フェンリルの声プラス
「フィリーネ!? フェン! なにをやっている!?」
「……フェ、フェリクス様……あの、これは……」
一瞬眩しいと思えば、走り寄ってきているフェリクス様の大きな声がする。
白い狼に舐められ、汚れた顔を見せられずに涎の付いた顔を手で拭きながら立ち上がろうとすると、フェリクス様は怒った様相で詰め寄ってきた。
怒られる。それが怖くてギュッと目を閉じてしまうと頬を撫でられる感触があった。
「フィリーネ。大丈夫か?」
「す、すみません!」
「落ち着け。大丈夫だ。……フェン! フィリーネを驚かせるな。怒るぞ」
『うるさい。だから、早く行こうと言っていたのに……』
「フィリーネを無理やり連れて行く気だったのか! 本当に怒るぞ! 怯えているじゃないか!」
『私のせいではない。お前の顔が怖いからだ』
フェリクス様は、私の顔をマントで拭きながらツンとした白い狼をフェンと呼んで怒っている。フェリクス様が来ると、この白い狼の言葉がわかる。不思議と頭に響くように聞こえるのだ。
「あの……」
「あぁ、これは我が国の幻獣フェンリルだ」
「げ、幻獣……?」
これが幻獣……確かに見たこともないほど大きな狼だけど、よく考えれば狼自体を見るのは初めてだ。だから、大きくて驚いただけだった気がする。
幻獣のいる国は栄えると言われていると本で読んだことがある。でも、幻獣は誰にでも姿を見せないはず。幻獣を従わらせる人間は、幻獣士と呼ばれて貴重な存在だ。
さっきまでは、話しかけてもこなかったフェンと呼ばれたフェンリルは、フェリクス様と気持ちが通じ合っているのか、慣れた様子で話していた。
「初めて見ました……幻獣様は言葉をお話になるのですね。知りませんでした」
「言葉……?」
「さきほど私を引っ張っていたのは、どこかに連れて行こうとしてくれていたのですか? ありがとうございます。でも、フェリクス様と今からお茶の時間なのです」
『フェリクスは、ほっといてもいい』
「でも……婚約をしたのです……」
(形だけの婚約ですけど……)
「フィリーネ……フェンの言葉がわかるのか?」
「……今フェリクス様もお話されてましたけど……その……」
言っている意味がわからなくて、言葉に詰まる。フェリクス様は、驚き細い切れ長の目を見開いている。そして、フェンリルに向かって勢いよく顔を向けた。
「フィリーネになにをした!?」
『心を通わせたいと願ったから、傷を治してくれた礼に言葉が通じるようにしただけだ』
「……フェンリル様の声がわかるようになったということですか?」
「傷……?」
『癒しの魔法だよ。珍しい魔法だな』
初めて聞いた情報にフェリクス様の眉間にシワがさらに寄った。そして、ジロリと私を見下ろしている。怖い。
(何の話だ? フィリーネには魔法の才はないと報告書には記されていたはず……)
「あ、あの……すみません。知らなかったのですね。その……少しだけ魔法が使えるのです」
兄上たちも魔法を使うけど、私が魔法を使うことを嫌っていた。だから、私には魔法をあまり教えてもらえなかった。
(それでも、本を読んで独学で魔法を覚えたのよね。兄上たちは、私が魔法を使うことを嫌っていたから、秘密でやっていたけど……きっと兄上たちほど魔法の才がないから私が恥ずかしかったのね)
一人で離宮で過ごしていたから、時間はたくさんあった。ほとんどの時間を本を読んで過ごしていたから魔法を覚える時間たっぷりあったのだ。
「独学で癒しの魔法を? いやそれよりも……!」
(えっ……今、私、口に出していたかしら……?)
ギラッとフェンリル様を睨むと、白い狼の顔の毛皮を左右に掴んで詰め寄っている。
「フェン! 今のはなんだ!?」
青筋が額に立っているのか、青ざめているのかわからないほど、フェリクス様は取り乱している。
(あぁ、私の魔法が余計だったんだわ……ここでも、やっぱり私は嫌われ者だ)
兄上たちは私が表に出ることを嫌っていた。私のせいで母上が亡くなり、魔法の才もない。
そんな私が余計なことをしたのだと落ち込む。
「フィリーネのせいではないし、魔法が使えようがどうでもいい! 問題はこのフェンリルだ!」