4-3 5年ぶりの再会(3) 修道院の恋愛事情
――毎日必ず、アルバートと話をする。
ファリンダから言われた目標は、開始初日にして失敗した。
そもそも、シスターとブラザーは、別々の離れた修道院で生活しているため、日常の中で両者が会う機会などというのはほとんどない。
お互い示し合いでもしない限り、偶然会って話をするという状況は、まず生まれようがないのだ。
(示し合わせるって言ったって、書き置きを残せば神父様や院長達にすぐわかってしまうだろうし、誰かに伝えればそこから噂が広まってしまうと思うんだけれど……)
私は一日中、地下書庫でじっと考え続けた。
何か参考になる本などはないかとも考えてみたけれど……残念ながら、地下書庫には歴史書や専門書のような硬い内容の本しかなく、恋愛について書かれた本は一冊もない。
(……いったい、他のシスター達は、どうやってブラザー達と恋愛しているんだろう)
シスター達の恋愛事情を知るには、シスター達に聞くしかない。
しかし、基本的に修道士は恋愛禁止であり、ブラザーとシスターの恋愛なんて教会の外に話がもれれば大スキャンダルだ。他のシスターと浅い付き合いしかしていない私に、そう簡単に教えてくれるわけがなかった。
(となると、やっぱりファリンダに聞くしかないか……)
ファリンダは私と違い、他のシスター達とはかなり上手くやっている。
ファリンダいわく、
『たぶんそれは、私の身分が誰よりも下だからじゃないでしょうか。多くの人は、自分より下の人間の方が、気を許して色々しゃべってくれますから』
ということらしいけれど、それを差し引いたとしてもファリンダの人付き合いの上手さは、私のそれの比ではない。
(私は少しファリンダに依存しすぎてるのかもしれないなぁ……)
そんなことを考え込んでいるうち、時間はかなり過ぎてしまっていた。
いつまで経っても、労働時間の終わりを示す大聖堂の鐘の音が聞こえて来ないことに気付き、私は地下書庫の鍵を閉めて、一階へと向かった。
辺りは真っ暗だった。
(……あぁ……また、やっちゃったか)
地下書庫は陽の光が差さない。さらに地下なので、鐘の音もほとんど聞こえない。そのため、仕事に集中しすぎると、こうなってしまうのである。
これが、私が地下書庫の魔女と言われてしまうようになった一番の理由だった。
……また、シスター・アメルとファリンダに小言を言われる。
私は肩を落として溜め息をつくと、天窓からこぼれるわずかな月明かりを頼りに、大聖堂の通用口へと歩いていった。
その時。
ごとっ、と何かが動く音がした。
ねずみか何かだろうか。けれど、泥棒だったら、すぐに神父様やブラザー達に知らせなければいけない。
私は足音を殺し、ゆっくりと音の方へと近づいていった。
音は、大聖堂の物置の中から鳴っていた。
扉が開いていたので、私は息を殺して物置をのぞき込んだ。
物置の中には、二人の男女がいた。
ブラザーとシスター。
お互いにお互いの体へと腕を組んで、ひそひそと小さな声で何かを話していた。
そして、二人はキスをした。
私は見てはいけないものを見てしまったと感じ、扉から顔を離し、心臓の鼓動を懸命に抑えようとしながらその場を離れようとした。
……が、その瞬間、私は近くにあった大きな木箱に、思い切り足をぶつけた。
「いった……」
私は小さくつぶやいた。
物音に気づき、物置から先ほどキスをしていた二人が歩み出てくる。
「……シスター・オーレリア?」
物置でブラザーと密会し、キスをしていたシスター……それはかつて、私が修道院にやって来た次の日に、私に新人いじめを仕掛けてくれたシスター・マドレーヌだった。
それまでびくびくと怯えていたシスター・マドレーヌだったけれど、音の正体が私だと気づき、途端、いつもの勝ち気な表情へと早変わりした。
「あなた、何をやっているの? こんな時間に、こんなところで」
それはこっちの台詞、と言いかけたけれど、彼女達が何をしていたのかを知っている私は言葉を飲み込む。
「ちょっと、仕事に夢中になりすぎてしまって……」
「ああ。そういえば、あなたの働いている地下書庫はこの下だったものね」
そう言うと、シスター・マドレーヌは密会していたブラザーに私のことを話し、男子修道院に帰るようにうながした。
「シスター・オーレリア。このことはシスター・アメルには絶対告げ口しないでね。私はたぶん謹慎程度で済むけれど、彼は反省房に入れられるだろうから」
それから、シスター・マドレーヌは、なぜか私と並んで修道院に帰ろうとした。
まあ、帰る場所が同じだから仕方ないけれど。
「言わないわよ」
「本当に?」
シスター・マドレーヌが隣で歩く私の顔をのぞきこむ。
「……しつこい。それ以上確認してきたら、シスター・アメルに言う」
「だって、あなた、私のこと嫌いでしょう?」
ストレートに聞いてくるシスター・マドレーヌ。
そんな彼女の様子を見て、私も正直に答えることにした。
「ええ。好きじゃない。けれど、姉妹を売るような真似はもっと嫌い」
シスター・マドレーヌは笑った。
「ありがとう。あなた、案外話せる子だったのね。もっと堅物かと思ってた」
「……よく言われる」
私は苦笑いをして言った。
「ところで、一つ聞いていい?」
「ええ、どうぞ」
「あのブラザーとは、どうやって、その……、恋人関係になったの?」
私が言うと、シスター・マドレーヌは私にきょとんとした顔を向けた。
そして、やがて笑い出す。
「え? 何? 聞きたいことって、そんなこと?」
「だって私達、ブラザーと一緒にいる時間なんてほとんどないでしょう?」
まあ、そうね、とシスター・マドレーヌは納得した。
「あのブラザーは私の兄の知り合いなの。子爵家の四男。修道院に入る前に、何度か見かけたことがあって、それでね」
「兄の知り合い?」
ブラザーはほとんどが貴族出身だ。ということは。
「そう。言ってなかったかしら? 私は貴族。子爵の娘よ」
知らなかった。
そう思ったのが顔に出てしまったらしく、私の表情の変化を見て、シスター・マドレーヌは明るく笑った。
「あははは。驚いた? ずっと嫌っていた私が、あなたと同じ数少ない貴族出のシスターだったなんて」
「……だったらなぜ、あの日、私をいじめようとしてきたの?」
「だって気に入らないでしょ。せっかく貴族だってことを周りに言いふらして良い思いをしていたのに、自分より身分が上のシスターが新しく入ってきたら」
からからと笑い続けるシスター・マドレーヌ。
「性格悪い」
「ふふ。よく言われるわ」
シスター・マドレーヌは言った。
「ところで、シスター・オーレリア。私にそんなことを聞いてきたってことは、もしかして今、恋をしている人でもいるの?」
「えっ……?」
突然、顔が熱くなる私。
そんな私を見て、シスター・マドレーヌは呆れた顔をした。
「……わかりやすいわねぇ、あなた」
「うるさい」
シスター・マドレーヌは人指し指を突き上げて、私に言う。
「いい? シスター・オーレリア。修道院での恋愛っていうのはね、周りに露呈したら終わりなのよ。特に神父様や院長達にね」
「まあ、そうでしょうね」
「けれど、一人でブラザーと恋愛を続けるのは難しい。シスターもブラザーも、生活時間が決められていて、自由に過ごせるとすれば安息日くらいなものだから」
「ええ」
私はいつの間にか、シスター・マドレーヌの話にすっかりのめり込んでいた。
「それで、具体的にどうするの?」
シスター・マドレーヌは、ふふん、と得意げに笑った。
「共犯者をつくるのよ」
「……共犯者?」
「つまり、ブラザーを好きな他のシスターを見つけて、互いに互いの恋愛を助け合うの。お互いに秘密を握り合っているから密告される危険も少ない。シスター同士が共犯すれば、必然的に相手のブラザー同士も共犯するようになるから、口裏も合わせやすくなる」
なるほど。
私は感心して、小さくつぶやいてしまった。
そのとき、シスター・マドレーヌはおもむろに私の肩に手を回し、私の顔をのぞきながら微笑んだ。
「――シスター・オーレリア。私達、共犯者にならない?」




