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勇者の尻拭い、しなきゃいけませんか?(問題編:下)

 勇者が殺した邪毒竜の亡骸を見つけてから数日の間、私は近海の島々を巡った。


 それは邪毒竜が複数体いたのではないか、という考えからだった。勇者が活躍した三年前には幼体だったものが成体になってモンフェラィトに害を与えているのであれば、平穏無事な三年間というものにも説明がつく気がしたからだ。


 しかし、三年前に邪毒竜が確認された場所に残されたような強力な毒の痕跡は新たに見つけることができなかった。早朝に港を出て、三つの島を回ったころには太陽が真上から照り付けていた。私は喉の渇きを感じて魔力を込めた指先で空に文字を刻む。魔力を介して空気中の水分を凝縮させる。盃一杯分くらいの水が不定形に姿を揺らす。私は旅人が良く腰に吊り下げて持つ小さな杯で水をすくうと一気に喉におさめた。


 周りの船乗りたちは魔法を見るのが珍しかったのか「おお」と声をあげた。


「あなたたちも飲みますか?」


 私は先ほどよりも力を込めて空に水を作り出す。一人だけ喉を潤すのはやや気が引けた、とは言えない。


「よいんですか?」

「別に構いませんよ。魔法で作った水といっても雨水と変わりませんし」


 船乗りたちは興味と恐る恐るといった様子で杯や手で水を汲むとごくごくと飲んだ。飲み干したあとの彼らの表情はどことなく嬉しそうだった。魔法であろうと天から降ろうと水は水で甘いとか塩辛いというような味はないし、私のような可憐な女性の魔力だとしても花のような香りがするものでもない。


「普通でしょ?」

「いや、とても美味しいですよ。」


 お世辞だろうが喜んでもらえるのは嬉しいことだ。だが、ここで水を飲んでいても問題が解決するわけではない。


「では、次の島へ行きましょう」


 魔法なんてものは所詮、自然に起きることを魔力で起こしているだけだ。火を熾すのなら魔力を燃える性質に与えて空気と混ぜれば良いし、雷を降らせたければ、魔力で空気を極端に温めて上空に噴き上げればいい。あとは空の上の冷たい空気と暖かい空気がぶつかり、雷と雨を生じさせる。魔法といっても結局は、何かを起こす方法の一つに過ぎない。


 方法を知っていれば出来るし、知らなければ出来ることはない。


「私も一杯いただけますか?」


 船の前後を見張っていた衛兵が杯をかかげる。すでに彼との付き合いも四日目だ。


「期待しないでくださいよ。ただの水ですよ」


 空に浮かせたままの水を衛兵の前に移動させる。衛兵はそれを器用に杯で受け止めると美味そうに飲んだ。


「いやー、美味い」

「だから、ただの水ですよ」

「いえ、美味いですよ」

「お世辞ならもう少し別のところで褒めてください」

「お世辞ではありません。あなたが俺たちに気を使って水を作ってくれたことが嬉しかった。そういう気持ちが美味い、ということです」

「そういうのをお世辞と言うのだと思いますよ」

「そうでしょうか?」

「そうですよ。昔、眠りから覚めた姿を美しかった、と褒められたことがあるんです」


 彼は私が何のことを言っているのか分からない顔をした。


「はぁ」

「寝起きの顔なんて美しいわけないのに。つまり、お世辞だという話」

「え、それは一体?」

「気持ちの話よ。さぁ、今日で調査を終わらせたいものね」


 結局、この日の夕方までにさらに三つの島を調べたが、邪毒竜らしき姿は見つけられなかった。水平線に太陽が沈むか直前になって港に滑り込むと桟橋の前で港湾整備官アシュリー・リーディナが待っていた。


「ヴァレリー様。いかがでしたか?」

「まったく。新しい邪毒竜は影も形も見つかりませんね。うまく隠れているのか。いるのに私たちが気づけていないのか」

「……そうですか。今日、また一人毒で倒れる者がありました。モンフェラィトの評議会では王国に正式な討伐依頼と三年前の補償を求める議論が始まりました。早ければ三日後の評議会で決定されるでしょう。もし、王国がそれを拒絶したときは、モンフェラィトは王国から離れるという決断をするかもしれません」


 もし、そうなれば魔王討伐後最初の人間同士の大きな争いが始まるかもしれない。

 平和を維持しようとしてもいつかは争いが起こる。それは事実だ。だが、数多くの人々が犠牲になり作った平和が三年で終わるというのはやや早い気がした。


「倒れた方の容態は?」

「ヴァレリー様が島で見られたものと同じだと思います。毒の気で内臓を痛め、胸を掻きむしる。回復魔法も解毒魔法も一時しのぎで、数刻も経てば苦しみだす。これの繰り返しです」


 解毒の難しさは、魔法のなかでも一、二を争うものだ。まず、毒といってもその種類はいくつもある。蛇の毒のように神経に作用するもの。酸のように人体と反応することで影響を与えるもの。水銀にようにかつては薬とされながらそうではなかったもの。毒といわれるものは数が多い。解毒魔法はそれら一つ一つに合わせて使う術が異なる。つまり、解毒魔法というのは複数あり、その中からあたりを見つける魔法だと言える。


 反対に私が使った耐毒魔法は毒を無毒化するのではなく、空気以外のものが身体に触れることを拒むものだ。幾重にも重ねた衣で自身を汚れから守っているというのが想像しやすいかもしれない。だから、毒を頭からかけられればいつかは身に達するし、解毒しているわけではない。


「見つからない敵に見えてくる被害者。そして、時間もない。あまりいい条件ではありませんね」

「……そうですね」

「被害者の方に会うことはできますか?」

「できますが、まともに話すことは難しいですよ」


 アシュリーは気が進まないという顔をした。実際そうだろう。毒や病で苦しんでいるところに誰かが来ても喜ばれることはない。だが、それでも調べるべきだと思う。


「調べなければ答えは出ませんから」

「分かりました」


 感情を殺したような表情で彼女は頷くと、私を大きな建物に案内した。それはモンフェラィトの療養施設なのだろう。薬師や魔法使いが神経質な表情で患者たちと向き合っている。そのなかの最奥に被害者たちはいた。


 衛兵から聞いたように胸元を紫色に腫らした男女が苦しそうにうめき声をあげる。ある者は少しでも空気を取り込もうとしているのか激しい呼吸を繰り返し、別の者は気管に穴をあけるように激しく胸を掻きむしり、周囲の人間に抑えられている。


 見て分かることは喉から気管にかけて損傷が激しいようだった。

 邪毒竜のいた島で見た毒は確かに吸い込めば肺や気道を痛めるものだった。


「彼らの住まいは似たような場所なのですか?」

「いいえ、それが全く違うのです。同じ症状であっても彼らの家はまったく別の地区であったり、者によってはモンフェラィトから少し離れた島であったり、同じ場所で必ず被害者が出るというわけではないのです。もし、被害者が固まっていれば私たちはその場所に兵を派遣したり、住民を避難させたでしょう」

「邪毒竜は一か所にとどまらない」

「そうです。もしかするとずっと移動していて探索から逃れているのかもしれません」


 私が島で見つけた邪毒竜の亡骸はそれなりに大きなものだった。骨だけでも人を五人並べても足りないくらいだ。それだけ大きな魔物が見つからずにい続けることができるのだろうか。


「被害者の中に邪毒竜に出くわしたという者は?」

「それが……まったく」

「三年前に勇者が倒した邪毒竜の死骸はあの毒まみれの島に残っていました。そして、その周辺の島々で邪毒竜らしき姿は見つかりませんでした」


 アシュリーは私の話が信じられないような顔をした。

 彼女の立場からすれば当然だろう。いま起きている被害は、勇者の怠慢によって起きている。そうでなければ王国からの支援は得られない。かと言ってモンフェラィトの町単独で邪毒竜を討伐することもできない。この町は手詰まりになって滅びることになるのだ。


「きっとどこかにいるはずです。そうでなければここにいる被害者はどう説明するのです。三年前と同じ毒に苦しんでいるんですよ。邪毒竜がいないのなら彼らはどうしてこんな目に合うのですか?」


 それが分からない。

 勇者が三年前に邪毒竜を倒して、解決したはずの毒がなぜ今になってまた現れたのか。


「それを知るためにももう少し時間がいります。評議会を止めることはできないのですか?」

「無理です。勇者によって一度この町は滅びかけた。邪毒竜を倒すためだと水瓶から樽まで壊され、価値のあるものは奪われ、水を買ってまでなんとか生き繋いだ。それを我慢できたのは邪毒竜を倒してもらった、と言い聞かせてきたからです。また毒の被害が増えるなか我慢などできません。私たちはいま救ってほしいのです」


 困窮するものに次の春の恵みを待てというのは悠長すぎる。


「それは……」

「ヴァレリー様、それを一番よく知っているのはあなたではありませんか? 死にぞこないの孤独姫」


 最近は聞かなかった私のもう一つの名前。孤独姫――ヴァレリー・バーネット・バーヴァンシー。

 そう、私はたった一人だけ生きてしまった。

 大陸中最も優れた魔法使いの国バーネット王国。その国の姫君は魔法使いとして最強といわれ、多くの魔物を打ち倒し、国を守った。しかし、彼女は魔王の配下に敗れ、バーネット王国は魔族に蹂躙された。国民は皆殺しにされ、唯一生き残ったのは勇者に命を救われた姫様だけだった。


 国を失い。無様に生き残った姫君は孤独姫と呼ばれた。


 民のいない国はない。バーネット王国は消滅し、私は勇者の産まれた国に引き取られた。


「確かに手遅れというものを私以上に知るものはいないでしょう」

「ならば、王国に口添えを!」


 アシュリーが語気を強めたときだった。患者の一人が激しく咳き込んだ。数名の薬師や術師が患者を支える。回復魔法でわずかに持ち直した患者が喉を押さえたのを薬師が「待ってろ」と瓶から水を汲んで手渡す。震える手で水を飲むと患者は寝床に倒れ込んだ。


「もう、水がない。誰か外から運んできてくれないか」


 薬師が叫ぶとアシュリーが「私が行こう。皆は看護を頼みます」と言った。彼女は私に少し頭をさげた。


「少し頭を冷やします」

「水瓶を運ぶのなら私も手伝いましょう」


 私は彼女の後ろを追いかける。療養所の屋根から青銅の管が水瓶の中に降りている。雨の多いこの地域特有の貯水方法だ。海が近く井戸にも塩気がはいるこの地域で最も安全な飲み水は雨水なのだ。私は青銅管を隣の水瓶に差し替えた。


 水瓶には水がたっぷりとためられていた。


「では、そちらを持ってください」


 水瓶の縁に掛けられた縄を二人で握ると水瓶が持ち上がる。

 見た目以上の重さにふらふらしながら部屋に運ぶと水瓶の中身が少しだけこぼれた。

 私はそれを慌てて拭こうとしゃがみ込んで考え込んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の「邪毒竜の仔が成長したから」は中々説得力の感じられる仮設でした。 [一言] あー!? 解けたように思います!
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