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春のお使い

 春靄に空の青がぼやけて見えるのは、たくさんの花や木が花粉を飛ばし始めるから。峠の向こうにある森の中も、そんな春に溢れはじめていた。

 フィアとベルナンド、そしてオズワルトの三人は、ソフィアに頼まれて春のじりじり草を採集するためにその森の中へ分け入っていた。春のじりじり草はぼんぼりみたいな桃色の花を咲かせる。その花には解毒作用があるらしい。しかし、その花のせいで棘が強くなるのだ。


 フィアが先頭に立ち、使えるようになってきている魔物除けの魔法をかけながら歩いていたのだが、なぜかフォギーが一緒に付いてきた。その様子にオズワルトが「本当に効いているのか?」と尋ねると、フィアは口を尖らせながら「効いてるもん」と強く反発した。

 そうすると、オズワルトは面白くなさそうに「ふーん」とだけ言う。

 ベルナンドはクスクス笑う。

 フォギーもぴょこぴょこ跳ねる。


 そして、どうしてフォギーには効かないのだろう……とフィアは首を傾げる。フォギーは狐みたいだけれど、魔物のはずなのに。狐と違い保護色ではなく警戒色の毛色になる魔物。春先になると白い毛になり少しずつ染まって、初夏から秋は茶色、冬には黒になる。

 警戒色ということは、近づくなとわざわざ言っている魔物。確か、その口から吐き出される噴出液には毒があったはずだけど、滅多と毒も吐かない。

 普段は姿を変えて悪戯するだけ。

 ソフィアが、逃げるために吐く毒だから、怖がらさなければ危険はほぼないと教えてくれたこともある。


「ま、フォギーは基本悪戯くらいしかしないもんな」

 オズワルトの言葉には、やはり口を尖らせながら「うんっ」とめいっぱい反抗してみた。

 そう、危険な魔物じゃないんだもの。

「いざって時はベル様は私が護りますから」

 ベルナンドに向けられた言葉は丁寧だったが、ベルナンドが苦笑している。そんなオズワルトにフィアは心の中であっかんべをしていたら、ベルナンドが苦笑いのまま彼に返事をした。

「『様』はいらないから」


 森の南東には泉があって、その手前にじりじり草の群生地がある。見た目はとても綺麗だが、素肌で入れば傷だらけになってしまう。三人ともソフィアに言われたとおり革の手袋とすね当て、長靴に身を包み、その群生地へと入る。フィアは背が低いからフードでしっかり顔も覆う。

 ベルナンドが背負っていた籐の背負子を降ろし、早速じりじり草を摘み始める。

 結局、ベルナンドことジョンは『ジョン・ベルター』と名乗ることとなり、フィアはジョンと呼び、オズワルトはベルと呼ぶことで落ち着いた。

 だけど、フィアにはまだよく分かっていない。


 ジョンは、ベルナンドで、ジョン・ベルターであると。そして、全部同じ人で王子様なのだ。王子様だからオズワルトはベルナンドに丁寧に話すが、フィアには丁寧に話してくれない。

 なんだか、嫌な感じ。

 ベルナンドはいつも優しいのに。だから、ケンカ中のオズワルトのそばではなく、ベルナンドのそばでじりじり草を抜くことにした。

 革の手袋を付けたフィアは、じりじり草を慎重に籠に入れながら、首を傾げてベルナンドに尋ねた。


「どうして三つも名前があるの?」

「うーん……大人の事情?」

 実はベルナンドもあんまりよく分かっていない。ただ、ベルナンドという名前を街中で呼ばれるのはあまりよくないだろうということと、オズワルトが『ジョン』呼びできない理由だけはぼんやりと分かっているだけで。

「じゃあ、私も大人になったら三つくらい名前を持つのかなぁ?」

 そう呟いたフィアの言葉にベルナンドがけらけら笑った。

 峠のそばにあるソフィアの家に居候という形で彼らが住み込み始めて、既に一ヶ月が経っていた。フィアは家族が増えたみたいで嬉しい反面、あの日を思い出す瞬間が増えることが多くなっていた。

 そんな時、ベルナンドの笑い声が聞こえてくると、ふとそんな記憶から逃げられる。だから、ベルナンドが笑うのは、フィアにとって嬉しいことだった。しかし、その多くがどうして笑っているのか分からない。

 今も分からない。


「どうして笑うの?」

「フィアが面白いこと言うから」

「面白い?」

 フィアはやっぱり首を傾げた。

 私が三つ名前を持つのは面白いの?

 そんな風に考える。

「そう言えば、ソフィアも笑う」

 はじめは馬鹿にされているんだと思っていたが、最近はちょっと違うように思えてきた。

「ソフィアって笑うんだ。いつも怒ってると思ってた」

 じりじり草を無心に抜き取っていたオズワルトが、そんな風に急に会話に入ってくるから、今度はフィアがくすくす笑った。確かにソフィアは怒っていることの方が多い。

 だけど、フィアはさっきの仕返しとばかりに言い返した。そう、オズワルトとは喧嘩の最中だったのだ。


「きっと、オズが悪い子だからだよっ。ソフィアは良い子には笑ってくれるんだからっ」

 一瞬むすっとしかけたオズワルトだったが、フィアの表情を見て、フィアがまだ怒っていることに気付いた。

「そうそう、おれと違ってフィアは素直で良い子だから、面白いんだよ」

 オズワルトにはそれが精一杯の優しい返しだった。それに気付いているベルナンドがやっぱり苦笑する。

「そうそう、フィアは良い子で可愛いから、ソフィアも笑うんだよ、きっと」

 ベルナンドがオズワルトの言葉を訂正しながら、取り繕うようににこりと笑って話題を変えた。

「これだけあれば大丈夫だよね」

 籐の籠の中にはじりじり草がこんもりと積まれていた。


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