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氷狼陛下の夜の訪問

夜の部屋では、湯浴みのあとにジルが不貞腐れながらドレスを片付けている。


「フィリ―ネ様。フェリクス様のご機嫌を損ねないようにして下さい」

「ご機嫌を損ねたかしら?」

「今日の庭の温室では、フェリクス様がしっ責していたとお聞きしましたわ。それに、ドレスには、こんなに毛がついて……しっかりとしてもらわないと! フェリクス様の婚約者になれたことはラッキーだったんですから!」


フェン様にずっとくっついていたから毛が残っていたらしい。

確かにフェリクス様の婚約者になれたことはラッキーだろう。でも、それをジルが怒る理由がわからない。


(いつも機嫌が悪いから仕方ないわね……きっと私付きの侍女が嫌だったんだわ。そのせいで、フェンヴィルム国まで来てしまったのだから……)


申し訳ないと思いながらジルに話しかけた。


「ジル……もしディティーリア国に帰りたいようでしたら、お帰りになっても大丈夫ですよ。私は自分のことはしますから……」

「なんて可愛げのない! 私は、エルドレッド陛下から直々に仕事を賜っているのですよ」


父上が昨年亡くなってから、兄上のエルドレッドが今は陛下だ。その陛下直々ならやはりジルは私付きのままなのだろうと悩んでしまう。


「……ずいぶん騒がしいな」


音もなくフェリクス様の声がすると、彼は続き部屋の扉に腕を組んでもたれていた。

いつの間にと思うと、私よりもジルの方が驚いて身体を強張らせていた。そして、上ずりながらも、いつもの声色でジルが言う。


「も、申し訳ありません。本日は、フィリ―ネ様がご不快を買うようなことをしてしまい……」

「リーネは、何もしてないが? 不快なのは、声を荒げる侍女だ。この宮には相応しくないな」

「し、失礼しましたっ……」


慌ててジルが謝ると、フェリクス様が近づいてくる。慌てて私も椅子から立つと、彼が私の側で止まった。


「夜の支度はすんだか?」

「は、はい。あとは就寝するだけです」

「なら、侍女はもう不要だな。リーネ。侍女を下げてくれ」

(これは、私に下がらせろということだろうか?)


フェリクス様を見上げると、軽く彼がうなづいた。

心の声が聞こえているかどうかわからないけど、フェリクス様の要望なら下げるしかない。


「ジル。下がってください」

「しかし、フェリクス様が来られたならお茶も準備しないと……」


わかりきっていたことだけど、ジルが私の言葉に素直に従うことはない。


「侍女に名を呼ぶ許可を与えた覚えはない。それに、リーネがいるのに夜の茶も準備できてないのか?」


呆れ顔になったフェリクス様は「彼女と2人になりたいから下がれ」と言うと、ジルはフェリクス様には逆らえずに悔しそうに部屋を後にした。


「……夜に婚約者が来たのに、察しの悪い侍女だな」

「婚約者が来るとなにか察することがありますか?」


言っている意味がわからずに聞く。

すると、数秒動かなくなったフェリクス様は口元に手を当てて横を向いて考え込んでしまった。なにを考えているのかわからないし、聞こえない。


「……聞こえるか?」

「いえ、聞こえません」


首を左右に振り返事をすると、彼はホッとしている。どうやら、気を抜くと声が通じてしまうらしいから、聞こえないように気を張っているらしい。


「もしかして、大事なお話ですか?」

「いや、リ―ネの声が聞こえたから来てみただけだ」

「き、聞こえましたか」

「微かにだが……リーネ。お前の願いは聞いてやるぞ。俺の我儘も聞いてもらっているからな。何でも言いなさい」

「願い……はありません。でも、フェンリル様に明日も会いに行ってもいいですか?」

「フェンが気に入ったのか?」

「最初は怖かったのですが、モフモフしていて可愛かったです」

「そうか……なら、明日もフェンには温室に来るように伝えておこう」

(明日も会える……お菓子とかこっそりと持って行ってもバレないかしら?)


明日も会えると思うと嬉しくて頬を抑える。それにフェリクス様が笑いを零す。


「こっそり持って行かなくても大丈夫だ。ヴァルトに菓子を準備させておこう。仕事が終われば俺も温室に行くから、待っててくれるか?」

「はい……でも、聞こえました?」

「ずっと聞こえるわけではないが……近くにいるからか? 今のは聞こえたな」


たしかにフェリクス様が嫌がるのがよくわかった。心の声が聞こえるのは、なんだか恥ずかしくて、顔を両手で覆い隠した。


「あまり聞こえないから気にするな。リーネは魔法を使えたようだから、聞こえないように自分で防御できるかもしれないぞ」

「私は、魔法の才はないと言われてましたから……」

「そうは見えないが? 才がなければ珍しい癒しの魔法など使えないはずだ。教えたやつがそう言ったのか?」

「あまり教えは受けてないのです(あまりどころかほとんどですけど)……ですから、私は自分で本を読んで覚えました」

「独学で……それは凄いな」


凄いなんて言われたことがなくて驚くと同時に口元が緩んだように開いていた。


「今度なにか贈ろう。魔法を使うなら杖か魔導書か……魔石を埋め込んだ腕輪などはどうだ?」

「何もいりません。ここに置いてくださるだけで感謝しています」

「俺も感謝している。リーネのおかげで仕事がはかどっている」

「私はなにも……」

「仕事にも休みが必要だったということだ」


フェリクス様は、お茶の時間以外はずっと仕事でいない。陛下におなりになってからまだ短いというし、忙しいのだろう。


「リーネ。外は雪も降っているし、フェンヴィルム国は寒い。暖かくして寝なさい」

「はい。おやすみなさいませ」


そう言ってフェリクス様は、続き部屋の扉の向こうへと戻っていった。そして、大きなベッドにもぐろうとすると微かに聞こえる。


(…………)


閉めた扉から、小さな声が聞こえた気がして振り向いた。でも、フェリクス様はいない。

間違いなく部屋へと帰ったはず……。


(空耳かしら……?)


そう思いながら、私はベッドで眠りについた。





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