氷狼陛下の仕事
「幻獣ではなかったようですね」
「幻獣でなければ、お前たちで十分だろう。帰るぞ」
珍しい魔物の噂を聞けば、幻獣の可能性があるために、フェンリルを連れてすぐに赴いている。幻獣は知性が高い。それと同時に、弱い幻獣は理性を無くしやすいからだった。
幼い幻獣は特にそうなる。フェレスベルグの子供もそうなる可能性を勘ぐったが、不思議とリーネに預ければ大丈夫な気がした。
そして、その予想は間違いなかった。
『フィリ―ネは純粋だ。あれは、清廉なる乙女だな。手を出すなよ』
「いずれ正式に結婚するんだぞ。いつまでも乙女でいられるか。それよりも、後は頼んだぞ」
『早く、幻獣の書を補修しろ。幻獣界の扉が閉じたままでは、幻獣狩りが行われるぞ』
「疲れるんだよ! あれの補修にどれほど魔力を消費すると思っているんだ! 魔力の使い過ぎで武器召喚もできないんだぞ!!」
『知らん。作り方は教えたのだから言い訳をするな』
数か月前に何者かの手によって、我が国で管理していた幻獣の書が破壊された。そのせいで、封じ込めていた幻獣が国に散らばっている。
幻獣の書は、幻獣界にも通じているとフェンリルは言うが、封じ込めた後のことは人には計り知れないことだった。
そして、見境なく人や街を襲わないのは、幻獣は魔物と違い知性と理性があるからだ。でも、幻獣士のいない幻獣は理性を失いやすい。それは、人よりも魔物に近くなる。だから、逃げた幻獣を見つければ、すぐに捕獲もしくは討伐をしていた。
幻獣の書の補修は密かに行い、それができるのはこの国でただ一人。フェンリルの幻獣士であり、この国で一番の魔力を持っている俺だけだった。
そのうえ、幻獣の書はこの国の機密。知っているのは管理をしている王族と数人の側近だけだった。
「疲れる……」
「今日は、まだ魔力は尽きてないですね。執務が終われば、早速補修をしますか」
ヴァルトが、容赦なく執務机に書類を乗せる。
その中に、書簡もあった。疲れながらも書簡を読むと、皮肉った笑いが零れる。
「見ろ、ヴァルト」
「なんでしょうか? ディティーリア国からの書簡ですよね……」
「リーネの里帰りを希望しているぞ。年に一度の里帰りの取り決めだったのに、すぐに要請するなど笑える。それも、理由はディティーリア国の陛下の息子の祝いだ」
「まだ、来たばかりですのに……里帰りさせるのですか?」
「そうだな……ほっときたい気もするが、ディティーリア国の陛下が幻獣士になった噂は気になるな」
「一体なんの幻獣士でしょうか?」
「事実は確認するまで不明だが……」
どうしたものかと、座っている椅子に背を預ける。
「侍女は動きそうか?」
「あれは、多分フィリ―ネ様の報告ですね。最近になって街にでているようですから……」
「最近報告することができたということか」
「ああ、そう言うことですか。フィリ―ネ様に、なにか異変でもありますかね?」
「気になるのは魔法だな……リーネの釣書には魔法のことは書かれてなかった。リーネも魔法の才がないと言われて育ったようだし……」
ディティーリア国の思惑もよくわからない。軟禁同様にリーネは育ったという。しかし、なぜリーネだけがそんな生活を強いられたのか。
フェンヴィルム国に送って来たのは、リーネが邪魔だったのかと思えば、結婚の条件には年に一度の里帰りが条件だった。
さして問題はないと思われたが、リーネを知れば知るほど不思議な気持ちになる。
そして、あの珍しい癒しの魔法。リーネになにかあるとしか思えない。
「近日中にリーネとディティーリア国に赴くか……」
「幻獣の書はどうされるのですか?」
「フェンリルに見張らせる。二度と破壊はさせない」
そのまま、ヴァルトを執務室に置いて幻獣の書の修復へと向かった。




