ただの事務官です
うっかり手直しの途中で投稿してしまいました。改稿しておりますのですでに読まれてしまった方には申し訳ございません( ノД`)
取り敢えず公爵家の執事のトリゴと護衛のパセムには落ち着いて…と言って帰ってもらった。アイレンルーガ殿下が問題は直ぐに解決するから案ずるな…と言ってくれたので皆も納得しているようだった。
公爵家の使いの二人が帰った、午後の第一執務室…私は決済済みのサインの確認をしてからクリアファイルに書類を入れると役人棟に向かった。順調に書類タワーは解消されつつある。
先程、アイレンルーガ殿下も
「そろそろ急ぎの決済の処理は終わりそうだな…」
と感慨深げに呟いていた。先月まで在籍していたらしい事務官のおじさんが辞めてから、書類が溜まりに溜まっていたとのことで、目途が付きそうになれば頬も緩むってものよね。
そうして、本日三回目の不備の手直しの書類を役人棟で受け取ってから第一執務室に戻って来ると…
ライフェルーガ殿下とマリア=プーデが執務室前の廊下にいるじゃないか!?執務室の扉の前にはヒルズ少佐が仁王立ちしていて、王族相手にオラついているように見える。
「…っひ!」
そう思った瞬間…背後から誰かに口を塞がれて、どこかの部屋に押し込められた。
「ふがが…!」
「静かにして…」
振り向いて拘束して来た犯人?を見た。私を部屋に押し込んで口を塞いでいるのは…アイレンルーガ殿下じゃないか!
私が殿下に頷いて見せると口を塞いでいた手を退けた後、アイレンルーガ殿下は廊下の様子を窺っている。
「先程から二人で押し掛けて来て、執務室前の廊下に居座ってフローア嬢を出せと騒いでいる。俺が国王陛下に確認したんだが、イベルガ=フアライン侯爵令嬢の婚姻はまだ打診の話し合いの段階で、婚姻の打診はセリナージャ妃殿下の強い要望だそうだ」
「…はい」
でしょうね!そうでしょうとも…あのセリナージャ妃殿下ならマリア=プーデは子爵令嬢だから家格が低いわ!とか言って、下位貴族の令嬢と婚姻なんて絶対に認めないでしょうね。
「だが、国王陛下はライフェルーガの好きにさせるつもりらしい」
「え?どうして…」
アイレンルーガ殿下は肩を竦めた。
「セリナージャ妃殿下はワイリアーリアリドルに輿入れの際に色々と条件をつけて嫁いできている。それの一つに、セリナージャ妃はご自身が産んだ、ワイリアーリアリドル王族の血筋の御子の養育には口出ししない…という項目があるそうだ。いくらセリナージャ妃が侯爵令嬢との婚姻を望んでも国王陛下が拒否すれば無理強いは出来ない」
「じゃあ…」
アイレンルーガ殿下は頷いた。
「どういう経緯でマリア=プーデ子爵令嬢がイベルガ=フアライン侯爵令嬢の婚姻打診の話を聞きつけたのか…まあどうせ、先走ったセリナージャ妃がマリア=プーデ子爵令嬢に『ライフェルーガはぁあなたじゃなくて~イベルガ=フアライン侯爵令嬢と婚姻するのよぉ?残念だったわねぇ~オホホ』とか言って煽ったんじゃないかな?」
「……」
何故、セリナージャ妃の口真似をアイレンルーガ殿下はするのだろうか…正直キモイと思ったのは、不敬だけど許して欲しい。
しかしこうなってくると母親であるセリナージャ妃がどれほど望んでも、息子の嫁選びに口は挟めなくなっているということか…じゃあ逆に国王陛下はどう思っていらっしゃるんだろう?
「国王陛下はマリア=プーデ子爵令嬢とライフェルーガ殿下が婚姻するのには反対はされてないのですか?」
アイレンルーガ殿下はニッコリと微笑んだ。
「ああ、ライフェルーガの好きにさせて構わないと仰っておられた」
「……」
ああ、胡散臭い。非常に胡散臭い。綺麗な笑みの中に滲み出る腹黒臭…
「陛下はライフェルーガ殿下を苦境に立たせるおつもりなのでしょうか?」
元妃候補としては、少しは助けてあげようかと思い、そう聞いてみるとアイレンルーガ殿下は益々笑みを深めた。
「苦境?恋愛婚姻を認めてあげようと言うんだよ?王族で在りながら奇跡的な扱いだよ。ライフェルーガには是非幸せになってもらいたいぐらいだ」
…胡散臭い。それで押し通すつもりか。
「でも…いつまでもヒルズに頑張ってもらうのも限界かな、フローア嬢、約束して?今から黙ったまま俺に付いてきてね。声は出さないでね」
どういうことだろう?
取り敢えず無言で頷いて、部屋を出たアイレンルーガ殿下の後に続いて第一執務室に向かった。
ライフェルーガ殿下とマリアがこちらに気が付いて顔を向けた。
「兄上!」
「アイレンルーガ殿下!」
ライフェルーガ殿下とマリアが一斉に私達の方に近付いて来た。
…逃げない。
そう思って胸を張って二人が近付いて来るのを見詰めていた。
「兄上っ!フローア=ゼルベデシを引き渡して下さい」
ん?
私が目の前にいるのにアイレンルーガ殿下に叫ぶライフェルーガ殿下。殿下の横を見るとマリアは熱心にアイレンルーガ殿下を見上げて微笑んでいる。
あれ?
「引き渡せって言ってもここにはいないよ?」
アイレンルーガ殿下がシレッと嘘をつくとライフェルーガ殿下は目を吊り上げた。
「母上がフローア=ゼルベデシが軍の詰所にいると言ったのだ。兄上まさか、フローアを庇っているのではないか?」
んん?やっぱりおかしい…私が目の前にいるのに殿下の態度は変だ。だがしかしだね、セリナージャ妃も余計なこと言うよね~やっぱり迷惑なオバサンだよ。
「アイレンルーガ殿下…お聞きくださいませ。私はフローア様に一方的に王子妃の政務を押し付けられたのです。私が子爵令嬢だと下に見て蔑んでいらっしゃるのですわ」
「なっ……!」
思わず叫びそうになった時、私の前に立っていたアイレンルーガ殿下が後ろ手に私の手を掴んで、手の甲を擦っている。
また叫びそうになったけれど、アイレンルーガ殿下が親指の腹で私の手の甲をトントンとリズミカルに叩いてくることで、声を出すなと言われていたことを思い出して、慌ててアイレンルーガ殿下の背中に隠れた。
そう…どう考えてもライフェルーガ殿下とマリアには私の姿が見えていないようなのだ。
アイレンルーガ殿下に掴まれている自分の手を見下ろした。
僅か…ほんの僅かだが魔力の残滓が視える。
「…!」
私はその魔法に気が付いて息を飲んだ。そうか…それで…
「フローア嬢が王子妃の政務をマリア嬢に押し付けた…と言うのか?」
アイレンルーガ殿下が聞き返すとマリアは頬を紅潮させて、アイレンルーガ殿下に近付いた。
「これは私に対するフローア嬢の陰湿なる苛めでございます!」
「そうなんだよ、兄上!フローア=ゼルベデシはマリアをずっと苛めていた悪辣な令嬢で…」
呆れた……婚約破棄を受けた時に王子妃の政務はそのままにしておくよ?と聞いたら、構わないと言ったのはライフェルーガ殿下、あんたでしょう?
怒りで体が震えて来た時に、私の手を掴んでいるアイレンルーガ殿下の手にもグッと力が籠ったのが分かった。
アイレンルーガ殿下は静かに口を開いた。
「おかしいな?フローア嬢は婚約者だったが王子妃の政務なんてものはなかったはずだよ?それはライフェルーガの政務じゃないかな?マリア嬢はライフェルーガにその政務は任せてみたらいいんじゃないか?」
「まあっ!」
「なっ…!」
マリアちゃんはパッと笑顔になった。反対にライフェルーガ殿下は驚愕の表情に変わった。
見事なブーメラン現象が起こった。そう…本来ならライフェルーガ殿下が行うはずだった外交関係の政務を婚約者だった私に全部丸投げしていたせいなのだからね。当然、私がいなければマリアに丸投げするつもりだったけど、このマリアちゃんだよ~?
するわけないじゃない。
「そ…そのようなものはフローアがやるべきことだろう!兄上っ早くフローアを見付けてくれ!」
まだ言うか…!流石にアイレンルーガ殿下も呆れたような声を上げた。
「フローア嬢を見付けてどうするんだよ?」
「フ…フローアに政務をさせればいい!」
ライフェルーガ殿下はバ……何だろうか?婚約者だった私に政務の肩代わりをさせているのも大概おかしいことだったけど、今やただの公爵令嬢で事務官になっちゃってはいるが、それでも完全なる部外者の私に、第二王子殿下の政務を代行させるなんて…常識で考えろ。
おまけに機密事項がてんこ盛りの外交関係の書類を、普通の事務官である私に見せるなんて外交舐めてんのか?
「…ライフェルーガ、フローア嬢は今は部外者だ。政務書類や機密事項の多い外交案件をただのご令嬢に見せる訳にはいかない。マリア嬢が無理だと思うのならお前がやればいい」
私が言いたいことをアイレンルーガ殿下が全部言ってくれた。
「そうですわね!ライフェルーガ殿下なら、全て上手くして下さいますわね!あぁ~良かったぁ~」
マリアが素晴らしいタイミングで私達の援護射撃をしてくれた。天然かどうかは分からないが…
マリア、グッジョブ!!
じょじょにざまぁのジャブが効いてきたような…