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2-3 仕事がない!(1) 朝食前の小景

 修道院の朝はきわめて早い。


 ほとんどのシスター達は、夜明けより前に起床をして夜の祈りをささげた後(就寝前の祈りとは別に)、教会の清掃を行う。辺りが明るくなって来る頃には、修道院や礼拝堂などの清掃を始め、それが終わると朝の祈りをささげて、ようやく朝食を兼ねた昼食を食べる。


 ちなみに、『ほとんど』と言ったのは、そうではないシスターも中にはいるからで……具体的に言うと、シスター・アーニャなどの滞在者達と一部の不真面目なシスター達である。



 女子修道院の一階にある聖堂で朝の祈りを終えた後、私は他のシスター達についていくようにして、同じ一階にある大食堂へと向かった。


 シスター・アメルは食堂では席順は特にきまっていないと説明してくれたけれど、多くのシスター達は、まるで自分の席が決まっているかのように、迷いなく自分の席へと座っていった。

 あれよあれよという間にうまっていく席。私はその他のシスター達のスピード感についていけず、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。


「あの、すみません」


 私は近くにいたシスターへと声をかける。

 少し気の強そうな、目鼻立ちのしっかりした私と同い年くらいの少女だった。

 少女は私が話しかけた瞬間、私の顔を見て体を少し後ろへそらした。


「――空いている席はどこでしょう?」


 私は少女の様子にかまわず尋ねた。

 少女は目をぱちぱちさせ、近くにいた他のシスターと目配せをした。


「……あの辺の席が空いているわよ」


 そう言って、少女は食堂の端の方を指さした。


「教えてくれてありがとう。私はシスター・オーレリア。昨日、ここに来たばかりなの。あなたは?」


「私はシスター・マドレーヌよ」


 シスター・マドレーヌは微笑みを浮かべながら自己紹介をした。


 私は彼女に握手を求めた。

 すると、彼女は笑みを浮かべたまま、私の手を握ってくれた。


「……失礼だけど、あなたお生まれは? お父上は何をしていらっしゃる方?」


 握手をした直後、シスター・マドレーヌは言った。

 言えばきっと身がまえられる、けれどせっかく親切に席を教えてくれた彼女に嘘をつくのは良くない、そう思って私は正直に答えることにした。


「私の父は、カスマン・アブドゥナー辺境伯です」


 私がそう言った瞬間、周囲にいたシスター達がぎょっとした目で私のことを見た。

 けれど、一番驚いていたのは、私にそれを聞いたシスター・マドレーヌ本人だった。彼女は驚いて苦笑いを浮かべた後、


「へぇ、そうなの」


 それだけ言って、他のシスター達と一緒に私から離れて行った。その後、彼女は、私と握手をした手を自分の腰の部分にすりつけて拭いた。

 ……とはいえ、似たようなことは昔からよくされていたから、私は何とも思わなかった。


 シスター・マドレーヌが教えてくれたとおり、食堂の端の方へと歩いていくと、確かにそのあたりには誰も座っていなかったので、私は悠々と席に腰かけることができた。


 けれど、私は少しだけ違和感を感じた。

 他の席は少しずつまばらに埋まっていっているのに、私のまわりだけがぽっかりとまとまって席が空いていたのだ。――まるで、皆、この場所を避けているかのように。


 私がまわりをきょろきょろ見ながら、席でぼうっとしていると、

 ……やがて顔に何か凄みの感じる年配のシスターが私の近くへとやって来て、私の右斜め前に座った。


 彼女は席に腰掛けるなり、私の顔をじろじろと眺め始めた。

 するともう一人、今度は顔を白粉で化粧した中年のシスターが彼女の隣へと腰掛ける。


(……朝から化粧……? シスターが?)


 私は彼女の風貌を見て、首をかしげた。

 首をかしげたのは、その化粧をしたシスターも一緒だった。


「あなた……、新入りさん?」


 化粧のシスターが私に話しかけた。


「……はい、そうです。よろしくおねがいします」


 私は小さく会釈をして言った。

 年配シスターと化粧のシスターが顔を見合わせる。


 二人はあたりを見回し、やがてシスター・マドレーヌ達の方を向いた。彼女達は私達の方を向いて、にやにやと笑っていた。

 そんな彼女達の姿を見た年配シスター達二人は、何かに納得してうなづいた。


 そこへ、私の背後から聞き覚えのある、気の抜けた明るい声が鳴った。


「あっれぇ、シスター・オーレリア? あなた、どうしたの?」


 振り向いて見ると、そこにあったのは、昨日お酒を飲みすぎてシスター・アメルに怒られていた、シスター・アーニャの姿だった。


「あ、おはようございます。シスター・アーニャ」


「おはよ」


 シスター・アーニャは私に挨拶を返すと、何気なく私の隣の席に腰かけた。


「シスター・アーニャ、その子は知り合いなの?」


 年配のシスターが、シスター・アーニャに尋ねた。


「ん? ええ、昨日偶然、廊下で会っただけですけれど」


 シスター・アーニャはどこかうやうやしい口調で答えた。


「だったら、教えてあげなさいな。自分が新人いじめをされていることを」


 年配シスターは言った。

 シスター・アーニャは私を見た。


「え? シスター・オーレリアはいじめられているの?」


「……さあ?」


 屈託なく尋ねるシスター・アーニャに、私は首をかしげてみせた。

 私達のとぼけた会話に呆れ、年配シスターは言った。


「あのね。このあたりの席は、私達滞在者がよく座る席なのよ。あの子達は、貴族の私達にあなたを囲ませて、あなたの反応を面白がっているのよ」


「あー、なるほど」


 そう言って納得したのは、私ではなくシスター・アーニャだった。


「……でも、それなら全くいじめになっていないのではありません? シスター・オーレリアは、アブドゥナー辺境伯のご息女らしいですから」


 シスター・アーニャは言った。

 すると、今まで私のことを哀れな新米シスターと見ていた年配シスター達が、

 ――突然、にっこりと笑顔を私に向けた。


「アブドゥナー辺境伯のご息女ということは、ロンバルド公爵に嫁いだメリッサ・アブドゥナーの姉妹?」


「はい。メリッサは私の姉です」


「あら! それじゃあ、あなたは私の親戚じゃない。ロンバルド公爵は私の甥よ」


 あははは、と口を隠して楽しそうに笑う年配シスター。


 そんな彼女の様子に、私は固まりながら必死で記憶をたどった。

 ロンバルド公爵の叔母……、ということは……。


「あの……、まさか……ベルゾーニ公爵夫人でいらっしゃいますか?」


 私は冷や汗を流しながら、その年配シスターに尋ねてみた。


「もう、そんな他人行儀な言葉遣いしなくてもいいのよ。あなたは私の可愛い甥夫婦の義妹なのだから」


 まるで、久しぶりに会った親戚の叔母のように、突然馴れ馴れしく話し始めるベルゾーニ公爵夫人。

 ちなみに、公爵がどのくらい偉いかと言うと、王の次もしくは大公の次に偉い。


「……ええと、公爵夫人がこんなところで何をしていらっしゃるのですか?」


「見てわかるでしょう? 修養よ」


 可愛く笑いながら、ベルゾーニ公爵夫人もといシスター・ルシールは私に言った。

 けれど、私は全く笑えなかった。……愛憎ドロドロの貴族社会を勝ち抜いてきたシスター・ルシールが放つ、得体のしれないプレッシャーが怖すぎて。


 気づけば、シスター・ルシール達は、私を巻き込む形で貴族トークに花を咲かせ始め、周囲の若いシスター達の顔をうつむかせていた。

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