包み込む
目を覚ましたフェリクス様は、ベッドサイドにもたれかかっている私の頭を撫でていた。
「フェリクス様……申し訳ありませんでした」
「……ディティーリア国に帰りたくないのか? 逃げたのはそれだけか?」
「帰れば、また軟禁されます。だから……」
「婚約破棄するために、ディティーリア国に帰るんじゃない。リーネは婚約者として一緒に行くんだ。用事が終われば、その後は俺と一緒にフェンヴィルム国に帰るぞ。軟禁などさせない」
「本当に? でも、私が邪魔なのでは? フェリクス様はいつも女性といましたし……」
「あれは報告だ。ちなみに、報告して来ていたのはアリエッタだ」
「アリエッタ?」
メイドが陛下であるフェリクス様に直接報告をするものなのだろうか。わからなくて考えてしまう。
「アリエッタは、メイドではない。ああ見えても彼女は騎士だ」
「騎士様……どうしてメイドに?」
「リーネの護衛と、周りを探らせていた。あの侍女はリーネのことを、ディティーリア国に報告しているぞ」
「どうして……私は、ディティーリア国から捨てられたのでは……」
「軟禁されていたから、そうなのかとも思ったが……ディティーリア国のことはよくわからん」
何が何だかよくわからない。わからないのは、軟禁されていたからディティーリア国のことや自分のことがわからないからだ。
「怖いか?」
「怖いというよりも、逃げることしか頭にありません……」
「逃げるのは困る。どこまでも追いかけるぞ」
「そ、それは……困ります」
「なら逃げるな。ディティーリア国が怖いなら、俺が守ってやる。リーネはフェンヴィルム国にいればいい。ここなら安全だ」
「……もし、ディティーリア国の間者来たら……?」
「さぁ? 来れば後悔するだけだ」
ベッドでゴロンと転がり、私の不安を消すように手を握られる。
「ディティーリア国には行く理由は、幻獣の噂があるからだ。もし幻獣士がいないなら、国家間の問題になる可能性があるからだ」
「兄上が幻獣士になったとの噂ですか?」
「そうだ。我が国と関係のない幻獣なら、ディティーリア国の問題ですむが……」
「フェン様以外に、この国に幻獣がいるのですか?」
「いる。この国だけではない。幻獣の書というものを管理している国は他にもあるんだ。フェンヴィルム国はその国のうちの一つだ」
フェリクス様は、フェンヴィルム国の秘密である幻獣の書のことを話してくれた。どこの国も、それは重要機密。でも、幻獣の書はこの世界に数少ないながらも、存在しているという。
そして、フェンヴィルム国から逃げた幻獣が他国で問題を起こせば、戦のきっかけを与えてしまうかもしれないとフェリクス様は懸念している。だから、ディティーリア国に確認にいくのだと言う。
「じゃあ、フェレスベルグの子供も……」
「幻獣士がいなければ、大人になれば幻獣の書に収める。あれでも、貴重な幻獣だ。幻獣の第一は保護が目的だ。害をなされれば討伐対象になるが、そうならないためにすぐさま保護に乗り出している」
本で読んだことがある。幻獣は不思議な生き物で、怒りを買ってはいけないと……怒りを買えば、人は滅ぼされると何かの物語でもあった。元々そんな話が伝わっていたから、そんな物語が出来上がったのだろう。
「リーネ。ディティーリア国でも、ずっとこうして側にいればいい。毎日一緒にいるから、誰も不審に思わないぞ?」
「邪魔になりませんか?」
「俺がいない時は、アリエッタにいさせる。あれは、リーネ付きの護衛にするから、気にするな」
「本当ですか!?」
アリエッタが側にいてくれるのは嬉しくて頬が緩む。
「嬉しいか?」
「はい!」
(負けた気がする……)
「何にですか?」
「人の心を読むな」
「フェリクス様も、いつも私の声を聴いていますよ」
ムッとした表情を見せられると、少し子供のようだと思える。その彼が私を包み込むように抱き寄せていた。




