妬いているのはどっちだ?
フィリ―ネは、王妃教育が終われば急いでフェンリルのもとへと行っている。時折窓から見たときは、無邪気な様子に微笑ましいと思えた。
「フィリ―ネは、フェンがお気に入りだ」
「感情が乏しい方ですのでよくわかりにくいですが、フェンリル様のところには急いで行っているみたいですね」
窓の外を見ていたのに、ヴァルトの発言に少し驚き一瞬止まってしまう。
「……感情が乏しいか?」
「はっきり言って、なにを考えているのかわかりません!」
「……言われてみれば、乏しいと言えば乏しいかもしれないが……違うぞ。リーネは照れるし、感情が乏しければそうはならないだろう?」
「そう言われればそうですが……ほとんど照れたところは見たことありませんよ。フェリクス様に、興味がないのでしょうか」
興味がない。そう言われればそうなのだろうと思う。フィリ―ネは、俺が離れるとホッと胸を撫でおろしている。正直言えば、あんな女性は見たことがない。
第二殿下の頃もそうだが、陛下になってからは特に誰もかれもがお近づきになりたがっていた。でも、なんの打算もないフィリ―ネだけは違う。
「それよりも、少し迫りすぎなのでは? 周囲は驚いていますよ」
「おかげで、結婚の問題が片付いたではないか。リーネのおかげだ」
「結婚はまだですから、いまだに望みを持って結婚を進めてくる家もありますけどね。元々フィリ―ネ様は……」
「あれは知らない気がする。言う必要はない」
フィリ―ネは、元々俺の結婚相手ではなかった。そのせいか、諦めた貴族たちは俺がフィリ―ネへの対応を見て諦めた貴族もいるというのに、いまだに結婚を求めてくる貴族たちもいる。
それも、フィリ―ネを口実に断ることが出来ている。
ヴァルトもフィリ―ネが結婚相手で安堵している。彼女の控えめさは好感に値するらしい。
オブライエン伯爵夫人も、真面目な彼女に好感を持っていた。
「それよりも、リーネに今日も菓子を持たせてやれ」
「はい。そうします」
今日も、ヴァルトに菓子を持たせてフィリ―ネに渡すことにした。
仕事を片付けて、先にフェンリルのもとに行っているフィリ―ネのもとに向かう。
フェンリルと仲良く菓子でも食べているのだろうと思えば……あろうことか、フィリ―ネはフェンリルを腹枕にして雪の上で眠っている。その姿は、大丈夫なのかと青ざめてしまう。
「フェン……リーネは、どうしたんだ?」
『疲れていたのだろう。寝ている』
「それは、見ればわかる!」
『なにを怒っているのだ? 寝ているだけだぞ?』
「ここは雪の上だぞ。こんな素足で……凍傷になったらどうするんだ! 温室に入れ!」
そう言いながら、フィリ―ネを抱き上げた。驚くほど軽くて、今更ながらにフィリ―ネは小柄なのだと認識する。
「軽いな……」
『お前が馬鹿力なだけだ』
軽口を叩くフェンリルを睨み、温室に行くとフェンリルもついてきた。
「ずいぶんリーネを気に入っているな」
『こんな人間は見たことがない。癒しの魔法も珍しいし、私に近づいてくる人間はそうはいないからな』
「怖がらなかったのか?」
『最初だけだ。すぐに打ち解けたぞ』
「どこが打ち解けているんだ? 腹枕にされているじゃないか」
『妬くな』
「うるさい」
着ていたマントをかけても起きないまま、フィリ―ネの頭を膝にのせてソファーに寝かせる。彼女は静かに眠ったままだった。
「よく寝るな」
『フィリ―ネは魔法に悩んでいたから、教えてやることにした』
「悩みを打ち明けたのか?」
『お前には打ち明けないのか? ……ふっ。勝ったな』
「黙 れ」
(なにが勝っただ。妬いているのは俺じゃなくてフェンリルではないのか。フィリ―ネの婚約者の俺を、敵視している気がする)
呆れ顔でフェンリルを見ると、勝ち誇った表情で頭を前足に乗せている。それがなぜだかイラッとした。