表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

2-4 仕事がない!(2) 祈り、働け

 朝食が配膳担当のシスター達によって運び込まれる。食堂はすでに百人以上の同じ黒と白の修道服を着たシスター達であふれていた。


 そこへ、シスター・アメルが三人のシスターを引き連れて食堂へとやって来る。シスター・アメルは歩きながら私の姿をちらっと見た後、私達が座っているのと反対側の席へと腰を下ろした。

 やがて配膳が終わり、全てのシスターが席に座ると、誰が指示するわけでもなく、食堂はしんと静まり返った。


 そして、シスター・アメルと二人のシスターが立ち上がり、午後の労働の分担を発表し始める。

 分担の発表は、まず仕事内容をシスター・アメル達が言った後、担当するシスターの名前を何人かまとめて呼び、呼ばれたシスターが「はい」と言って答える、という流れに従って進められていった。


 そして、ひとしきりシスターの名前を呼び終わった後、

「――では、誰か質問のあるシスターは?」

 シスター・アメルがいつもの淡々とした調子で、食堂にいるシスター達に尋ねた。


 再び、しんと静まりかえる食堂。

 その時、静寂を割るようにして、私は声をあげながら手を挙げた。


「はい! シスター・アメル! 私の名前が呼ばれていませんが、私は何の仕事をすればよろしいですか?」


 食堂にいるほとんどのシスターが、私に注目をした。

 シスター・アメルは溜め息をついた。


「シスター・オーレリア。本日、あなたに仕事はありません。あなたはまだここに来たばかりですから、しばらくはこの修道院での生活に慣れることに集中なさい」


「しかし――」


 そのまま私が言葉を続けようとした時、隣にいたシスター・アーニャが私の修道服を引っ張った。そして彼女は鋭い視線を私に送り、そのまま黙って席につくようにうながした。


「……いえ、申し訳ありません。シスター・アメルの仰られるとおりにいたします」


 私は言った。


「よろしい。では他に質問もないようですので、食前の祈りをささげましょうか。――シスター・マドレーヌ、祈りの言葉を」


「はい!」


 シスター・アメルに名前を呼ばれ、シスター・マドレーヌが元気よく立ち上がる。すると、シスター・マドレーヌは、ちらっと一度私に目をやって、勝ち気な笑みを私に向けた。

 そして、シスター・マドレーヌはそっと両手を組み、まぶたを閉じて祈りの言葉を暗唱しはじめる。

 そんな彼女の仕草を見て、私も他のシスター達と同樣に、机の上で両手を組んだ。


「我が主よ、今日もお恵みをいただき感謝いたします。この食事を祝福し、この食物が我らの心と体の糧となりますように。あなたの慈悲と恵みが、今日飢えている他の者達にも等しく与えられますように。……コグ・オーラ・エ・ラボーラ」


『コグ・オーラ・エ・ラボーラ』


 食堂にいるシスター達が、その聖句を一斉に口ずさんだ。


 コグ・オーラ・エ・ラボーラ、

 ……それは古い言葉で『私は祈り、そして働きます』という意味だ。


 この大陸で信仰されている宗教では、労働は祈りと等価値とされている。たとえ祈りをささげられなくても頑張って働いている人には、必ず主の恵みが与えられるという考えなのである。




「どうしてそんなに働きたいのかね……?」


 私のベッドに腰かけて、シスター・アーニャが修道服のすそを上下させてぱたぱたとあおいだ。

 私は椅子に座りながらテーブルにひじをつき、そんなシスター・アーニャの姿をうらめしそうに眺める。


「シスター・アーニャはどうしてそんなに働きたくないんですか?」


「そりゃもちろん、手が荒れるからよ」


 からからと笑うシスター・アーニャ。ベルゾーニ公爵夫人ですら修養のために花壇の整備をしているというのに、この人はまったく働く気がなさそうだった。


「それはそうとね、シスター・レーア。シスター・アメルに口答えするのはよろしくないよ。あれはまずい」


「口答えだなんて! 私はシスターとしての責務を果たすために、何か仕事がしたかっただけです」


 私が言うと、シスター・アーニャは私の言葉を鼻で笑った。


「シスターの責務……ね」


「何かおかしいことを言いましたか?」


 少なくとも、私は言った気がなかった。


「いえ。別に」


 ふふふ、と含み笑いをして見せるシスター・アーニャ。


「……ただね、シスター・レーア。貴族には貴族のプライドとルールがあるように、聖職者には聖職者のプライドとルールがあるのよ。どんなに規則を破ったって、そこだけは絶対に尊重しないといけない」


「私、規則破りをするつもりはないんですけど……」


 私は言った。

 すると、シスター・アーニャは微笑みながらベッドから立ち上がり、部屋から出ていこうとした。


「あの、シスター・アーニャ。どこへ行かれるのですか?」


「森に絵を描きに行くのよ。あなたも一緒に来る?」


「……いえ、遠慮しておきます」


「そう。それじゃあね、シスター・レーア。また夕食で」


 シスター・アーニャが去っていく

 一人部屋に残された私は心細くなってしまったのを感じた。

 私はまだシスター・アメルに教育係を付けてすらもらっていなかった。わからないことがあっても、質問できる先輩シスターがいないのだ。


 シスター・アーニャの誘いを断ってしまったことを、私は少しだけ後悔した。


 とはいえ、シスター・アメルから悪い手本だと言われており、他のシスター達からあまり良く思われていないらしいシスター・アーニャと仲良くしすぎることは、不良シスターの道を突き進むことに他ならない。


 部屋にいても特にやることもなかったので、私は仕方なく女子修道院の近くを散歩してみることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ