ジル視点
大変なことが起こっていた。フィリ―ネ様の魔法の才が伸びている。
フェンヴィルム国の使用人休憩室では、いつもフィリ―ネ様のことで話題は持ちきりだった。
「ジルさん。あなたはいいわね。あの可愛らしいフィリ―ネ様付きの専属侍女なんだから……うらやましいわ」
「ホントそうよね。しょっちゅうあのフェリクス様のお顔をまじかで拝見できるし。陛下はいつもフィリ―ネ様を可愛がっているでしょ? 私もその様子をコッソリ見に行ったことがあるけど、お似合いだったわ!」
「素敵だったわ! あの陛下に一途に思われるなんて憧れるわ」
フェンヴィルム国の使用人たちが、そう言って誰もが羨ましがっていた。フェンヴィルム国では、フィリ―ネ様の人気は少しずつ出てきている。
フェリクス様は第二殿下の頃から人気で、そのうえ騎士だったらしい。誰もが引く手あまたで、今までに何人もの女性とお付き合いを求められていたと噂も聞いた。
その陛下が、フィリ―ネ様を片時も離さないと城では噂になっていたのだ。
そのうえ、フィリ―ネ様に取り入ろうとしていたと思っていたメイドのアリエッタは、フェリクス様直属のフェンヴィルム国の騎士だった。
フェンヴィルム国の特別な幻獣フェンリルに気に入られ、魔法の才は伸びて行く日々。それだけではない。ディティーリア国の陛下も第一王女も使えなかった癒しの魔法が使えていたのだ。
それを報告するなり、フィリ―ネ様を連れ帰るようにと指示を受けたけど、フェリクス様がフィリ―ネ様を離すことはなく、アリエッタがフェリクス様のいない時は、いつも張り付いていたからフィリ―ネ様を連れ帰ることはできなかった。
無理やり連れかえれば、私だってどうなるか……だから、報告のみ続けていた。
そして……ディティーリア国に着いた夜のこと。
ひと気のないディティーリア城の一室で、フィリ―ネ様の兄上であるエルドレッド陛下にフィリ―ネ様の様子を報告していた。
「報告にあった癒しの魔法が使えたのは本当か?」
「間違いではありませんわ。それに、フェンヴィルム国の幻獣フェンリルとも親しくしておりまして……それどころではありません。鳥の幻獣を飼っているんです」
エルドレッド陛下は、憎ったらしい様子で机を叩きつける。
「だが、まだ完全に目覚めてない……フィリ―ネではない。あれは違う……でも、もしそうなら……」
誰に言っているのか……ブツブツと焦った様子で呟くエルドレッド陛下。
この方はフィリ―ネ様が嫌いなのだ。予言を受けたのが自分でなくフィリ―ネ様なのも気に食わない。そのうえ、幼いフィリ―ネ様は何の力もなかった。
予言通りにならなかったのだ。
それが、魔法の才が伸びているどころか、珍しい癒しの魔法が使えていた。
以前、エルドレッド陛下から聞いた予言が、やはりフィリ―ネ様が当てはまるのではと思える。でも、それが予言通りになればどうなるのか。
今さらそれをこの目の前の陛下が受け入れられるのだろうか……
フィリ―ネ様の付くべきだったのかもしれない。でも、そうなると私は一生フィリ―ネ様の下だ。
そして、この部屋にフィリ―ネ様の姉上である第一王女リリアーネ様がやって来た。
「お兄様! お願いがあるんですの!」
「リリアーネ。今は取り込み中だ」
柔らかいクリーム色の髪をなびかせて、立派なドレスを持ち上げてやって来たリリアーネ様は、部屋に入るなり陛下におねだりを始めている。
フィリ―ネ様と違い、彼女は前陛下からも、エルドレッド陛下からも大事に育てられ、ワガママなところもある王女だった。
「いや、リリアーネ。フィリ―ネをどう思う。前と異変はないか?」
「そのことで、お兄様にお願いがあるんですの!」
「なんだ?」
「フィリ―ネの婚約を私に変えてください! フェンヴィルム国の陛下があんな素敵な方だとは知らなかったわ!」
どうやら、リリアーネ様は祝賀会でフェリクス様を一目見て一目ぼれしたらしい。
単純。でも、わかる。フェリクス様は誰が見ても、ひと目を引く外見にそのうえ不思議なオーラがある。
「フィリ―ネの婚約を……あれは、フェンヴィルム国の陛下から打診されたものだが……いや、だがそうなれば……しかし、妃がなんというか……」
色んな思惑を感じさせるエルドレッド陛下の本音はフィリ―ネ様を追い出したいのだろう。でも、フィリ―ネ様の婚約を打診された時に、受けましょうとエルドレッド陛下に進言したのは王妃様。そうでなかったら、今頃フィリ―ネ様は軟禁のままだった。
「でも、そもそもフィリ―ネはフェリクス陛下に嫁ぐ予定ではなかったわ! それに、ディティーリア国の王女なら私のほうが相応しいわ! ジルもそう思うでしょう!?」
「はい。もちろんですわ」
どちらが相応しいかはわからない。フェリクス様は、あの感情の乏しいフィリ―ネ様を溺愛しているように見えるし……でも、もし婚約が変更されれば私はやっとディティーリア国に帰られる。
そう思い、私は返事をした。
その時に、奉殿の管理者が慌ただしくエルドレッド陛下を呼びに来た。




