贈り物 1
「フェン様……」
温かいままフェンリルの名前を呟きながら、目が覚めた。
目が覚めた場所は、フェン様のお腹ではなくて、私のベッドだった。
「あぁ、目が覚めたか?」
起きたことに気づいたフェリクス様が、扉の側から声をかけてきた。そこには、ヴァルト様がフェリクス様になにかを渡している。ヴァルト様が下がると、フェリクス様がベッドサイドに座った。
「リーネに贈ると言っていただろう。ちょうど出来上がって持って来たところだ」
(なんの話だろうか?)
わからずに、きょとんとするとフェリクス様が持ってきた細長い箱を開けた。
「今のは聞こえなくてもわかる。覚えてないのか?」
私の無表情に、フェリクス様は考えを察したように言う。
開けられた箱には、先端に宝石のついた杖。それがすごく綺麗だった。
「綺麗な水色です……」
「先端の宝石は魔水晶だ。それは、氷の属性の魔水晶だから、色が水色になっているな。手に取ってみろ」
フェリクス様に言われるままに、杖を持つと意外と軽い。
「これが魔水晶……初めて見ました……」
「魔法を使うのに、魔水晶を見たことがないのか?」
「本では見たことあります」
綺麗な杖に見とれていると、ハッとして気づいた。誰かから贈り物をされるのは、初めてだと。
「フェリクス様。ありがとうございます。私、大事にします」
嬉しくて大事に杖を握りしめるお礼を言うと、ジワリときた目尻をぬぐう様に触れられた。
怖い顔に鋭い瞳なのに、誰よりも優しいと思えた。
「それと……今度、夜会がある。それに一緒に出席してくれ。そのドレスだが……どんなものがいいか希望はあるか?」
「ドレスですか?」
「リーネの披露目もあるからな……できれば、色を揃えたい」
「誰とですか?」
「俺だ」
色を揃えるものだろうか……わからない。
ベッドの上でキョトンとした表情の私をフェリクス様が怪しんでみている。
軟禁されていたから夜会のドレスなど知らないと、なんて説明しようかと思うと、今度は自分の足に気づいた。両足に包帯が巻かれている。
「足は、しもやけになっていたから手当てしたぞ。靴ずれもできていたし……裸足で雪の上に寝るほど疲れていたのか?」
「……怒らないのですか?」
「今の会話で怒るところがあったか?」
いつもならジルにみっともないと怒られる。たまに会った父上にも優しい声などかけられたことはない。
だから、足の手当てをするという面倒をかけてしまい怒られるかと思った。でも違った。
「王妃教育は、大変だろうが……しばらく休むか?」
「休みません。足も大丈夫ですよ。癒しの魔法で治すつもりでしたから……」
そう言って、片手で杖を持ったままで、もう片方の手を足にかざした。癒しの魔法をかければ、足の痛痒い症状が引いた。
「本当に治ったのか? 凄いな……」
(信じてないのかしら?)
「そういう意味ではないが……」
(また聞こえている……)
しまったというように、フェリクス様が口元を隠した。
「でも、包帯はもう必要ないので……確認しますか?」
治ったところを見せようと足に手を伸ばすと、私よりも先にフェリクス様が包帯をほどきだした。自分ですると言いたいのに上手く言えずにされるがままに足を掴まれている。
(なぜだろう……恥ずかしいと思える。もしかして、手当てをしたのもフェリクス様かしら?)
(聞こえる……羞恥心はあるのだろうか)
フェリクス様の心の声まで聞こえてしまう。ほんの少し目の下が赤くなると、包帯をほどき終わったフェリクス様に気付かれてしまい、また恥ずかしくなる。
「本当に治っているな。これなら……(顔が赤い)もしかして、聞こえていたか?」
ブンブンと首を上下に振る。フェリクス様は、困ったように頭をかき上げてしまった。
「手当てをしたのは、俺の部下だからな」
「は、はい。ありがとうございます」
自分の感情がわからずに、不思議な気持ちになりながらも、微妙な空気を感じる中でヴァルト様が部屋へとやって来た。
「フェリクス様。そろそろ……」
「もう時間か?」
「例の魔物が一体見つかりました。フェンリル様のご出陣をお願いします」
「すぐに行く。リーネ。今日はもうフェンもいないから外に出るんじゃないぞ」
「足はもう大丈夫ですよ?」
「魔法で治せるからといって、自分を痛めつける必要はない」
「しもやけですけど……」
「それでも、心配する。では行ってくる」
「はい……いってらっしゃいませ……」
心配などされたことはない。私には、それが理解できないほど不思議で、気がつけば自然とフェリクス様に軽く手を振るように挙げていた。