知られることと同等である。
真名があれば、自分の中に組み込んで、なんであろうと縛ることができる。
だから、ここにある禁忌は幾度となくここで唱えられる。
最大の禁忌は、数を縛るな。
弱い人間など、数千と縛ることのできる魔力の高い魔女は、数百といる。
ただ、よほどのもの好きでない限り、禁忌を犯してまでそんな面倒なことはしないし、弱い使い魔を一人捕縛されれば、辿られる可能性が増える。こちらに危険が及ぶというものだ。
しかし、この男は、キメラ作りを生業としているから、目立たないように、平気で数を縛ろうとする。
追及することを好む魔女としては、てんで不思議なことでもないし、現在、四名もの人間とともに、寝食を共に過ごし、ただ生活しているだけのソフィアの方が、変わり者とされてもおかしくないくらいなのだけど……。
だからと言って、人の研究材料にはなりたくない。いくら、今よりも基礎魔力や体力が上がろうと、限界を迎えてばらけるような解体縫合は、ソフィアとしてごめんだ。
それでも、人間であるよりは、はるかに強力になるから彼への供給が尽きない。
「君とは仲良くなりたいのだけど。まぁ、そんなところも魅力的だとは思うけど。そうだ、君のところ今賑やからしいじゃないか。気を利かせてくれたのかもしれないが、興味ないんだ。なんの下心もないから、これで息抜きでもしておいでよ」
そう言って、甘いマスクの二枚舌が、ふわりと二枚の招待券を置いて、ふわりと消えた。本日の会議に愛想を尽かせたのだろう。
アレックス・ジョニージョニー・イグナリカ。
おそらく、ソフィアと同系統の契約魔を持つものだ。だから、ソフィアに興味を持つのだろうけれど、本当に虫唾が走ってしまう。
しかし、騒がしいのが嫌だと言っているのに、どうしてサーカスの招待状なのだろう。
ただ、この単なる紙っ切れを見る限り、確かに下心はなさそうだった。
こういう点では、あんなのがまだ信用できる方の魔女なのだから、気持ち悪さが倍増してしまうのだった。