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1-4 Midnight Timeline

 「何て言っていいのか、迷うけど」

「何?」

「今日、初めて人を撃った」

「えっ……?」

「学校に、武装した奴が入ってきて、目が合って」

「それって……、爆発の……?夜のニュースにも出てた、あれ……?」

メッセンジャーアプリのチャット画面が、流れるように更新されていく。

 今日はあれから、ネットのニュースすら見ていない。大なり小なり扱われていることは判っていたから、意図的に見ないようにと思っていた。見ると、余計に思い出して気が滅入る。

「……ニュース……今日は見てないけど、それ……河月って出てなかった?」

「出てた」

「それだね」

「何か、もう言葉にできないぐらい……」

その一文に、流雫は無意識に頷く。それは、生で見た流雫が誰より判っている。

「教会の前で爆発が起きて、学校も被害を受けて。学校中がパニックに陥ってた」

「避難してると、いきなり奴が現れて、機関銃を持ってて……。……無意識に胴体を狙って撃ってた」

「……ルナは怪我……してない?」

「どうにか……。でも、殆どの人が怪我してて、僕も手当を手伝ったりして……。……何と言っていいのか、判らないけど……」

「ルナが無事なら、ホッとした」

「……正直、これでよかったのか……、そう今でも思ってる。殺されないために、とは言い聞かせてはいるけど、でも、それでも……」

 それまでリズミカルに流れていたタイムラインは、そこで止まる。


 学校の敷地内外を隔てる壁は崩れ、周囲の建物も軒並み破壊され炎が上がり、消火活動が2時間以上経っても続いていた。教会は爆発で全壊し、そこに何が建っていたかは説明が無ければ判らないほどだった。

 死者は何人も出ているに違いない。学校で死者が出ていないのが、奇跡としか思えない。

 ……何故こう云うことになったのか。流雫は警察官の誘導で自転車通学用の通用門から学校を出た後、大きく迂回を強いられながら、ペンションに帰り着くまでの1時間の道程、途中でランチ用だった親戚の特製サンドイッチを頬張っている間も、ひたすら頭を悩ませていた。悩んだところで、答えなど見つけられるハズもないが。


 ……数分後。

「もしかして、泣いてる?」

それに対する返事を、流雫は打てない。

「……泣いてるの?」

「……泣いてない」

漸く流雫は打ち返し、大きな溜め息をついた。

「泣いてない。ただ、何もかも、頭で混ざっちゃってて……、……何て言えばいいのか……」

紙飛行機のアイコンを押してメッセージを送った流雫には、次の言葉が見つからない。

 爆風、警報、悲鳴、怒号、足音、そして銃声。今でも脳は鮮明に覚えている。忘れたいのに、気を緩めただけで簡単に蘇る。まるで、再生ボタンがバカになった録画装置のように。

 「あたしがついているんだから、泣いてもいいよ?」

「話したいことなら全て、あたしが聞いてあげるから」

その2通が連続して届くと、不意に流雫の視界が滲んだ。


 24時。6インチのディスプレイ越しに交わされる、絵文字も顔文字も無い、味気ない文字だけのやりとり。

 顔も知らなければ、声も知らない。しかし、オンライン上の……それも掲示板などではなくSNSのニュースの引用コメントで知り合い、やがてメッセンジャーアプリでリンクした少女の存在だけが、流雫を支えていた。

 その関係は、もう5ヶ月近くに及ぶ。あの日から絶望と失意の底に沈む流雫を引き揚げたのも、彼女だった。ただ、銃を撃ったことを告白するのは、正直言って怖かった。どう云う反応が返ってくるか、全く判らなかった。

 オンラインだけでの関係は、フレンドとして結ばれるのも早いが解けるのも呆気ない。いや、結ばれる以上に解けるのが早い。オンライン故の気軽さの功罪、と言えなくも無い。

 流雫は、どんなに護身のためとは云え銃を撃ったことを告白した結果、このままブロックされ、二度と関わりが無くなることを覚悟していた。

 ただ、この少女の場合はそう不安になるだけ損をした。流雫は無意識に張った緊張が解け、ふと軽くなった気がする。そして、少女に頭が上がらない、と思っていた。全て見透かされていた。

 流雫をルナと呼ぶ、サバトラ柄の猫のアイコンの名前はミオ。ただ文字で話すだけの、フォロワー同士の関係でしかない。ただメッセンジャーアプリと云う、直接の連絡先を知っているのが他人と違う程度。

 流雫が彼女について知っているのは、東京に住む同い年の女子高生、それだけだ。そして彼女も、流雫については山梨に住む男子高生と云うことしか知らない。

 それでも、流雫にとっては膨大な情報の海で奇跡的に掴んだ、一欠片の希望だった。その手を差し伸べてきた時のメッセージはスクリーンショットで保存してある。それだけ、大事にしたい人だった。


 流雫は両手で握り締めたスマートフォンを額に当て、目を閉じると震える声で言った。届かない声を、囁くように。

「……サン、キュ……、……ミオ……」

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