奉殿の幻獣 1
朝食のあとは、フェリクス様と庭を散策している。フェレスベルグの子供も一緒だ。
「ぴゅぅっ!!」
フェレスベルグの子供が落ち着きなく騒いでいる。
「落ち着かんな……昨夜から、妙な気配がするし……」
「私もです……」
ディティーリア国の城に着いてから、ずっと誰かに呼ばれている気がする。それは、私の心の声と通じているフェリクス様も感じていた。それが気になるようで、フェリクス様は城や庭を散策と言って私とあちこち歩いている。
「あの建物はなんだ?」
騒いでいるフェレスベルグの子供の視線の先には、庭から見える大きな建物に向っている。その建物をフェリクス様が不思議がって聞いてきた。
「あれは奉殿です」
「何か祀っているのか?」
「よくわかりません。年に一度か二度ほど連れていかれているだけでして……中には植物がたくさんあるんですよ」
奉殿の中の様子を話すと、何のために? とフェリクス様が不思議がるけど、肝心なところはわからない。でも、私が軟禁されていた小さな屋敷もあの奉殿の側だった。
「フェリクス様。そろそろ会談の時間ですので……」
「もうそんな時間か?」
フェレスベルグの子供を手のひらに乗せていると、ヴァルト様が声をかけに来る。
フェリクス様は、名残惜しそうに私の額に口付けをする。
「ここでも、仲の良いフリですか?」
「リーネを守るのに役に立つぞ? 俺の庇護下にいればディティーリア国は手を出せないだろう」
そういうものかなぁと思いながら、手を振る彼を見送った。
♢
ディティーリア国との会談。国境やフィリ―ネとの結婚式の話し合いだった。
結婚式は盛大なものになる。ディティーリア国からの出席者も受け入れなくてはならない。
そして、国境でも幻獣と思わしき魔物が現れてないかの報告を聞いていた。
体調不良という理由でエルドレッド陛下は出席してない。これが仮病なら我が国が軽く見られているということだが……不在な理由は、違う気がする。
会談が終わり、ヴァルトとフィリ―ネの待つ部屋に戻ろうとすると、彼女の侍女が慌ただしく廊下を走っていた。それを止めた。
「侍女よ。何をしている? ここは侍女の来るような一角ではないだろう」
ここは、城でも役人が仕事に努める場で俺たちに開放されている城の部屋の場所とは違う。
侍女がウロウロ来るところでもなく、ましてやディティーリア国でフィリ―ネに付いていた侍女が迷子になるとも思えなかった。
「し、知り合いがおりまして……」
恐縮しながら言う侍女のジルをふーんと見下ろす。
「エルドレッド陛下か? この先をずっと行った宮は陛下たちの居住スペースだろ。エルドレッド陛下は何をしている? 我が国との会談に来ないとは、それほど体調が悪いのか? そうなら、リーネと見舞いに行くと、伝えてくれ」
「フィリ―ネ様は、ご遠慮なさった方がいいかと存じます……それに今は……」
侍女は、伏し目がちで、それと同時に何かそわそわしている。
「……リーネと陛下たちの確執を知っているんだな?」
「……知っているのは一部の人間だけです」
「だが、それを行儀見習いで来た令嬢であるお前も知っている。お前はエルドレッド陛下の愛人だな?」
「……っ!? そ、そんなことはっ……!!」
青ざめて否定するが、その動揺した様子は間違いないと思わせる。
中々したたかな女と思っていたものが、違う印象すら感じた。
「違うか? 俺の勘は当たるんだがな……まぁいい。ディティーリア国は何を隠している? ここに来てからフィリ―ネの様子が少々おかしい」
侍女は、まさか俺とリーネの心の声が通じているなど知らないが、間違いなく、妙な気配を感じる。
「エルドレッド陛下たちとの確執にも関係があるのではないか? それに、エルドレッド陛下は、幻獣士でないのになぜ幻獣士だと噂が流れた?」
「私は何も……」
「いいや。お前は、知っている。そうでなければ、リーネの報告などしない」
裏切りは出来ないのか、したくないのか……口を引き締める様子は秘密を言えないからだ。
「ジルと言ったな。仕える人間を間違えると身の破滅だぞ」
「……私は……人に仕えたままの人間ではありませんわ。私はエルドレッド陛下の側妃になる予定です。フィリ―ネ様が、ディティーリア国に帰りさえすれば良かったのに……私は……」
意を決したようにジルが言う。
「毎晩リーネに薬を盛っていたな? あれは、眠り薬だ。寝ている間に連れて帰る気だったのか?」
「そうですわ……フィリ―ネ様の魔法の才が伸び始めてエルドレッド陛下は、焦っていたのです。そのうえ、恐れていた癒しの魔法まで使えていたなんて……!」
ジルの準備したお茶は不思議な香りだった。似ているのは、甘い眠り薬に似ていた。
確認のためにリーネが飲むのを止めずにいると、彼女はいつもすやすやと眠っていた。
害のない薬だったから、そのまま毎晩リーネを守ると同時にジルが動く出すのを待っていた。しかし、ジルは俺がいるからか、フィリ―ネを連れて行くことができなかった。
「無理やり連れて行かなかったのは、エルドレッド陛下とリーネを秤にかけているのか? どちらに付くか迷っていたな。途中からリーネへの態度が軟化したのは、そのせいか?」
「……フェリクス陛下のご不興は買うつもりはありません。ですが、私の知っていることをお話すれば、私を側妃にでもして下さるのですか?」
「側妃は取らない。だが、リーネに害を与えるなら、どんな手でも使う。ここで、無理やり自白させてもいいんだぞ。ちなみに得意な魔法は氷だ」
自分の周りから、冷ややかな空気が流れる。そして、侍女が青ざめた。
「ひっ……!」
ジルの片腕を凍らせると、彼女は後ずさる。背後は壁しかなく、恐怖で顔を歪ませた。
「知っていることを話せ。リーネには何かある。幻獣のこともだ」
顔を伏せると、ジルは凍った冷たい腕を庇う様にして、しぶしぶ話し出した。
「幻獣です……エルドレッド陛下の幻獣の噂は、この国の幻獣が動いたと噂になったからです。でも、起こせなかった。それなのに、エルドレッド陛下は自分が幻獣士だと信じ始めたのです。誰が噂を流したのかはわかりません。でも、誰が流してもおかしくなかったのです。陛下は自分こそが幻獣を起こせる存在だと信じて周りに話してしまったようで……」
ジルが静かに話している。
「それが仇になりました。高官の一人が、エルドレッド陛下の噂を信じて癒しの魔法を求めたのです。でも、彼に癒しの魔法など使えません。それを隠すためにエルドレッド陛下は、高官に使う必要はないと言って断ったそうで……おそらく、怒った高官が噂を流したのです。幻獣士になったのに、それを国民のために使わない陛下だと……」
国では、エルドレッド陛下の好感度は下がり、そのうえエルドレッド陛下は幻獣士ではない。
断られた高官は、自分の子供を癒しの魔法で助けてほしくて懇願したそうだが、エルドレッド陛下は、それを一蹴した。恨まれる理由はあったのだ。
「一時的にでも、フィリ―ネ様を連れ帰らせて、癒しの魔法を使わせるつもりだったのです……でも、陛下が、フィリ―ネ様を離さないから……」
ジルの報告で、癒しの魔法を使えることを知ったエルドレッド陛下は、リーネを利用する気だったのだろう。密かに自分が使えるように替え玉にする気だったのかもしれない。
それに、幻獣とは……
「この国の幻獣はユニコーンか? だが、あれは所在不明の貴重な幻獣だぞ。捕えられるような幻獣ではないはずだ。それに、リーネが軟禁されていたのはそれと関係があるのか?」
フェンリルが言っていた。ディティーリア国の祖先にユニコーンの幻獣士がいたと。だが、ユニコーンは、貴重な幻獣。癒しの魔法を使い、一本角は万能薬にもなるという。そのうえ、誰にも近づかない幻獣と聞いた。人間ごときが捕まえられるような幻獣ではなかったはずだ。
「捕えているのではありません。私が聞いたのは……」
その時に、雷が轟き城までが振動した。




