不確かな噂と友人
朝から恋愛小説を、次から次へと読んでいる。そしてわかったのはなぜか最後はみんな抱き合っているということ。アリエッタも、私がフェリクス様の腕の中で寝ていただけであんなに怯えたことに笑いを堪えていた。本当は、フェリクス様の心の声が聞こえたからだけど。
抱き合うのは、安堵を求めているのだろうか。私にはフェリクス様の側にいると不思議と安心する。私を初めて受け入れてくれた方だからかもしれない。でも、それは刷り込みではないのだろうかと思ってしまう。
それに、フェリクス様の抱き合う事と、私の思っている抱き合う事が全く違う気がする。
「どうしました? フィリ―ネ様」
一緒に来てくれているアリエッタが、ニコニコと聞く。
「アリエッタは、恋人がいるの?」
「まぁ、いないとも言えませんけど……」
「お茶飲みの友人?」
「違います」
にこりと否定されてしまった。確かにフェリクス様と私の関係は少し微妙な気がする。
恋人の話を聞きたい気持ちもあるけど、私が聞いてわかるかどうかも疑問だ。
「アリエッタは、私と一緒でいいの? お仕事は大丈夫ですか?」
「今日はジルさんが、お休みですからね。私がついています。でも……もしかして、フェリクス様のところに行きたいのですか?」
「そういうわけでは……」
あんなことを考えているなんて恐ろしい。それなのに、朝にはフェリクス様の腕の中で目が覚めていたのだ。
アリエッタは、違ったかと悔しそうにするけど、私に一体なにを期待しているのだろうか。
ジルは、今日の仕事をお休みにしたら、街へ行ってしまった。彼女には家族がディティーリア国にいるから、フェンヴィルム国のお土産を買いに行ったらしい。
「……ディティーリア国では、現陛下が幻獣士になったと噂が流れているらしいな」
「ディティーリア国は小国だが、幻獣のいる国は幻獣の加護を授かると言われているから、これでまだまだ安泰だな」
アリエッタと話しながら歩いていると、笑い交じりで廊下を歩く役人二人の会話が聞こえた。
現陛下とは、兄上のことだ。父上はすでに他界している。兄上は魔法をいつもこれくらい簡単だと言っていたから、才能があったのだろう。
「……フィリ―ネ様は、ディティーリア国の幻獣をご存知ですか?」
「私はディティーリア国のことはよく知らないのです。ジルに聞いてみましょうか? よく兄上と話していたから、もしかしたら何か知っているかもしれません」
ジルが私の報告をしていたのを、庭から覗いたことがある。
「侍女が、陛下とよくお話されますか?」
「多分私の報告です。私の生活をお伝えしていたのだと……でも、なんの代わり映えもない生活でしたので、再三報告していたわけではないと思います。兄上もあまり私に会うことはなかったので……」
年に数回の頻度の謁見。それが、私が実の家族に会うことだ。家族に会うのに謁見という言い方はおかしいけど、それがぴったりな言葉のように思える関係だった。
「でも、兄上は一体なんの幻獣士になったのでしょうか?」
「それは、わかりませんけど……ディティーリア国で有名な幻獣はいるのです。居所の不明な幻獣ですけど……」
「そうなのですか? なんの幻獣ですか?」
私はそれさえも知らず、フェンヴィルム国の人間に聞いていることが滑稽になる。でも、アリエッタはそんなことを気にもさせないで、柔らかく話してくれた。
「……ユニコーンですよ」
「ユニコーン……?」
挿し絵付きの本で読んだことはある。確か、一角獣とも呼ばれる頭に角のある白馬だ。
「ディティーリア国では、ユニコーンをモチーフにしたお土産とか、レターセットなどもありますしね。だから、ディティーリア国では、ユニコーンが有名なのですよ」
「理由はなんでしょうか? どうしてディティーリア国では、ユニコーンをモチーフにしているのですか? 所在不明な幻獣なのに?」
「そう言われればそうですね……でも、昔からディティーリア国では、有名だったので誰も気にしてないと思いますけど……」
幻獣は、珍しい。その幻獣をみつけても必ず幻獣士になるとは限らない。でも、フェリクス様とフェンリルの関係を見ていると、信頼しあっているのはわかる。
「……私も、フェン様とフェリクス様みたいな友人が欲しいです」
「フェリクス様とフェンリル様は友人ですかね……あれは、私たちにはわからない絆がありますので……でも、フィリ―ネ様もフェリクス様とフェンリル様の特別ですよ」
「私がですか?」
「フェリクス様は、どんな令嬢にもフェンリル様を紹介したことがありませんし、フェンリル様自身が誰にも懐きません。フェリクス様以外で懐いているのは、フィリ―ネ様だけです」
「そうだといいです」
「それに、なにかあれば私をお呼びください。すぐに駆け付けますよ」
「アリエッタは優しいのね……フェンヴィルム国は、みんな優しいわ……」
「フィリ―ネ様の人柄ですよ。それに、友人でしたら私はどうですか?」
「アリエッタが私の友人になってくれるの!?」
突然の提案に目が丸くなるほど驚いた。
「お嫌ですか? でも、フェリクス様は絶対に友人にはならないのであきらめた方がいいですよ? 私では畏れ多いかもしれませんが……いかがでしょうか?」
「そんな……私こそ畏れ多いです。でも、お願いします!」
嬉しくて思わず、両手を握りしめて懇願する。その手を「失礼します」と言って、アリエッタが重ねてくれた。
「今度、私の恋人も紹介しますね。いずれですが……」
「はい。楽しみに待ってます!」
「フフフ……では、友人らしく二人で何かしましょうか? フェリクス様はまだ帰ってきませんし、侍女さんも不在ですからね」
アリエッタ、素敵な提案です!
「共同作業ですね!」
「ちょっと意味が違う気もしますが、そんなところです」
共同作業になにをしていいのかわからずに、頭を抱えた。でも、せっかくの機会を無駄にしたくない。私がこの国でしていたことは、フェリクス様とのお茶会と王妃教育だけ。
アリエッタと一緒になにかをしたいけど、王妃教育を彼女の強いるわけにはいかかない。
ということは、選択肢は一つ。
「アリエッタ、私とお茶の準備をしてくださいますか?」
「もちろんです。フェリクス様を驚かせてやりましょう!」
アリエッタは、元気に私とお茶会の準備をしてくれた。




