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1-3 婚約破棄(3)

「もしよろしければ、帽子は差し上げます。男物ですので、誰か使用人にでもやってください」


 アルバートはそう言うと、そのまま振り返って去っていこうとした。


「待って」


 私はそんな彼を引き止めた。

 そして、


「棒がなくたって取れる方法、私、知っているわ]


 私は靴を脱いで、噴水の池の中へと足を突っ込んだ。

 そんな私を見て、アルバートは目を丸くさせた。


「オーレリア様ッ!? いったい何をされて!?」


「見ればわかるでしょう! 帽子を取ろうとしてるの!」


 ざぶざぶ池を進んでいく私。


「しかし、ドレスが水に濡れて!」


 池のふちで、アルバートが真っ青な顔をしながら言った。


「大丈夫! 服なんて、水に濡れたら乾かせばいいのです! 服とはそういうものでしょう!」

「ですが……!」


 私は池の真ん中にたどり着き、アルバートの帽子を手にとった。

 そして振り返って来た道を戻り、そっと彼に帽子を手渡した。


「ほら、簡単だったでしょう?」


 私は笑って言った。

 すると、顔をこわばらせていたアルバートも、やがて私に笑ってくれた。


 アルバートは笑顔のまま、私が池の中から出るのを手伝った。


 そこへ私達の笑い声を聞きつけて、父や母、ディアック伯とレオノール様が庭へとやってくる。彼らは、ドレスをびしょびしょにしながら笑っている私を見て、状況がうまく飲み込めなかったようで、ぽかんとした表情を浮かべた。


 けれど一人だけ、眉をしかめている人物がいた。


 レオノール様だ。

 彼は私の顔を見た途端、自分の顔を歪め、わなわな震えながら叫んだ。


「――なんだ、この不細工は!!!!」


 そんな彼の叫び声で、中庭の空気は一瞬にして緊張した。


 私は、はっと気付き、頬に手を触れた。

 真っ白い粉が、まるで糊のように私の手にくっついた。


 ……水で白粉が落ちてしまったのだ。


 真っ白になった自分の指を見ながら固まった私を見た後、ディアック伯はすぐに暴言を吐いたレオノール様の方へと駆け寄り、彼の腕をつかんだ。

 しかし、レオノール様の口は、腕をつかまれたくらいでは止まらなかった。


 彼は今度は自分の父親に向かって、怒りをぶつけるように叫び始める。


「おい、父上! あなたは、私をこんな醜女(しこめ)と婚姻させるつもりだったのか!? 辺境伯の娘といえど、なぜあのような醜い顔をした娘を妻にしなければならないのだ! 私がいったい何をした! これは何の罰だ!?」


「レオノール! 貴様、止さんか!」


 まだ叫び足りなさそうなレオノール様の様子に、ディアック伯は彼の腕を強くつかんで、そのまま廊下の奥へとひきずっていった。


 父はレオノール様の暴言と私の無思慮な行動に腹を立てたらしく、いらいらとした様子をみせながらその場を去っていく。母はびしょ濡れになった私の姿をちらっと見た後、そんな父の後について去っていった。


 中庭には、再び、私とアルバートの二人だけだった。

 アルバートはとても気まずそうな顔をしながら、私に視線を向けた。


 そして、地面に膝をつき、私に向かって頭を下げた。


「兄の紳士としてあるまじき暴言、同じディアック家の者として陳謝いたします。心苦しいですが、私も行かなければなりません」


 アルバートは優しい口調で言った。

 彼の温かい気遣いに、つい私は気がゆるんでしまい、目から涙をこぼしてしまった。


「……いえ、私は大丈夫です。こういうことには慣れていますから。だってこんな顔ですもの。騙されて結婚させられようとすれば、……そりゃ怒るわよね」


 私は涙を拭う。拭った手に、白粉がべったりついた。

 涙を流す私の目を、アルバートはじっと見つめた。


「オーレリア嬢……オーレリア、この帽子の借りはいつか必ずお返しします」


「……ありがとう、アルバート」


 アルバートは立ち上がると、軽く私に会釈をする。そして、私が渡した濡れた帽子をかぶり、ディアック伯達が去った方へと歩いていった。



『お嬢様に無礼を働いた不肖の息子、レオノール・ディアックはしばらくの間、罰として謹慎させることにする。よって、お嬢様との婚姻もいったん白紙とさせていただきたい』



 自領に帰った後、ディアック伯は父にこんな書面の手紙を送ってきた。


 事実上、ディアック伯から突きつけられた婚約破棄の文書。


 それはちょうど、アブドゥナー家で、今後私とレオノール様の婚約をどうするか、という話し合いがされていた真っ最中のことだったので、自分より爵位が下であるディアック伯から送られてきた断りの手紙に父は激怒し、その手紙をびりびりに破いてしまった。

 けれど、そんな激しい父の怒りと裏腹に、私は少し安堵していた。


 結婚するのなら、ちゃんとお互いに敬意を持って接することが出来る相手がいい。

 もし、そんな相手が一人もいないのなら、一生結婚なんてせずに政治を学び、父や父の後継者である兄の手助けがしたい。


 ある日、そんな本音を母に話してしまったら、母は「馬鹿なことを言ってはいけません」と私を強く叱った。

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