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お茶会の理由


そんな数日がすぎ、今日もフェリクス様とのお茶の時間だ。しかも、今日は私とフェリクス様の部屋の間にある書斎兼居間でのお茶だった。ここは、二人だけの部屋の一つだ。


その部屋の中央にあるソファーの長椅子にフェリクス様がぴたりと寄り添ってお茶をしていることが毎度のことながら至極緊張する。


(いや、陛下の仰せの通りにお茶をすることを了承いたしましたよ。

それは間違いありません。ちゃんと記憶しています……けど、なんでしょうか。この態勢は……。いつもいつも思います)


「どうした? 好みの茶ではなかったか?」

「そ、そんなことはありません……!」


男性に免疫が皆無な私には、毎日のことでも慣れないままで心の置き場はない。そのうえ、フェリクス様の長い腕が私の肩に伸びているのだ。身の置き場がないという状況に、お茶の味がよくわからなくなっている。

私に興味があるのかと思えばよくわからない。でも、私に触れてくる時もあれば、ツンと離れる時もあるのだ。


その後ろではジルがため息を吐くことを我慢したように立っている。今日は、お茶の前には、何の予定もなかったから、ジルもフェリクス様の側近同様に控えていたのだ。

その彼女を見て、フェリクス様の眉間にシワが寄る。


「……そろそろ下がってもらおうか。今は婚約者との時間だ」

「しかし、フィリーネ様が粗相をされましたら……」

「俺相手にフィリーネがなんの粗相になるのだ。ヴァルト。下がらせろ」

「ハッ!」


フェリクス様の指示でこの場に控えていた近衛騎士のヴァルト様という方が「さぁ、お下がりください」と言ってジルを連れて部屋を出ていった。

最初は、少し驚いた。ディティーリア国では、いつもジルが私についていたからここでも同じなのかと漠然と思っていたのだ。彼女は、私付きのメイドで今は侍女でも子爵令嬢なのだ。貴族だから陛下との時間にもついているものだと思っていた。


「今にもため息を吐きそうな侍女だな……」


出ていった扉を見ながらフェリクス様が不愉快そうに言う。ご機嫌の癇に障ったらしい。


「フェリクス様。すみません。ジルには控えてもらうようにお願いします」


聞き入れてもらえるかはわからない。お願いしても、ジルは「私がいないと何もできないでしょう」と昨夜も言われた。でも、フェリクス様を不愉快な気分にさせるわけにはいかない。


「……お願いか? 願う必要はないだろ。侍女の主人なら、言いつければいい」

「ジルは兄上が付けた侍女ですので……」


私が主人なのだろうかと首をかしげてしまう。


「気にすることはない。兄上殿が付けた侍女でも、すでにフィリーネ付きの侍女だ」


そういうものなのかと、頷くようにお茶を静かに飲むと、ヴァルト様が呆れ顔で戻ってきた。


「フェリクス様、侍女は下げました。お茶が終わるまではこちらには近づかないようにしています」

「そうか……」


彼が戻ると、すぐさまフェリクス様の腕が離れ、ホッと胸を撫でおろした。陛下に肩を組まれるなんて緊張しかない。その仕草に、ヴァルト様が笑いをこぼす。


「そこは笑うところか?」

「すみません。珍しいものが見られたので……」


むすっとした表情でフェリクス様が離れる。笑う理由はわからないけど、仕事で忙しいのかもしれない。

私とのお茶のために時間など使わせてはいけないと思い、立ち上がった。


「フェリクス様。私も下がります。お仕事で忙しいですよね」


では失礼しますと部屋を出ようとすると、「ちょっと待て」と慌ててフェリクス様に腕を掴まれて引き止められていた。


「あの……」

「フィリーネはここにいてくれ。君がいないと、俺まで休めなくなる」

「休め……?」


何の話かわからなくて、言葉に詰まるとフェリクス様は「人払いをさせているな」とヴァルト様に釘を刺すように確認した。


「問題はありません。侍女も今は自分の部屋に帰らせましたけど……」


怪訝な顔でヴァルト様が言う。


「口を出すなよ。フィリーネなら大丈夫だ。ここ数日観察してきたが、彼女はうるさい女とは違う」

「あの……フェリクス様?」

「フィリーネは、ここにいてくれないか? 婚約者といれば堂々と休めるんだ」

「……もしかして、毎日お茶の時間を取ってくださっていたのは……」

「フェリクス様が、忙しい中で休憩を堂々とするためです」


フェリクス様が言う前にヴァルト様がきっぱりと言い放った。


「お休みが欲しかったのですか?」

「……まぁ、そうだな。フィリーネは正式な婚約者だから、二人でいる時は誰も近づいて来られないからな。誰が見ても婚約者を大事にしている陛下に見えなかったか?」


……謎が解けた瞬間のようだ。恋人のように触れてくる時があってもフェリクス様が私に好意があるかどうかわからずに、そのうえ彼は素っ気ない時もあったのだ。


「もしかして、人前で……その……」

「俺がフィリーネを大事にしているとアピールしていれば、フィリーネに会いに来られる口実ができるからな。休みやすいんだ。それに、そうしていれば他の女は近づかなくなる」

「女……?」

「幾人もの貴族に、娘を妃にと勧められて困っていた。寄ってくる女にも興味がない」


手を引かれて、また同じソファーに座らせられると、ヴァルト様がお茶のおかわりを淹れながら話した。


「みな、フェリクス様の妃になりたがっていたのですよ。このご容姿ですし、令嬢たちからの視線も熱いと言いますか……」

「熱いどころではない。寝所にまで送り込まれてはたまらん」

「あれは、第一殿下だったアイザック様のご厚意らしいですから……」

「なにがご厚意だ。白々しい」


不機嫌な様子で、ソファーにもたれるフェリクス様。どうやら、私はフェリクス様の女よけらしい。

人前で私を可愛がっていたのは、フェリクス様の女よけのためで彼のお気に入りが私だとアピールするためだった。

呆然と聞いていると、私がショックを受けたと勘違いしたのかフェリクス様がしまったという表情をみせている。


「別に誰でもよかったというわけではないぞ。フィリーネだから話したし、お前のことは気に入っている」

「そうですか」


淡々と返事をすると、フェリクス様は軽くため息を吐いた。


「……フィリーネは何かないか? 願いはないか? 何でも聞いてやるぞ。困ったことがあれば言ってくれればいい。必ず助けよう」

「特には……」


考えていても私には、なにも願いなどない。


「……あの侍女はどうだ?」


昔からいるジルは、確かに困った侍女だけど……

人とあまり話すことのなかった私には、ジルのことをどう話していいのかわからなかった。

悩む私にフェリクス様は何かを察したのか、頭をポンポンと撫でた。


「話したくなったら話せばいい。フィリーネの話は聞こう。二人でいる時間はあるから、いつでも大丈夫だ」

「はい……」


フェリクス様は優しかった。うまく話せない私を責めることも見下すわけもなく否定もしない。それだけで、私には彼との時間は無駄ではないのかもしれないと思った。





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